【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

ちかこ

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 ◇◇◇

「……っ、ンう、ぅ」
「肌白いね」
「外っ、出ない、からあ……」
「そう」

 裾を捲り、肌に触れた先輩が少し揶揄うような声音で言う。
 腕を通そうとした手を止めると、脱ぎたくない?と訊かれて頷く。
 女性じゃあるまいし、上半身裸になったところで構わないだろうに、なんだかすごく恥ずかしいと思ってしまった。このひとに見られることが。
 というか、こういうことをするのが。

「経験は?」
「けいけ、けん……?」
「……誰かとえっちなことしたことある?」
「っ、」

 したことない。誰とも。だってしたらオメガってばれちゃうし。
 でもそれを素直に口にするのは躊躇われた。
 いい歳して。初めてなの?ふうん、というようなかおで見られるのが恥ずかしいと思った。みっともないとも思った。
 本当なら、おれが誰かを優しく抱く筈だったのに。

 かおを逸らしたおれに、その態度でもうわかったのだろう、先輩は笑って、じゃあ優しくしないとね、と言った。
 そんな、それだけの笑い声がお腹に響く。期待をしているかのように。
 そんな場所、まだ誰も迎えたこと、ないのに。

「……キスは?あり?なしの方がいい?」
「わ、わかん、な」
「じゃあしていい?」
「え、え、す、するの」
「駄目ならしないけど。雰囲気出るし、俺は気持ちいいからすき」
「きもちいい、の……?」
「興味ある?」

 先輩の指が唇を撫でると、それだけで背中がぞくりとして、あ、と声が漏れた。
 それに満足したようにまた笑い声がする。

「初々しくってかわいいなあ、初めてを奪っちゃうのが申し訳ないくらい」
「だ、だって」
「揶揄ってんじゃないよ、番になるんだもん、かわいい子の方が嬉しいでしょ」
「かわいく、なんか」
「かわいいよ、和音は高校の時からかわんないなあ、ずうっとかわいい」
「……んっ」

 それはやっぱり揶揄ってるんじゃないのかと思う。
 それと同時に、先輩のことを思い出せない申し訳なさも、まあ少しは。
 そして、触れられるとこ全てが熱を持って気持ちいいと思ってしまうことへの罪悪感。
 暫く指だけがおれの唇を弄び、こじ開け、それからやっと、そのまま開いてて、と残し指が離れる。
 開いておく?と疑問を口にする間もなく、先輩の唇が重なった。
 何度か軽いキスを繰り返す。指より柔らかい、気がする。

「ふ、ぅ……っん、う、んん、ッあ、ふ、ぅぐ」

 わざとじゃないかな、と思うくらい、舌を絡ませる時や吸う時に水音を立てる。
 それが大きく直に耳に届いて、恥ずかしくて、興奮した。
 初めての割に、少し乱暴な気がした。優しくしてくれるのではなかったのか。キスはまた別ということなのかな。

 雰囲気出るし気持ちいいからすき、とは言ったけれど、そのままの意味で……これはただの性行為の準備の為の、気持ちを盛り上げる為のものであって、安心するような優しいものは、指輪の片割れの持ち主の為のものなのかな。

「……っ、は、あう、はっ……あ、ぅ」
「苦しい?」
「ん、い、息……す、るタイミング、わかん、なっ……」
「鼻ですんの」
「わか、ん、ない……ッ」
「はは」

 でも下手くそなのもかわいくて興奮するわ、とおれの口元を拭って少し意地悪く笑う。
 いつもなら絶対に腹立つような揶揄い方に、それでもどうでもいいから早く触って、と思ってしまう。
 流石に目の前で自分で触れるのは躊躇ってしまう、でも触ってしまいたくなる程、躰の方が我慢出来ない。
 おかしい。
 躰も頭もおかしいの。
 いつもの発情期の周期じゃなくて、アルファにあてられて起こしたヒートは更に理性が利かない。
 早く早くと目の前の男から与えられる快楽を待っていた。

「せ、せんぱ、」
「名前呼んでほしいなあ」
「なま、ぇ」
「先輩って呼ばれる程関わりあった訳でもないし」

 そんなこと言われたって、関わりがなかったからこそ名前なんてわからない、知らない。
 頭が真っ白になる。名前、わかんなきゃ触ってもらえない?
 どうしよう、知らない、名字も名前も、どっちも知らない。
 どうしよう、どう、どうしたら……こんな状態でほったらかされてしまったら耐えられない。

「名前なあに、教えてって言えばいいじゃん、なんでそんな泣きそうになるの」
「……だ、って」
「途中で止めたりしないよ、番になろうかって時にさあ」
「わ、わかっ……わかんない、から、」
「……和音、こういう行為どころか恋愛経験もないね?」

 図星を指されて、今度は頭が真っ赤になったように感じた。
 だってしょうがないじゃん、誰とも関わらなかった。
 こどもの頃に叔父の番に淡い初恋のようなものを感じた、それくらいのものだった。
 それはおれがアルファだと思ってたから、理想のオメガだと思ってたから。でももう叔父という番がいて、それでもいやな思い出にならなかったのはふたりがしあわせそうだったから。
 自分がオメガだとわかってから、家族以外は信用出来なかった。恋とか番とか、そんなの、出来るとかほしいとか思わなかった。
 そんな状態で経験なんて、ある訳ないじゃないか。

「責めてないよ、ごめん、……情緒不安定になるのかな、別に呆れたとか揶揄ってるんじゃなくて……その、かわいいなってこと」
「……ッ、う」
「和音」
「わ、わかってるよ、自分だって、おかしい、って……こと、くらいっ……」

 わからないことばかりで、不安で、こわくて、でもそれをどうしたらいいかわからない。
 番になるっていうなら、そういうとこも助けてよ、どうにかしてよって勝手に思ってしまう。
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