【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

ちかこ

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 ◇◇◇

「けっこん」

 呼ばれて行った花音の家で、出されたクッキーを口にした瞬間に、にこにこした花音と照れたようにはにかむ千晶くんにそう報告をされた。
 千晶くんの首にはもう首輪はない。その意味をわからない程初心ではなかった。
 そりゃそうだ、自分だって同じだ。

「式は来年の予定なんだけどね」
「見てみて、指輪買っちゃった、どうどう?」
「ん、綺麗だね」
「でしょでしょ、んふふ」

 自慢気に指輪を見せ、ドレスや式場を選ぶのも楽しみで、と花音はいつものきりっとした強気の表情はどこへやら、ふにゃふにゃと蕩けたような笑顔で惚気を口にする。
 そのかおを見れるのはおれと千晶くんの特権だ。
 普段はそんな素振りを見せなかったくせに、どうしたいああしたいと結婚式の夢を口にする花音に、女の子だなあと思った。

「お義父さん泣いちゃうね」
「泣かすのよ」
「父さんたちにもう話はしたの?」
「うん、泣いてた」
「挨拶で泣くなら式はもっと泣くな」
「お母さん千晶くんだいすきだからね、喜んでた」

 うちに行くとわたしを置いてお母さんと料理始めるのよ、とわざと拗ねたように言う花音に、あまりそういう話、聞いたことなかったな、と気付いた。
 あまりにおれがオメガに拘るから、結婚に通じる話を避けていたんだろう。
 そしておれに番が出来て、花音と千晶くんも早く番になったらとか言うものだから、当然おれも順調な付き合いをしていると花音たちは思っているのだ。

 結婚する気がないということは、智子先生は花音にもしっかりお口チャックしてくれているらしい。コントロールする為の番だなんて言えない。
 正直ばれていちばん荒れ狂うのは両親より花音だろうから。
 うちの家族でいちばん怒りを顕にするのは花音だからなあ。そんなわかりやすい花音がおれも千晶くんもかわいいと思ってるのだけど。

「かずねは?あんたのことだから式はしないー!とか言うんだろうけど、ほら、まだ挨拶とかはしないの?」
「あー……うん、まだ早いかなって」
「番になっておいて?先に挨拶に行くひともいるくらいよ、挨拶くらいは……お母さんもお父さんも心配してるんだよ、わたしが先に言う訳にもいかないでしょ」
「いやー……」

 無理でしょ、悠真さんにこれ以上詐欺紛いのことさせらんないよ、挨拶なんて面倒だろうし。
 それに千晶くんはもう何度も遊びに行っていて、両親も大分かわいがっているようだけど、悠真さんは……
 いや、ないよ、絶対ないよ、重婚はまだ許されてないし。

 ……いやいや、でも案外気に入られたりするかもしれない。悠真さん人当たりはいいみたいだし。
 いやだからないないない、親に気に入られる以前に、結婚とかまずないから!

 わかっているのに、目の前の眩しいふたりがしあわせそうに笑うものだから。
 少しだけ。ほんの少しだけ。
 結婚式とかそんなんじゃなく、同じ家で悠真さんを出迎える自分を想像してしまった。

 それと同時に、自分にだって一応番がいるのに、ひとりの部屋に帰るのが少しだけ虚しい、とも。


 ◇◇◇

 花音の住むマンションとおれの住むマンションは近い。
 どちらもうちの所有物件ではあるけれど、敢えて同じマンションは選ばなかった。
 でも徒歩ですぐに行ける程度の距離は丁度良い。程良くプライバシーも守られ、お互いの様子もすぐに確認出来る。
 千晶くんだけでお裾分けだよと夕飯を持って来てくれることもあれば、ケーキ貰ったから一緒に食べよう、とふたりして来ることもあるし、暇なら雑用でもする?とバイトがてらに花音だけが来ることもある。
 どうすんのかな、引越したりするのかな、まだこどもが出来た訳でもなし、暫くは近くにいるかな。

 千晶くんに持たされたお裾分けを手にエントランスを潜る。
 宅配ボックスを確認すると、なんとみっつも段ボールが入っていた。
 ひとつはおれが購入したもの。外に出掛けることは少ないくせに、季節がかわるとつい靴を買っちゃうんだよね。
 無駄遣い止めな、と自分でも思うものの、暇だからこそついついネットで見てしまって。買い物依存症まではいかないと思うんだけど。
 後のふたつは悠真さんからだった。
 名前を見たただけで心臓が跳ねた気がする。

 悠真さんと番になったのは暑くなった七月の頭だった。
 最後に会ったのはその一ヶ月半後の八月の半ば。
 そして今は九月が終わろうとしているところ。もうそろそろ、若しくは二週間あるかないかくらいにはまた発情期が来るだろう。
 ……そう、つまりおれはまた一ヶ月半、放置されている。

 それでいい、それでいいんだけど!やっぱりおかしくない!?
 ほっとかれ過ぎじゃない、おれ!?
 本当にヤる為だけの番じゃん、そう言ったのはおれだけど!
 でも本当にこんな、発情期までまじで会わないとか思わなかったんだけど!
 するって言ってたのに電話もないし!
 おれからしろって?無理!

 苛々しながら段ボールを抱えて部屋まで戻り、少しむかついたのでその段ボールを投げ付けた。
 ……ベッドの上に。一応。物に罪はない。壊れ物だったら困るし。

 先に自分の荷物を開けて、このスニーカーやっぱり格好良いなあと心を落ち着けてから残りの段ボールに視線をやる。
 悠真さんから連絡は何ひとつ来ちゃいない。
 でもまさか間違えて送ったということもないだろう、これはおれ宛てに届いたものだ。

 なんだか急に……少し!そう、少しだけ!わくわくしてきて、段ボールを開いた。だってこれってもしかしてプレゼントじゃないのって思って。
 そわそわして開けたその中身は、ひとつは腕時計、もうひとつは、……初めて実物を見た、それは所謂大人の玩具ってやつだった。
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