【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

ちかこ

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「大丈夫?ひとりで」
「ん、ん……へーき……ッ、慣れ、てる」
「番は?」
「いる、と思う……?」

 心配そうに訊く彼に、これ、と首輪を指差すと、そうだねと苦笑し頷いてから、かわいいのにね、と酷く甘い声で言う。
 綺麗だねと言われたことはあった。それはもう数えられない程。
 瓜二つとまではいわないが、花音と似たこのかおはそう褒められることが多かった。
 本音を言えば、目の前のこの男のような、どうみてもアルファだとわかるような容姿になる予定だったんだけど。
 オメガになるつもりはなかった。相手をかわいがるのはアルファであるおれで、自分がかわいいなんて言われるつもりはなかったのに。
 なのにおれは、その甘い声に、言葉に、蕩けそうになってしまっている。

 慣れた花音や家族のものとは違うにおい。
 お腹の奥がずくずくするような、つい喉を鳴らしてしまいそうな、そんな、今までにはないいいにおいだった。
 さっきのがほしい。
 抱き上げられてる間、どきどきもしたけれどすごく安心した。
 だめだって、やばいって、離れなきゃって思ってた筈なのに、またあの腕に包まれたいなんて思ってしまっている。

 だめだだめだだめだ、負けるな、今までアルファから逃げてきた意味がなくなるだろう、
 でもすっごくいいにおいがする、噛まれたい、このひとに噛まれたら絶対に気持ちいい。
 だめだめだめだめ、帰って貰わなきゃ、相手にだって迷惑だ、自分ひとりの欲望を通すな、やだ、帰んないでほしい、違う、だめ、いやだ、お願い、おれをオメガにしないで、いやだ、番にして。

「は、あ、う……う、」
「前発情期来たのはいつ?」
「に、しゅ、かんっ……前っ」
「二週間?終わったばかりだよね?」
「ん、お、おれ、いつ、もっ……周期、はやく、てっ……でも、こんな、はやい、の、初め……て、」

 俺のせいかな、と男は漏らした。
 そうだよ、あんたのせいだよ、ぶつかって、触れて、抱いたりなんかするから。あんなに近くでいいにおいを浴びせるから。
 あんたのせいだ、こんな、噛んでほしいなんて、そんなこと、初めて思った。
 いやだ、おれ、ちゃんと恋愛して、それから本当にだいじな相手を番にしたいって、ずっと考えてたのに。引き籠もりのおれには難しいことだったけど。
 それでもこんな、初めて会ったようなひとに。アルファに。

「……っ、は、やく、帰った方、がっ……」

 いい、あんたの為にも、おれの為にも。
 媚びてしまいそうになる。甘えて、ねえ傍にいてって、手を引いて、抱き締めてほしくなる。
 いやなのに、本能が、頭が、そうしたくなってしまう。
 噛んで、と首輪を外してしまいたくなる。
 いやなのに、いやなのに!

「置いてけないよ、辛そうだし、泣きそうなのに」
「それは……せ、生理的なやつ、だから」
「うるうるしちゃって、ほんと仔犬みたい」
「は」

 和音をわおんと読んで犬みたい。そう陰口を叩かれていたのは知ってる。
 花音が隣にいる状態で、そんなことを直接言ってくるような奴は流石にいなかったけれど。
 ただそういうのは中高生時代くらいで……でも目の前の男は同級生だったような気はしない、かおは覚えてなくても、この落ち着く声は忘れない、と思うし……

「だ、だれ……さっきも、かのんのこと、知って、て」
「だってかわいい双子ちゃんって珍しいし、目立ってたし」
「おれ、あんたのこと……」
「うん?そうだね、ちゃんと関わったことはないかも、だって君たち、周りと一線引いてたでしょ」

 高校?と訊くと、そう、と頷いた。ひとつ上の先輩だと言う。
 先輩後輩どころかクラスメイトとも殆ど関わってないおれからしたらかおも声も知らなくて当然かもしれない。
 でも確かに上級生にアルファがいるのはクラスの女子が話していたのを覚えている。
 花音もそうだが、通常、優秀であるアルファは偏差値の高い学校へ進学するものだから、そこらの公立に通うアルファは珍しいのだ。オメガはそこそこいたようだけれど。
 だからこそ余計に関わらないと決めていた。そうか、あの時の変わってんなと思ったアルファはこのひとだったのか。成程やっぱり変わり者だ。

「俺はちゃんと覚えてたよ、忘れないよ、こんな綺麗なかわいい子」
「……っ」
「アルファの振り、してたでしょ」
「!」
「ベータは騙せてもアルファは騙せないよ、わかるもん、この甘いにおい」
「い、言わないで」
「誰に?」
「誰にも……」

 今更だと思う。
 別にこのひとが誰かに、父の会社にばらしたとしても何の得もないとも。
 でも、ここまで隠して、周りにばれたくないとまだ思ってしまう。
 認めたくない、オメガだと。それが覆ることがないのをわかっていながら、それでもまだ。

「いわないで……」

 先輩はふ、と笑って、言わないよ、と頷いた。
 そんなの本当かどうかなんてわからないのに、肩の力が抜けるのを感じる。
 何でだろう、こんなに安心してしまうのは。
 家族以外のアルファと近付いたことがそんなにないからわからない。
 アルファって皆こうさせてしまうものなの?先輩が特別?
 それともおれがやっぱりおかしいの?
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