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悩んで悩んで進学した大学で上手く出来なかった。
逃げて逃げて逃げて留年して、退学した。
こわかった。自分がどれだけ花音に守られていたのかを思い知った。
半年引き籠もり、このままじゃだめだと初めてのバイトをした。周りの視線がこわくて、すぐに辞めた。
そして思った、父親の会社では働けない、と。
家族は誰も反対していない、寧ろ自分たちの会社にいた方が融通も利く、うちで働きなさいと言った。
けれどおれはそれが嫌だった。
何の為にオメガを隠して生きてきたのかわからなくなるじゃないか。
すぐに社長の息子はオメガだとばれてしまう。
そんなの父はなにも思わない。だから何だと、オメガでも良いだろうと、差別をするなと。そう言えるひとだ。
元々おれがオメガだとわかる前から両親はオメガに理解のあるひとたちだった。
亡くなった祖母にも、叔父叔母の番にも、従業員にも。
本当に、おれだけが固執してるんだ。
そうわかっていても、それでも自分にとってはこわかったのだ、オメガだとばれてしまうことは。
そうやって隠せば隠す程言い出しにくくなるというのに、おれはずっと自分を偽って生きていた。
でも休めばいい高校時代や退学すればいい大学と違って、仕事となるとそうはいかない。
バイトを辞め、また暫く引き籠もったおれを家族は心配した。
親の会社に入っていい、在宅でもいい、なんなら働かなくたっていい。
そう言ってくれたけれど、何もしないまま甘えるのは駄目だと思い、二度就職した。
ヒート休暇というものがある。
オメガの発情期、若しくは番の発情期にアルファが取るための休暇だ。
高校の頃は誤魔化す為に有利だったおれの不安定な発情期は、社会人としては致命的だった。
通常、発情期は三ヶ月に一度、一週間程。
おれは一、二ヶ月に四、五日程度の周期で訪れる。
それだけ休む新人をどこが、誰が庇ってくれる?薬も効かないのだ、きっちりと休まなくては却って迷惑をかけてしまう。
そして無事に二社とも新人の内にクビになった。
そんな中、おれはとても恵まれている。
働かなくたって生きていける金がある。家族がいる。心配してくれるひとがいる。
無職のくせに親の持ち家でひとり暮らしをし、ゲームをし、本を読みテレビを観、病院に行き発情期を迎え、またぼおっとして美味しいものを食べ、生きている。
自分が何の為に生きてるのかわからなかった。
おれは誰かをしあわせにしたかったのに。
オメガというだけで、自分ひとりしあわせにすることも出来ない。
◇◇◇
「智子先生に宜しく」
「はあい、あ、タクシー呼びました?今乗り場の方混んでるみたいですよ」
「あー、大丈夫」
薬を受け取り、支払いを済ませ、看護師と薬剤師に頭を下げ出ていこうとすると声を掛けられた。
そういえば智子先生がタクシーを呼べと言っていたな。
でも買い物もしたかったし、自宅までそう距離もない、何より二週間前に発情期は終わっている、タクシーを呼ぶ必要は感じなかった。
引き籠もりも板についているおれは病院以外でそう外には出なくなっていた。外に出ればそれだけアルファと出会う確率も上がるから。
大抵のものはネットで買える。重たいものも日常品も、その日の食事すら。
でも折角外に出たのだ、少しくらい店に入っても……
ラーメンとか……インスタントは飽きた、出前とかでもなく、出来たてのものが食べたい。
ああでも、まだ少し早いけど、どこかで時間を潰してから呑みに行ってもいいかもしれない、おれだって行きつけの店の一軒や二軒作ってみたい。そういう年頃だ。
「……花音呼ぼうかなあ」
そう呟いてから止めた。
花音はまだ仕事中だ。おれのように暇じゃないのだ。夜でさえも。
大学を卒業した花音は無事に父の会社に入り、番を……正確にはまだ番ではなく番候補を作った。
付き合う前、申し訳なさそうに報告する花音に、おれはなんで遠慮するんだと切れた。
そっちの方が情けなくなる、花音は花音で気にせずさっさとしあわせになれと。
自分の片割れがしあわせになるのを嫌がる片割れがどこにいる?
