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しんとした空気の中、僕の荒い息だけが煩い。
まだ余韻がすごい。
少し身動ぎしただけで、皇輝の肌が触れただけで、ん、と声が漏れた。
「は、あ……」
「落ち着いてきた?」
「ぅ、ふあ」
「何か飲み物取ってこようか」
「や、まっ」
先に息を整えた皇輝がベッドを降りようとした。
その腕を捕まえて、待って欲しいとお願いする。
だって今、居なくなってしまうのはあまりにさみしい。
もう少しくらい、くっついていてもいいと思う。
「もうちょっ、と、ここいて……」
「……そんなかわいいこと言われたら聞くしかないじゃん」
そのままベッドに腰掛けて、僕の額にくっついた髪を払う。
そのまま頬をむにむに触り、口許を拭う。また涎垂れてただろうか。
「どう、躰辛い?」
「……なんか、うん、ぎしぎしする」
「普段から躰使わないからだよ」
「うう……でも頑張ったじゃん……」
「そうだな、頑張った」
頭を撫でる手が、優しい声が嬉しくて、目を閉じそうになる。
ちゃんと最後まで出来た、良かった、ちゃんと、皇輝と、最後まで。
僕の気持ちと、人魚姫の気持ちが伝わって、皇輝と王子様に受け入れて貰えた。
お姫様は自ら離れて、魔女はなんだかんだ助けてくれて、大団円。
終わってしまえば、なんて呆気ないお話。数百年もかけて、こんなにあっさり終わるなんて、きっと人魚姫も思わなかっただろう。
僕だってまさかこんなにだいじにしてもらえるとは思わなかった。
ふふ、と笑みが漏れて、すぐ横に置かれた皇輝の手を掴む。
そのあたたかさが嬉しい。
「……しあわせだあ」
「ん、」
「なんか、すっごい今、ふわふわしてる」
「大丈夫か?」
「うん……なんか、水の中、いるみたい。気持ちいい……」
「そう……俺もなんだかふわふわした気分だよ、この間までは……なんていうか、なんだかずっと、引っかかってるものがあるとしか思い出せなくて……やっとそれが繋がったような」
「……ほんとに遅かったねえ」
「……ごめん」
「いいよ、これからだもんね?」
「うん……今度はちゃんと、碧をしあわせにする、一緒にいる」
その言葉を聞いて、全身が満たされた気がした。
今まで不安で仕方なかったのに、やっと、ちゃんと歩けるような。
◇◇◇
多分それは夢だった。
水の中……海だろうか、あと少し、上まで泳げばきっと眩しい陽射しと青い空が見える。
だけどそれより、ここで揺蕩うのが心地よくて、そのまま沈んでしまいそう。
このまま目を閉じてしまいたい。
そう思って、瞼を閉じようとした瞬間、黒い影が過ぎった。
邪魔するのはなにかとまた目をあけると、そこには長い長い金の髪を水中に靡かせた人魚がこちらに手を伸ばしていた。
あれ、なんで僕が、僕を……
これは、王子様の筈なのに。
そんなことを思ってると、人魚姫の唇が動いた。
水の中だ、なんと言ってるかはわからない。
ただ、微笑んだ彼女がしあわせそうで、なんだか誇らしかった。
そうだよ、僕達、今度こそちゃんと、一緒になれたよ。
だから大丈夫、もう、誰も、心配なんていらない。
今度は……今度こそ、皆でこの物語を悲恋じゃなくて、幸福なものに持ってくんだ。そうだ。だから戻らなきゃ。
そして見守っていて欲しい。
泡になることなく、君を、僕を、愛したひとを。
◇◇◇
「……」
目を開けて、最初に見えるのは愛しい寝息。
手を伸ばすまでもなく、少し頭を動かせば、触れてしまえる距離。
当然そこは水でも海の中でもなく、皇輝の家の、ベッドの中だった。
冷たい水温ではなく、あたたかい体温に包まれてる。
じわじわと、また、昨夜の余韻が蘇って、皇輝の腕に頭を擦り寄せる。
そこでふと気付く。
水への執着がなくなっていることに。
とにかくお風呂でもプールでも海でもいい、どこか水に浸かっていたいという気持ちがなくなってしまった。
多分普通に、泳ぐのはすきだ、でもあの、異常な程の、入らないと落ち着かないという気持ちがなくなった。
……これは、海でしか生きられない人魚姫が、足を得て、王子様の元へ行き、ちゃんとにんげんになれたということなんだろうか。
そして思い出す。
マオさんの、ちゃんと『ヒト』になれたな、という言葉。
マオさんはどこまでわかっていたんだろう。
それともただの感覚?
