【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

ちかこ

文字の大きさ
上 下
3 / 124
1

3

しおりを挟む
 悩んで悩んで進学した大学で上手く出来なかった。
 逃げて逃げて逃げて留年して、退学した。
 こわかった。自分がどれだけ花音に守られていたのかを思い知った。
 半年引き籠もり、このままじゃだめだと初めてのバイトをした。周りの視線がこわくて、すぐに辞めた。
 そして思った、父親の会社では働けない、と。

 家族は誰も反対していない、寧ろ自分たちの会社にいた方が融通も利く、うちで働きなさいと言った。
 けれどおれはそれが嫌だった。
 何の為にオメガを隠して生きてきたのかわからなくなるじゃないか。
 すぐに社長の息子はオメガだとばれてしまう。
 そんなの父はなにも思わない。だから何だと、オメガでも良いだろうと、差別をするなと。そう言えるひとだ。
 元々おれがオメガだとわかる前から両親はオメガに理解のあるひとたちだった。
 亡くなった祖母にも、叔父叔母の番にも、従業員にも。
 本当に、おれだけが固執してるんだ。
 そうわかっていても、それでも自分にとってはこわかったのだ、オメガだとばれてしまうことは。

 そうやって隠せば隠す程言い出しにくくなるというのに、おれはずっと自分を偽って生きていた。
 でも休めばいい高校時代や退学すればいい大学と違って、仕事となるとそうはいかない。
 バイトを辞め、また暫く引き籠もったおれを家族は心配した。
 親の会社に入っていい、在宅でもいい、なんなら働かなくたっていい。
 そう言ってくれたけれど、何もしないまま甘えるのは駄目だと思い、二度就職した。

 ヒート休暇というものがある。
 オメガの発情期、若しくは番の発情期にアルファが取るための休暇だ。
 高校の頃は誤魔化す為に有利だったおれの不安定な発情期は、社会人としては致命的だった。
 通常、発情期は三ヶ月に一度、一週間程。
 おれは一、二ヶ月に四、五日程度の周期で訪れる。
 それだけ休む新人をどこが、誰が庇ってくれる?薬も効かないのだ、きっちりと休まなくては却って迷惑をかけてしまう。
 そして無事に二社とも新人の内にクビになった。

 そんな中、おれはとても恵まれている。
 働かなくたって生きていける金がある。家族がいる。心配してくれるひとがいる。
 無職のくせに親の持ち家でひとり暮らしをし、ゲームをし、本を読みテレビを観、病院に行き発情期を迎え、またぼおっとして美味しいものを食べ、生きている。
 自分が何の為に生きてるのかわからなかった。
 おれは誰かをしあわせにしたかったのに。
 オメガというだけで、自分ひとりしあわせにすることも出来ない。


 ◇◇◇

「智子先生に宜しく」
「はあい、あ、タクシー呼びました?今乗り場の方混んでるみたいですよ」
「あー、大丈夫」

 薬を受け取り、支払いを済ませ、看護師と薬剤師に頭を下げ出ていこうとすると声を掛けられた。
 そういえば智子先生がタクシーを呼べと言っていたな。
 でも買い物もしたかったし、自宅までそう距離もない、何より二週間前に発情期は終わっている、タクシーを呼ぶ必要は感じなかった。

 引き籠もりも板についているおれは病院以外でそう外には出なくなっていた。外に出ればそれだけアルファと出会う確率も上がるから。
 大抵のものはネットで買える。重たいものも日常品も、その日の食事すら。
 でも折角外に出たのだ、少しくらい店に入っても……
 ラーメンとか……インスタントは飽きた、出前とかでもなく、出来たてのものが食べたい。
 ああでも、まだ少し早いけど、どこかで時間を潰してから呑みに行ってもいいかもしれない、おれだって行きつけの店の一軒や二軒作ってみたい。そういう年頃だ。

「……花音呼ぼうかなあ」

 そう呟いてから止めた。
 花音はまだ仕事中だ。おれのように暇じゃないのだ。夜でさえも。
 大学を卒業した花音は無事に父の会社に入り、番を……正確にはまだ番ではなく番候補を作った。
 付き合う前、申し訳なさそうに報告する花音に、おれはなんで遠慮するんだと切れた。
 そっちの方が情けなくなる、花音は花音で気にせずさっさとしあわせになれと。

 自分の片割れがしあわせになるのを嫌がる片割れがどこにいる?
 花音は十分おれを助けてくれた、それはこれからだってきっとそう。おれが花音にしてやれることは少ない、だからこそ快く祝いたかった。
 相手は穏やかな、犬のようなひとだった。尻尾を振っているのがわかるような。優しい笑顔のオメガ。
 今でも少し気の強い花音でさえも目尻を下げるような、周りを優しい気分にさせるような。
 それはおれが思っていたアルファとオメガの在り方のようで、そこだけは悔しかった。
 おれも誰かを、自分の番を、しあわせにしたかっただけなのに。

 ……暑いな、取り敢えずどこか、カフェでもいい、避難しようか。それとももう大人しく帰ってしまうか。
 でもなあ、ラーメン……いや今食欲はそんなにない、かな、酒もこんな状態じゃあすぐに酔ってしまうかもしれない。
 でもどこかで涼んでからなら……いやもう帰って家でゆっくりした方が……でもなあ……
 折角嫌々ながら外に出たのに勿体ない、と思いながらぼんやり歩いていたせいだろう、擦れ違ったひとに肩をぶつけてしまった。

 すみません、と慌てて落とした鞄を拾うと、スーツの男性は大丈夫ですよ、とにこりと笑う。
 失礼なのはおれだ。わかっているのに、その鞄を押し付けて慌てて離れた。

 ──この男性、アルファだ。

 ぶわ、と熱を持った気がした。
しおりを挟む
感想 171

あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

からかわれていると思ってたら本気だった?!

雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生 《あらすじ》 ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。 ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。 葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。 弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。 葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

処理中です...