【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

ちかこ

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 ◇◇◇

 発情期が来そうだな、と思った時にやっておくのは買い出しや買い溜めしていたもののチェック。
 発情期に入ってしまえばほぼベッド上から動かない、動けないから。
 水やスポーツドリンク、お茶、ゼリー飲料や軽くつまめそうな食べ物をもう用意しておく。
 とはいってもおれの場合、結局は水分しか摂れないことが多い。発情期が終わった後は数キロ落ちているのはザラだった。
 着替えは用意してもキリがないし意味もない。
 でもタオルとティッシュは多めに置いておいて……スマホと充電器、エアコンのリモコン、思いつく色々なものを集めてベッド近くへ放っておく。
 それからええと、悠真さんに渡しておく合鍵。

 なんだか少し、恥ずかしい。今更なんだけど。
 合鍵を家族以外に渡すって、防犯とかそういう意味じゃなくて、その、あなたがだいじなひとなんですよと言ってるかのようで。
 そりゃそうなんだけど。番になった訳だし、悠真さんの言う通り、発情期なんてベッドから碌に動けない癖に毎回扉を開けに行きますなんて出来ないから渡すしかないんだけど。

 悠真さん。
 久し振りだなあと思うと、ただの契約の番だというのに、それでも不思議だ、躰があつくなる。心は契約だとわかっていても、躰にはそんなこと関係ない、番は番なのだ。
 頬が火照って、心臓がばくばくして、手のひらがあつくなって、お腹がきゅうきゅうする。

 あの日項を噛まれただけで、躰丸ごと作り替えられてしまったかのようだった。
 早く触れたくて、触れてほしくて、発情期でもないのになんでそんなこと、と自己嫌悪に陥ってしまうような。
 電話ですら安心する声を直に浴びたい。どれだけ蕩けたような心地になることか。
 笑いかけてほしいし、あの大きな手で撫でられたい。触られたい、気持ちよくしてほしい。
 ……そこまで考えてしまうのはきっともうヒート間近だから。
 そう思いたい。
 だっておれ、こんな奴じゃなかった筈だ。

 先日、花音がうちに来た時複雑なかおをしていた。
 本当にお願いしたという調査で、特に悪いところがなかったと。それなのにそんな変なかお。
 詐欺とかでもなくちゃんと穂高グループの息子で家族仲も良好、仕事も問題なく、学生時代も今も悪い噂はなく、番相手として支障なし、優良物件であるとまで。
 それでも尚ぶすくれたかおの花音に、拗ねてるだけだよと千晶くんがフォローする。
 結局はブラコンなもので、優秀なアルファに片割れのおれが取られたことが悔しいらしい。
 もう番になってしまった訳で、詐欺とかだったら困るから調査結果としてはこれ以上ない朗報だとは思うんだけどね。

 まあ花音の気持ちもわからなくはないし、おれとしても始まりが始まりだから、調査なんてとは言ったけれども安堵もした。
 良かった、ちゃんとしたひとで。いややっぱり行動としては突飛でおかしいんだけどね?一応バックがちゃんとしてるという意味でね?そんだけしっかりしたひとが何故、と逆に心配にもなるんだけどね?
 流石に詐欺だったら恥ずかしいし、どうしようも出来ないしで困っちゃうから。

『もうすぐ着くよ』

 そんなメッセージに、どき、とした。
 それだけの、簡潔な言葉には冷たさもあたたかさもわからなければ、愛情もなにも透けやしないのに、躰だけは反応してしまう。
 そわそわしてしまう、もうすぐってどれくらい?
 職場を出たところ?
 買い物行くって言ってたよな、お店にはもう行った?出たところ?
 うちに向かってるところ?マンションの下辺り?
 あと何分くらいで着く?

 そわそわ。
 そわそわし過ぎてどこで待ってればいいかわからない。
 リビング?玄関?それは気が早い?インターフォンの前?あと何分?座って待ってらんない。
 夕飯が先?そうだよね、まだおれ完全に発情期来てないし。でも悠真さんを見たらどうなるかわかんない。
 電話やメッセージですらあつくなる躰は、実際に会ったらこの前みたいにすぐヒートを起こしてしまうんじゃないかと疑ってしまう。
 そんな躰目当てみたいな。いや、紛うことなき躰目当てなんだけれど。
 でも夕飯を楽しむくらいの余裕はほしい。
 あまりにも動物のような反応をしてしまうのはやはり情けなくていやだ。

 ぐるぐるうろうろしてどれくらい経っただろうか。
 インターフォンが鳴って、悠真さんを確認して、鍵を開ける。
 文字だけで反応する躰はインターフォン越しにも心臓を煩くさせる。
 悠真さんの周りがまるできらきらしているよう。
 それは玄関を開けて、にっこり笑った悠真さんが入ってきた時、もっと衝撃を感じた。
 ぶわわ、と全身があつくなるような、そんな。
 お前の番だよと頭と躰が言ってるような。におい。そう、やっぱりにおいが、くらくらしてしまう。

「はー、外まだあっつい、部屋涼しいね」
「う、うん、上がって」
「お邪魔します、和音、前髪伸びたね、後で切ったげようか」
「いや、いい……」

 きっちりしたスーツに、紙袋と買い物の入った袋。いちばん上には卵があって、うちは卵もないと思われてるのか、と考えた。
 実際ないのでその思考は間違ってはないが。
 それにしても一ヶ月半会ってないとは思えない程会話が普通だ。
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