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ぐずぐず泣いて、ずるずる鼻を啜る。
部屋の中はベッドの軋む音と水音しかしない。
それに混じって時折自分の声が漏れるだけ。
外がもう暗い。
電話があった時、もっと明るかったのに。遠くにいるなんて言わなかったのに。出来るだけすぐ行くからって言ったのに。
苦しい。
全然コントロールなんてしてくれない。
噛まれる前よりずっと苦しい。
こんなに不安になったこと、なかった。
悠真さん、まだ?
来るよね?また急に、用事出来たって、だからおれのとこに来れないとか、そんな、酷いこと言わないよね?
こわい。
悠真さんが見えないのが、こわい。
「ッう、う、っいたい……」
自分で触り過ぎて胸元は充血してじんじんするし、下半身は馬鹿みたいに擦り上げることしかしないからか痛くなってきた。
手首も痛いし、ナカはイイトコに届かなくてもどかしい。
前はそれでも十分だった筈なのに。
……捨てなきゃ良かったかもしれない。
勢いで捨てた玩具を思い出す。あれならちゃんと、指で届かないとこも気持ちよく出来た筈。
でも使いたくない、おれだって悠真さんがいい。悠真さんじゃなきゃやだ、おれだって番だもん、ちゃんと悠真さんがいい。
狡い、先に番になっただけじゃん。いつからかわかんないけど、もしかしたら、先に出会ったのはおれかもしんないのに。
番ってだれ、学生時代の友人?会社のひと?紹介?どうやって出会ったの、どうやって仲良くなったの、どんなひとなの。どんなとこがすきなの。
おれには玩具なのに。
一緒に住んでるの、結婚してるの、同棲なの、お泊まりする仲なの、毎日会ってるの、ねえ、おれ、まだ悠真さんと片手でも余るくらいしか会ってないのに。
なのに、こんなに情が湧いてしまうものなの?番になっただけで?
わかってるよ、おれが悪いの、おれが勝手なの、悠真さんの番からしたらおれにそんなこという資格なんてないことくらい。
本人には言わないから。ちゃんと心に仕舞っておくから。きっと会うこともないと思う。
ただ誰かを責めないと、心が爆発してしまいそうで。
ベッドにぐったり横になって、もう自分のにおいしかしないシャツを抱き締めて、背中を丸めて、……ぐしゃぐしゃに泣きながら指先を動かした。
手が痛くたって触らない選択肢はない。
頭と心がばらばらになりそうでも、それでもこのくそみたいな躰はもっとしろとひたすら強請っていた。
「ッん、んう、ゔァ、ん……っ」
悠真さん、悠真さん、ゆうまさん、ゆーまさん、何度も名前を呼んだ。
もう何十回、何百回、今日だけで名前を呼んだかわからない。なにもないから、名前を呼ぶことだけが落ち着かせる方法だった。
「ごめんね、遅くなった」
その声は、気の所為かと思った。おかしくなり過ぎて、幻聴まで聞こえてきたのかと。
大丈夫?と頬に触れた手のあたたかさで、やっと本物が来た、と滲んだ視界で理解した。
頭が朦朧としていて、玄関も、寝室の扉が開いたことすら気付かなかったようだ。
「ゆーま、さん……」
「うん、ごめんね、出来上がっちゃってんね、辛いね?」
「……ゔん、」
手を握りたかった。どこだってよかったけど、そこがいちばん触りやすいと思って。
でもその手を止められ、呆然としていると、待っててね、と上着を脱いだ。
そうか、スーツ、汚れちゃう……
「着替え……持って来てる?」
「うん」
「……それ、着て、ほし……」
「またにおいつけてほしいの?」
「欲しい、服、ゆうまさんの、」
「シャツだけね?服、足りなくなっちゃう」
「やだ、もっと」
もっとほしい。一式置いてかれたって足りないのに。
いいじゃん、家に今朝までの服、あるでしょ、おれにはない。今、こうやって、目の前にいる悠真さんのもの以外は。
一枚じゃ巣なんて作れない。足りない、ほんの少しの間、ちょっとだけ、満たされる前に、安心する前ににおいはおれのものになってしまう。
帰ったら悠真さん本人がいるんだからいいじゃないか、服くらい、数時間着ただけの服くらい、おれに譲ってくれたって。
「もっと、ほしい……」
おれが望んでることはそんなに難しい願いなのだろうか。
ひとりで我慢する手伝いがほしいだけなのに。
悠真さん丸ごと寄越せだなんて言ってないのに。
そっちの方がずっと嬉しいだろうに。
「うん、あげられるものはあげる」
スーツから部屋着に着替えた悠真さんがおれに覆い被さりながらにっこり笑う。
違う、そうじゃなくて、いや、そっちもほしいけど、服……
そんな反論をする前に、唇を塞がれてしまった。
「ンぅ、う、ゔ、あ……ふっ、う」
元々回ってなかった頭が更に馬鹿になってしまう。
ふわふわする、上手く息が出来ない。それなのに柔らかい唇が気持ちよくて、あったかい舌が口の中いっぱいになるのが嬉しくて。
我慢なんて出来なくて、悠真さんの真似ごとのように、その舌を吸って、噛んで、舐めてしまう。
上手いとか下手くそとかわかんない、ただ気持ちよければ、触れあえればそれで良かった。
「ん、ゔ、う」
「……和音、猫ちゃんみたいだね、かわいい」
「もっと……」
「もっと?」
「くち、ほしい……」
離れるとさみしい。
苦しかった息を吸って吸って吸って、それでもまだ苦しい筈なのに、悠真さんが離れてしまうことがさみしかった。
部屋の中はベッドの軋む音と水音しかしない。
それに混じって時折自分の声が漏れるだけ。
外がもう暗い。
電話があった時、もっと明るかったのに。遠くにいるなんて言わなかったのに。出来るだけすぐ行くからって言ったのに。
苦しい。
全然コントロールなんてしてくれない。
噛まれる前よりずっと苦しい。
こんなに不安になったこと、なかった。
悠真さん、まだ?
