【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

ちかこ

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 思わずその視線から逃げるようにかおを逸らした。
 それでも刺すような視線を感じるものだから、躰を隠したくなって、でも布団は悠真さんの背にある。隠すものがない。
 どうしよう、と考えた末に出した結論は、悠真さんにくっついてしまえ、というものだった。
 ……自分でも間抜けだと思う。けれどそれしかなかったのだ、悠真さんの視線から逃げる為には。
 そしてそんな考えはすぐにばれてしまったと思う。頭上で苦笑いが聞こえるから。
 くそ、躰も震えてるぞ、笑い過ぎだ。

「……あ、」

 頭から悠真さんの胸に飛び込んでしまったものだから、ダイレクトにあのいいにおいを浴びてしまった。
 香水のかわりに、シャンプーとボディーソープのにおい。それはうちのものだ。おれと同じもの。
 着替えとして持ってきてたTシャツは柔軟剤のにおい。
 これは自分で洗ってるのかな。いや、番と一緒に住んでる?そうだ、触れたことがなかった。あれはただのペアリング?まさか結婚、してんのかな。
 してたら流石にこんなことはしないよな?それともしているからこその余裕で他の番を作ることを許してる?
 このTシャツも、着てきたシャツも下着も、その番が洗ってるのかな。

「……!」

 考えると頭がおかしくなりそうだった。
 許されてるとはいえ、自分のしていることが普通じゃないという自覚はある。悠真さんもその番も変わっていることも。

 悠真さんは優しい。声も、触れ方も、笑い方も。
 でも揶揄ったり冗談を言う親しみやすさもあって落ち着く。
 高い身長も、整ったかおも、仕事収入家柄も申し分ない。
 そんな彼を他の番に貸せるのは愛されてる余裕からなのだろうか。
 わかんないな、全然。
 わかんない。
 わかんないでしょ、そんなの。
 実は美人局なんじゃないかとか、うちの財産目当てなんじゃないかとか、そう疑っちゃうでしょ。
 普通は、余裕があったって他のひとに貸す、なんて出来ないでしょ。
 変わってるおかげでおれは助かってるんだけど。でも納得いかないものはいかないのだ。

「……和音?」

 頭がくらくらしてどろどろして、考えたくないのに考えてしまって、そのくせ解決なんかはしやしない。
 来たばかりの発情期は、悠真さんのにおいでどんどん深くなるよう。

「……悠真さん、」
「ん?」
「ゆ、悠真さん、は、服、着てて」
「これ?」
「うん、ずっと、着てて」

 おれがひとり全裸で恥ずかしいのはどうやったってかわらないけど、それでもいい、悠真さんにはその服ににおいをつけてほしい。
 柔軟剤のかおりがかわるくらい、汗をかいて、悠真さんのにおいをつけて。

「そんで、そのシャツ、ちょうだい」
「え」
「あ、う、ちが、えっと、貸して……ほし、洗って返す、から、」

 流石にスーツは借りられないから。Tシャツくらいならいいよね?
 だってそれ持ってきたんだもん。発情期だってわかってんのに。こんなことするってわかってんのに。
 汚したっていいつもりで持ってきたんだよね?
 だからおれが借りたっていいよね?

「このシャツがいいの?」
「……うん」
「ああ、番のにおいのするものほしがるもんね、アレかぁ」
「いい?」
「シャツくらいなら」
「他のは?」
「……シャツだけね」

 誤魔化すように頭頂部にキスをされた。
 そんなとこ、キスされたって全然気持ちよくない。するなら口にしてほしい。
 ……おれ自身が悠真さんの胸にかおを埋めたままじゃ、そんなこと出来ないっていうのに。

「んッう、あ!」

 悠真さんの指先が、背をなぞり、腰をなぞる。
 びく、と跳ねた腰に、悠真さんの息が漏れた。
 大きな手が腰を掴み、膝の上に載せられる。そのせいで胸に隠れることは出来なくなり、悠真さんと視線がぶつかった。
 案の定、いじわるなかおをしている。
 ああ、それでも格好良いんだよなあ、綺麗なかお。アルファって感じの……いいなあ、おれもこんな風になりたかったなあ、格好良いなあ、頬はしゅっとしてるくせに、唇も薄いくせに、それでもやっぱり柔らかくて……

「……ちゅうしたい」
「いいよ」
「あ」

 つい甘えたように漏らしてしまった言葉に慌てて違う、と言うけれど、何が違うか自分でもわからない。
 口にキスしてほしいって、自分がさっき思ったことじゃないか。
 でも思うことと口にすることは同等ではない。
 口にしてしまえば相手に伝わってしまう。
 おれの立場であまり我儘を言うのは、と思うのに。
 ……思うのに。
 悠真さんのにおいや体温に包まれると、どうにも甘ったれてしまう。
 重いやつだなって、面倒なやつだなって、そう思われなければいいけど。

「しないの?」
「……しない」
「してよ、和音から。ほら」
「し、ないっ……あ、ッ」

 少しずつかおが近付いて、息がかかる、言葉を発すれば唇が触れそうになる、そんな距離。
 おれが、あと少し、唇を突き出せば、もう触れそうな、それくらいの……

「っう!」

 先に動いたのは結局悠真さんだった。
 ぺろりと犬のように唇を舐められて、驚いたところに舌が入り、でもすぐに出ていった。
 短い。不服に感じてしまう程。
 さっきの、舌を吸われるやつ気持ちよかった、もっと、してくれないかな。
 そう思うだけで、口にすることが出来ず、そのまま悠真さんの肩口に頬を寄せた。
 おれの意気地なしめ。
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