【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

ちかこ

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 どうしたって差別が当然のように蔓延して、オメガが不安を抱えながら生きないといけない世界で、おれは絶対に番を、オメガを不幸になんてさせないと思っていた。
 そう思っていたのは、まあ色々あるけれど、いちばんは叔父と叔母が番を愛おしむ姿を見て、自分もそうなりたいと、それが正しいアルファの姿だと、こどもながらにそう感じたからだ。

 昔よりは差別も減ったというが、それでも尚根本的なところは変わっていない。
 アルファが持て囃され、オメガはその下につくもの。
 人権だとか法だとか、そういうものが変わっても、肝心の躰がついていかないのだ。
 オメガを守るのはアルファの義務。その考えすら出来ない奴もいる。
 そうはわかっていても、おれは、そんなことより、単純にオメガを愛して、優しくして、幸福で満たされるような、そんな番を作りたいと思っていた。そう出来ると思っていた。



「いい加減に番を作りなさい」
「……」
「他に行かれて変に薬を貰われても困るから一応出すけど。殆ど効いてないのでしょう、いちばん強い薬でも」
「……おれの体質が」
「体質じゃないわよ、貴方は自分でそうしたの、乱用し過ぎ。用法用量を守らなかった自分のせい。ばかすか薬服用するんじゃないわよ」
「……」
「拗ねないの、仕方ないでしょう、自分の躰なんだから上手に付き合わなくちゃ。貴方に今必要なものは効きもしない薬じゃなく、コントロールしてくれる番よ」

 点滴を打つおれの前で、こどもの頃から……なんなら生まれた時からお世話になっている女医の智子さとこ先生がカップを口元に運ぶ。自分だって飲み過ぎは良くないと思いながらがぶがぶ珈琲を飲むくせに。
 智子先生は母親の友人で、昔からおれを知ってるひとでもあり、文句を言いながらもこの病院に通っているのは腕もだが、いちばんは守秘義務があってもそれでも自分の事情を漏らしたくないからだった。

 母親のようにお小言を零すが、本気で鬱陶しい訳ではない。おれのことを考えているのがわかるから。
 それでも反発をしてしまうのは、おれ自身が自分の性に納得してないから、だ。

「貴方が憎くて言ってるんじゃないのよ、貴方はもう親戚の子みたいな感じだから。昔から……和音かずねは気になっちゃうのよね、貴方、頑なだから」
「……わかってるよ、そんなの、今更」
「そうよねえ、おむつまで換えた仲だものね」

 先生、と呼ばれた智子先生は立ち上がり、おれの頭を撫でるものだから、止めろよと軽く跳ね除けてしまう。もう成人済なんだぞ。
 困ったように笑い、おばさんたちからしたら幾つになっても和音はこどものようなものよ、と手を振る。
 点滴終わったら看護師を呼んで……タクシーも呼ぶのよ、今日は歩いて帰っちゃだめよ、そう残して診察に向かった。

 明るい声が遠ざかり、誰も居なくなった部屋で溜息を吐く。
 こんな筈ではなかったのに。


 ◇◇◇

 小さな頃からしっかりした子だと言われていた。
 同級生より運動も勉強も出来るものだから、絵に描いたようなエリート一家だと。
 父親も母親もアルファで、父方は祖父も叔父も叔母もアルファ、母方の伯母もアルファだ、つまり、おれも双子の姉の花音かのんもアルファだと疑わなかった。

 オメガは十代後半から発情期が訪れることが多い、故に中学に上がる前後で検査を受けることを義務付けられ、それは小中学校、個人で受けるかは地域によってかわる。
 おれが検査を受けたのは偶然だった。
 花音が階段から落ちかけたのを庇って自分が足場を踏み外してしまい、落ち方が悪く骨折をした。
 自分のせいだと泣く花音を押し退け、見舞いに来た智子先生が、ついでだし検査もしとこうか、と言ったのだ。

 智子先生はバース性専門の医者だった。ベータだが鼻がいい。
 その智子先生だ、学校でする前に検査をしようと言い出したのはその時点で既に違和感があったのだろう。
 おれはというと、別に検査なんてしなくてもアルファだけど?でもまあ骨折なんて初めてで病院生活はつまらないし?なんかそういう経験しておくのも悪くはないな?と……話のネタくらいにはなるかな、なんて、それくらいの気持ちだった。
 そうなると、花音もわたしもする、なんて言い出して一緒に検査をすることになる。

 数日後に出された検査結果は、花音がアルファ、おれがオメガというもので……それはもう荒れた。荒れに荒れた。
 何かの間違いだ、もう一回、もう一回検査をすれば自分もアルファの筈だ、うそだ、花音と違う筈がない、だって双子なんだ、そっくりってずっと言われてて……お父さんもお母さんもアルファで、親戚だって……そんな訳がない、おれが、オメガだなんてそんな。

 変わらないわと言う智子先生に何度も懇願して、暴言を吐いて、その後三度も検査した。結果は全てオメガ、同じタイミングで受け続けてくれた花音はアルファだった。
 ──ずっと自分はアルファだと思っていた。
 そりゃあ勉強だって運動だって上位だった。
 それは努力をしなかった訳ではない。でも当たり前だと思ってたんだ、皆努力を見せないだけで、アルファだって努力をして良い成績を取ってるんだって。皆一緒なんだって。

 確かにアルファだって努力をせずともその地位を得ている訳ではない。多少なりとも努力をしている。
 でもその量は確実に、オメガとは違うのだ。
 おれは花音についていくのに必死だったのだ、ずっと。意識せずに。

「……骨折して良かったかも、足遅くなっても言い訳になるし」

 そう呟いたおれに、ごめんなさいと花音はずっと泣いていた。
 花音に対する嫌味なんかじゃなかったんだけどな、おれのプライドの問題で。
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