来るよね?また急に、用事出来たって、だからおれのとこに来れないとか、そんな、酷いこと言わないよね?
こわい。
悠真さんが見えないのが、こわい。
「ッう、う、っいたい……」
自分で触り過ぎて胸元は充血してじんじんするし、下半身は馬鹿みたいに擦り上げることしかしないからか痛くなってきた。
手首も痛いし、ナカはイイトコに届かなくてもどかしい。
前はそれでも十分だった筈なのに。
……捨てなきゃ良かったかもしれない。
勢いで捨てた玩具を思い出す。あれならちゃんと、指で届かないとこも気持ちよく出来た筈。
でも使いたくない、おれだって悠真さんがいい。悠真さんじゃなきゃやだ、おれだって番だもん、ちゃんと悠真さんがいい。
狡い、先に番になっただけじゃん。いつからかわかんないけど、もしかしたら、先に出会ったのはおれかもしんないのに。
番ってだれ、学生時代の友人?会社のひと?紹介?どうやって出会ったの、どうやって仲良くなったの、どんなひとなの。どんなとこがすきなの。
おれには玩具なのに。
一緒に住んでるの、結婚してるの、同棲なの、お泊まりする仲なの、毎日会ってるの、ねえ、おれ、まだ悠真さんと片手でも余るくらいしか会ってないのに。
なのに、こんなに情が湧いてしまうものなの?番になっただけで?
わかってるよ、おれが悪いの、おれが勝手なの、悠真さんの番からしたらおれにそんなこという資格なんてないことくらい。
本人には言わないから。ちゃんと心に仕舞っておくから。きっと会うこともないと思う。
ただ誰かを責めないと、心が爆発してしまいそうで。
ベッドにぐったり横になって、もう自分のにおいしかしないシャツを抱き締めて、背中を丸めて、……ぐしゃぐしゃに泣きながら指先を動かした。
手が痛くたって触らない選択肢はない。
頭と心がばらばらになりそうでも、それでもこのくそみたいな躰はもっとしろとひたすら強請っていた。
「ッん、んう、ゔァ、ん……っ」
悠真さん、悠真さん、ゆうまさん、ゆーまさん、何度も名前を呼んだ。
もう何十回、何百回、今日だけで名前を呼んだかわからない。なにもないから、名前を呼ぶことだけが落ち着かせる方法だった。
「ごめんね、遅くなった」
その声は、気の所為かと思った。おかしくなり過ぎて、幻聴まで聞こえてきたのかと。
大丈夫?と頬に触れた手のあたたかさで、やっと本物が来た、と滲んだ視界で理解した。
頭が朦朧としていて、玄関も、寝室の扉が開いたことすら気付かなかったようだ。
「ゆーま、さん……」
「うん、ごめんね、出来上がっちゃってんね、辛いね?」
「……ゔん、」
手を握りたかった。どこだってよかったけど、そこがいちばん触りやすいと思って。
でもその手を止められ、呆然としていると、待っててね、と上着を脱いだ。
そうか、スーツ、汚れちゃう……
「着替え……持って来てる?」
「うん」
「……それ、着て、ほし……」
「またにおいつけてほしいの?」
「欲しい、服、ゆうまさんの、」
「シャツだけね?服、足りなくなっちゃう」
「やだ、もっと」
もっとほしい。一式置いてかれたって足りないのに。
いいじゃん、家に今朝までの服、あるでしょ、おれにはない。今、こうやって、目の前にいる悠真さんのもの以外は。
一枚じゃ巣なんて作れない。足りない、ほんの少しの間、ちょっとだけ、満たされる前に、安心する前ににおいはおれのものになってしまう。
帰ったら悠真さん本人がいるんだからいいじゃないか、服くらい、数時間着ただけの服くらい、おれに譲ってくれたって。
「もっと、ほしい……」
おれが望んでることはそんなに難しい願いなのだろうか。
ひとりで我慢する手伝いがほしいだけなのに。
悠真さん丸ごと寄越せだなんて言ってないのに。
そっちの方がずっと嬉しいだろうに。
「うん、あげられるものはあげる」
スーツから部屋着に着替えた悠真さんがおれに覆い被さりながらにっこり笑う。
違う、そうじゃなくて、いや、そっちもほしいけど、服……
そんな反論をする前に、唇を塞がれてしまった。
「ンぅ、う、ゔ、あ……ふっ、う」
元々回ってなかった頭が更に馬鹿になってしまう。
ふわふわする、上手く息が出来ない。それなのに柔らかい唇が気持ちよくて、あったかい舌が口の中いっぱいになるのが嬉しくて。
我慢なんて出来なくて、悠真さんの真似ごとのように、その舌を吸って、噛んで、舐めてしまう。
上手いとか下手くそとかわかんない、ただ気持ちよければ、触れあえればそれで良かった。
「ん、ゔ、う」
「……和音、猫ちゃんみたいだね、かわいい」
「もっと……」
「もっと?」
「くち、ほしい……」
離れるとさみしい。
苦しかった息を吸って吸って吸って、それでもまだ苦しい筈なのに、悠真さんが離れてしまうことがさみしかった。
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