花音は十分おれを助けてくれた、それはこれからだってきっとそう。おれが花音にしてやれることは少ない、だからこそ快く祝いたかった。
相手は穏やかな、犬のようなひとだった。尻尾を振っているのがわかるような。優しい笑顔のオメガ。
今でも少し気の強い花音でさえも目尻を下げるような、周りを優しい気分にさせるような。
それはおれが思っていたアルファとオメガの在り方のようで、そこだけは悔しかった。
おれも誰かを、自分の番を、しあわせにしたかっただけなのに。
……暑いな、取り敢えずどこか、カフェでもいい、避難しようか。それとももう大人しく帰ってしまうか。
でもなあ、ラーメン……いや今食欲はそんなにない、かな、酒もこんな状態じゃあすぐに酔ってしまうかもしれない。
でもどこかで涼んでからなら……いやもう帰って家でゆっくりした方が……でもなあ……
折角嫌々ながら外に出たのに勿体ない、と思いながらぼんやり歩いていたせいだろう、擦れ違ったひとに肩をぶつけてしまった。
すみません、と慌てて落とした鞄を拾うと、スーツの男性は大丈夫ですよ、とにこりと笑う。
失礼なのはおれだ。わかっているのに、その鞄を押し付けて慌てて離れた。
──この男性、アルファだ。
ぶわ、と熱を持った気がした。
逃げて逃げて逃げて留年して、退学した。
こわかった。自分がどれだけ花音に守られていたのかを思い知った。
半年引き籠もり、このままじゃだめだと初めてのバイトをした。周りの視線がこわくて、すぐに辞めた。
そして思った、父親の会社では働けない、と。
家族は誰も反対していない、寧ろ自分たちの会社にいた方が融通も利く、うちで働きなさいと言った。
けれどおれはそれが嫌だった。
何の為にオメガを隠して生きてきたのかわからなくなるじゃないか。
すぐに社長の息子はオメガだとばれてしまう。
そんなの父はなにも思わない。だから何だと、オメガでも良いだろうと、差別をするなと。そう言えるひとだ。
元々おれがオメガだとわかる前から両親はオメガに理解のあるひとたちだった。
亡くなった祖母にも、叔父叔母の番にも、従業員にも。
本当に、おれだけが固執してるんだ。
そうわかっていても、それでも自分にとってはこわかったのだ、オメガだとばれてしまうことは。
そうやって隠せば隠す程言い出しにくくなるというのに、おれはずっと自分を偽って生きていた。
でも休めばいい高校時代や退学すればいい大学と違って、仕事となるとそうはいかない。
バイトを辞め、また暫く引き籠もったおれを家族は心配した。
親の会社に入っていい、在宅でもいい、なんなら働かなくたっていい。
そう言ってくれたけれど、何もしないまま甘えるのは駄目だと思い、二度就職した。
ヒート休暇というものがある。
オメガの発情期、若しくは番の発情期にアルファが取るための休暇だ。
高校の頃は誤魔化す為に有利だったおれの不安定な発情期は、社会人としては致命的だった。
通常、発情期は三ヶ月に一度、一週間程。
おれは一、二ヶ月に四、五日程度の周期で訪れる。
それだけ休む新人をどこが、誰が庇ってくれる?薬も効かないのだ、きっちりと休まなくては却って迷惑をかけてしまう。
そして無事に二社とも新人の内にクビになった。
そんな中、おれはとても恵まれている。
働かなくたって生きていける金がある。家族がいる。心配してくれるひとがいる。
無職のくせに親の持ち家でひとり暮らしをし、ゲームをし、本を読みテレビを観、病院に行き発情期を迎え、またぼおっとして美味しいものを食べ、生きている。
自分が何の為に生きてるのかわからなかった。
おれは誰かをしあわせにしたかったのに。
オメガというだけで、自分ひとりしあわせにすることも出来ない。
◇◇◇
「智子先生に宜しく」
「はあい、あ、タクシー呼びました?今乗り場の方混んでるみたいですよ」
「あー、大丈夫」
薬を受け取り、支払いを済ませ、看護師と薬剤師に頭を下げ出ていこうとすると声を掛けられた。
そういえば智子先生がタクシーを呼べと言っていたな。
でも買い物もしたかったし、自宅までそう距離もない、何より二週間前に発情期は終わっている、タクシーを呼ぶ必要は感じなかった。
引き籠もりも板についているおれは病院以外でそう外には出なくなっていた。外に出ればそれだけアルファと出会う確率も上がるから。
大抵のものはネットで買える。重たいものも日常品も、その日の食事すら。
でも折角外に出たのだ、少しくらい店に入っても……
ラーメンとか……インスタントは飽きた、出前とかでもなく、出来たてのものが食べたい。
ああでも、まだ少し早いけど、どこかで時間を潰してから呑みに行ってもいいかもしれない、おれだって行きつけの店の一軒や二軒作ってみたい。そういう年頃だ。
「……花音呼ぼうかなあ」
そう呟いてから止めた。
花音はまだ仕事中だ。おれのように暇じゃないのだ。夜でさえも。
大学を卒業した花音は無事に父の会社に入り、番を……正確にはまだ番ではなく番候補を作った。
付き合う前、申し訳なさそうに報告する花音に、おれはなんで遠慮するんだと切れた。
そっちの方が情けなくなる、花音は花音で気にせずさっさとしあわせになれと。
自分の片割れがしあわせになるのを嫌がる片割れがどこにいる?
花音は十分おれを助けてくれた、それはこれからだってきっとそう。おれが花音にしてやれることは少ない、だからこそ快く祝いたかった。
相手は穏やかな、犬のようなひとだった。尻尾を振っているのがわかるような。優しい笑顔のオメガ。
今でも少し気の強い花音でさえも目尻を下げるような、周りを優しい気分にさせるような。
それはおれが思っていたアルファとオメガの在り方のようで、そこだけは悔しかった。
おれも誰かを、自分の番を、しあわせにしたかっただけなのに。
……暑いな、取り敢えずどこか、カフェでもいい、避難しようか。それとももう大人しく帰ってしまうか。
でもなあ、ラーメン……いや今食欲はそんなにない、かな、酒もこんな状態じゃあすぐに酔ってしまうかもしれない。
でもどこかで涼んでからなら……いやもう帰って家でゆっくりした方が……でもなあ……
折角嫌々ながら外に出たのに勿体ない、と思いながらぼんやり歩いていたせいだろう、擦れ違ったひとに肩をぶつけてしまった。
すみません、と慌てて落とした鞄を拾うと、スーツの男性は大丈夫ですよ、とにこりと笑う。
失礼なのはおれだ。わかっているのに、その鞄を押し付けて慌てて離れた。
──この男性、アルファだ。
ぶわ、と熱を持った気がした。
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