【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

ちかこ

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 ◇◇◇

「……おなかすいた」

 目が覚めて、かっすかすの声が最初に出したのは空腹の訴えだった。
 毎度のことながら、またほぼ水分だけで発情期を乗り切ってしまった。
 こんな断食みたいな真似、毎回躰に悪いとわかっているのに。
 どうにも……つまめるものを用意したって、水やゼリー飲料を口にするだけが精々だった。

 そんな状態でお腹が空いたと言っても急に胃に入れられるものはそうない。
 お粥……レトルトもうなかったっけ。作るのは面倒だな、じゃあスープ……インスタントのものならあったけど。
 取り敢えずそれでいいかな、何かあったかいもの、お腹に入れたい。

「れいぞーこ……」

 思い出したように口に出す。
 ……悠真さんからメッセージが残ってた。食べられそうだったら食べてね、と。
 そう。
 直接じゃなくて、またメッセージを貰っただけ。

 悠真さんが来てくれた日。
 気を飛ばすのがこわかった。
 帰るとは言っていたけど、起きたらもう、またいないんじゃないかって。でも起きるまではいてくれるかなんて確認が出来る訳もなくて、当然のようにおれはまた気を失ってしまっていた。
 翌日起きたのは昼過ぎ。
 前回と同じく、約束のシャツを一枚残されただけで、悠真さんはいなくなっていた。

 今日は会議で早いから先に行くね、買ってきたもの冷蔵庫に入れてあるから、食べられそうだったら食べてね、また次に、
 それだけの短いメッセージ。
 ああまた置いてかれた。発情期の中、置いてかれて、今晩来る訳でもなく、約束はまた次の発情期。
 それでも前回よりショックが少なかったのは、そうなるかもなと思っていた心の予防線と、理由が仕事だったから。

 そうだよな、仕事はだいじだ、おれだって普通に仕事がしたい。だからこんな馬鹿みたいな真似してるんだし。
 責任のある立場だ、何百何千という社員の生活が掛かってる、仕事の出来る男、格好良いではないか。
 ……それは、前回の番の発情期を理由に出された時よりずっと、自分の惨めさを感じずに済んだ。
 勿論自分の躰はまだ発情期であつくて、ひとりは辛かったけど。残りの日数、苦しかったけど。
 それでも、心が潰されるような気持ちにならないだけ幾らか救われたような思いだった。

「なんだろ、惣菜かな、今食べられないけど……賞味期限、明日まで持つかな、無理だよなあ、過ぎてるよなあ」

 前回は野菜の煮浸しはぎりぎりだった。
 冷凍してくれてた魚も自分で焼いて食べた。
 使いかけのキャベツは千晶くんがロールキャベツにしてくれた。
 お陰で無駄にはならなかったんだけど。

「……ケーキ?」

 冷蔵庫を開けて、目の前にどんと置かれてるのは有名店のケーキの箱だった。
 駅の近くの、行列が出来るというお店。
 花音と食べてみたいね、と話はしたことあるけれど、ふたりとも、でも並んでまでケーキはいいかな、なんて意見が合致して、結局店の前を通り過ぎた記憶がある。

 ……いや、ケーキって。なまものじゃん、食べれる訳ないでしょ、賞味期限短いんだからさ。
 なんなの、手土産ってなったらケーキって思っちゃったのかな、せめて焼き菓子なら日持ちもしただろうに。

 ぶちぶち文句を言いながら箱を開けると、中にはケーキがみっつ、プリンがふたつ並んでいた。
 プリン。
 指先でつまみ上げると、容器のなかでふるふると揺れるそれを見て、以前の会話を思い出した。

 ──嫌いなのは酢だったっけ、すきなのは?プリン?おやつじゃん、いや、俺もすきだよ、プリン。柔らかいのがすき?一緒一緒、飲めるくらい柔らかいのがすきだよ、俺。

 そんな話をしたから買ってきたのかな、この柔らかめのプリン。おれがすきって言ったから。あんな一回きりの会話、覚えててくれたのかな。
 ただの偶然かもしれない。
 何となく入ったケーキ屋で、ただ買っただけかもしれない。
 食欲のことを考えてのプリンかもしれない。
 うん、今プリンなら食べられると思う。食べたい。
 しかしなまもののプリンもケーキも賞味期限はとっくに過ぎている。弱った躰でこれくらい平気、といえる日数ではない。
 ……そんなの、捨てる他ない。

 心の中でケーキ屋に謝罪をして、ゴミ袋に入れた。
 発情期に冷蔵庫まで来れる訳ないだろ。
 風呂どころかトイレすらも辿り着くまで必死で、もうずっと風呂場に籠ってようかななんて思ってしまうくらいなのに。
 実際にバスタブで過ごそうとして背中を痛めたから、それ以来ちゃんとベッドに戻ることにしてるんだけど。
 発情期の冷蔵庫なんて、食べる気も起きないんだからトイレ以下の優先度だよ。

 プリンはともかく、ケーキなんて食べられる筈が……
 そう思って、悠真さんの番は違うのかな、と思った。
 食べる元気あるのかな、まあヒート中なんてひとそれぞれだもんね、千晶くんだって割と食べる方だって言ってた、花音が口に押し込んでくるって。
 悠真さんも、食べさせてあげるのかな。
 優しいから。ちょっとでも食べようねって、そう言って、動けない番に食べさせてあげるのかな。
 そしたらケーキだってなんだって食べられるよね、あれが欲しいって我儘もお強請りも言えるよね。
 悠真さんはきっと、いいよって、食べたいもの、作ってくれるんだろうな。

「……」

 なんだかひとりでいたくなかった。
 花音に連絡しよう。
 発情期終わったよって。今晩一緒にご飯どうかなって。
 おれ、今すごく、プリンが食べたいんだって。
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