【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

ちかこ

文字の大きさ
上 下
27 / 124
3

27*

しおりを挟む
 惨めだった。
 おれはかわいそうなオメガ、ただのほんのちょっとだけ知ってる程度の、思い入れもなんもない奴。
 そんな奴にこっちの方が使い勝手がいいでしょうと腕時計を送り、ひとりだと辛いでしょうと玩具を送る。
 おれのことをそう考えてないからこその優しさのつもりだったのかもしれない。
 嫌味だとか、馬鹿にしてるとか、そんなんじゃなくて。

 でもおれは、これは使えない。余計なことしか考えないと思うから。
 おれがひとりで玩具で慰めてる間、悠真さんの番はだいじに抱かれ、悠真さんの腕の中で悠真さんを挿入してもらうんでしょう、そう考えてしまって、使える訳がない。

 直接悠真さんにそんなこと文句を言えもしないけれど。
 パッケージのまま、おれはそれをゴミとして捨てた。


 ◇◇◇

 その一週間後。
 前回からはまだひと月と三週間くらい。
 相変わらずの周期で発情期はやって来た。
 悠真さんから発情期もうくるね、と連絡が来た頃にはもう既に躰は熱を持っていた。

 出来るだけすぐ行くから。無理はせずに楽にしてて。鍵はあるから、和音はベッドから動かなくていいからね、と言ってくれた悠真さんに安堵した。
 来てくれる。
 良かった、番と周期被らなかったんだ、そうだよね、おれの方が早いもんね、普通なら。
 ……良かった、自分でどうにかしといて、なんて言われなくて。

「は、う……ゔ、ゔう」

 悠真さんが来るならもうお役御免だ、と腕時計を外そうとして、……外せなかった。
 指が止まった。
 これは悠真さんが店まで行って買ったものではない。ネットで選んで、おれの家まで届けられただけで、一度たりとも悠真さんが触れたりなんかしていない。
 ちゃんとそうわかってる。
 ……それでも悠真さんがおれの為にと買ったものだ。
 悠真さんのにおいなんてしないけれど、邪魔になるのもわかるけれど、なんだか外したくないなと思ってしまったのだ。

 ベッドの周りにはいつものように必要なものを準備してある。
 前回悠真さんの置いていったTシャツも。
 本当は洗いたくなかった、洗ったら完全ににおいは取れてしまう。でも色々なもので汚してしまったそれを数ヶ月も放置なんて出来ないから、泣く泣く洗濯するしかなかった。
 お陰でそのシャツはうちの洗剤、柔軟剤のにおいだ。
 おれの他の洗濯物と変わりのないにおい、どれだけ嗅いでみたって悠真さんのにおいの欠片すらなかった。

 綺麗に洗って返す、そんなことは約束しなくたって当然の話だ。
 だからきちんと畳んで、ヒート中に飛んでしまってもちゃんと返せるよう、わかりやすく部屋に置いておいて……そう思ってたんだけど。
 つい手を伸ばしてしまった。
 だってこの部屋にはなんもない。
 悠真さんのにおいがするものは、なにひとつ。

「ゔ、う、ゆーまさんん……」

 なんもない。安心するものなんて、なんにも。
 なんにもない。
 こんなんじゃなにもできない、なんも守れない、こどもなんて作れない。
 違う、こどもなんて作らない、違う、そうじゃなくて。
 作れない、赤ちゃん、ほしい、ほしくない、ちがう、そんなの、そんなのちがう、違うったら、おれはオメガじゃない。

 ほしくない、ひとりでいい、やだ、なにかほしい、番の、悠真さんの何かが欲しい。
 ひとりはいやだ、いやだ、いや、さみしい。
 違う、悠真さんがほしいんじゃない、誰でもいい、よくない、オメガじゃん、お前、いやだなんて言ったってオメガにかわりはないじゃん。
 アルファに抱かれたいなんて、お前はただのオメガだよ、

「ゆ、っ……ぅ、あ」

 ぐるぐるぐるぐる、頭の中が滅茶苦茶で、自分でもよくわからなかった。
 おかしくなってるのはわかる。
 でも縋るものがない。
 腕時計も、洗濯したシャツも、離せないくせに、おれの心を落ち着かせてくれない。

 悠真さんのにおいがするものがほしい。
 悠真さんは貰えないから。他のひとのものだから。
 でも服すら貰えない、借りれない。
 他の番にも貸したいからって。
 狡い、狡い、狡い、ずるい、家にいっぱいあるでしょ、部屋着も仕事着もあるでしょ、たったいちにち分くらい、おれにくれたっていいじゃないか。
 こんな薄いシャツ一枚じゃ足りない、なんにも守られない。
 悠真さんのにおい、なんもしないよお……

 不安で仕方がなかった。
 来るって言ったけど、来なかったらどうしよう。
 もう何時間経ったっけ。腕時計をしてる筈なのに、滲んで見えない。
 もうイきたくない。もう手、疲れた、動かしたくない。なのに足りない、届かない、悠真さんじゃないと満たされない。
 どうしよう、来なかったらどうしよ、どうしよう、でんわ、したら、出てくれるかな。
 声、聞きたい。
 優しくしてほしい。
 頑張ったねって褒めてほしい。

 頑張ってない、褒められるところなんて、なんにもない。
 巣ひとつ作れなくて、洗ったシャツもまた汚して。
 時計だって、いくら水洗い出来るとはいえ、外さないまま自身に触れ続けるものだから自分の出したもので汚れてしまっている。
 貰ったばかりなのに。壊してしまったらどうしよう。怒られたら、呆れられたら。
 違うもん、おれ悪くない。
 悠真さんがちゃんと与えてくれないから。だからなんも上手く出来ないんだもん、おれ悪くない、悪くないから、だから怒んないで。頑張ってないけど、撫でてほしい。
しおりを挟む
感想 171

あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

からかわれていると思ってたら本気だった?!

雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生 《あらすじ》 ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。 ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。 葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。 弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。 葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

処理中です...