また佐倉とマオさんとも話をしよう。
ふたりの話も、もっと聞きたい、折角の縁だ。
それからふたりに救われたお礼もしよう。
ふたりがいなきゃ、きっと今世も諦めていた。来世があるのかもわからないのに。
僕の中の人魚姫が完全に消えた訳ではない。幽霊とかではないのだから。
まだまだ、これからはやっと王子様の隣に立てた人魚姫と、そして皇輝と僕の物語が始まる。
今世で結ばれて、それからの物語。
魔女すらわからない物語を、主人公は、自分たちの手で、足で紡いでいく。
戸惑いながらも、きっと、眩しいくらいのあおい空の下、この足で。
まだ余韻がすごい。
少し身動ぎしただけで、皇輝の肌が触れただけで、ん、と声が漏れた。
「は、あ……」
「落ち着いてきた?」
「ぅ、ふあ」
「何か飲み物取ってこようか」
「や、まっ」
先に息を整えた皇輝がベッドを降りようとした。
その腕を捕まえて、待って欲しいとお願いする。
だって今、居なくなってしまうのはあまりにさみしい。
もう少しくらい、くっついていてもいいと思う。
「もうちょっ、と、ここいて……」
「……そんなかわいいこと言われたら聞くしかないじゃん」
そのままベッドに腰掛けて、僕の額にくっついた髪を払う。
そのまま頬をむにむに触り、口許を拭う。また涎垂れてただろうか。
「どう、躰辛い?」
「……なんか、うん、ぎしぎしする」
「普段から躰使わないからだよ」
「うう……でも頑張ったじゃん……」
「そうだな、頑張った」
頭を撫でる手が、優しい声が嬉しくて、目を閉じそうになる。
ちゃんと最後まで出来た、良かった、ちゃんと、皇輝と、最後まで。
僕の気持ちと、人魚姫の気持ちが伝わって、皇輝と王子様に受け入れて貰えた。
お姫様は自ら離れて、魔女はなんだかんだ助けてくれて、大団円。
終わってしまえば、なんて呆気ないお話。数百年もかけて、こんなにあっさり終わるなんて、きっと人魚姫も思わなかっただろう。
僕だってまさかこんなにだいじにしてもらえるとは思わなかった。
ふふ、と笑みが漏れて、すぐ横に置かれた皇輝の手を掴む。
そのあたたかさが嬉しい。
「……しあわせだあ」
「ん、」
「なんか、すっごい今、ふわふわしてる」
「大丈夫か?」
「うん……なんか、水の中、いるみたい。気持ちいい……」
「そう……俺もなんだかふわふわした気分だよ、この間までは……なんていうか、なんだかずっと、引っかかってるものがあるとしか思い出せなくて……やっとそれが繋がったような」
「……ほんとに遅かったねえ」
「……ごめん」
「いいよ、これからだもんね?」
「うん……今度はちゃんと、碧をしあわせにする、一緒にいる」
その言葉を聞いて、全身が満たされた気がした。
今まで不安で仕方なかったのに、やっと、ちゃんと歩けるような。
◇◇◇
多分それは夢だった。
水の中……海だろうか、あと少し、上まで泳げばきっと眩しい陽射しと青い空が見える。
だけどそれより、ここで揺蕩うのが心地よくて、そのまま沈んでしまいそう。
このまま目を閉じてしまいたい。
そう思って、瞼を閉じようとした瞬間、黒い影が過ぎった。
邪魔するのはなにかとまた目をあけると、そこには長い長い金の髪を水中に靡かせた人魚がこちらに手を伸ばしていた。
あれ、なんで僕が、僕を……
これは、王子様の筈なのに。
そんなことを思ってると、人魚姫の唇が動いた。
水の中だ、なんと言ってるかはわからない。
ただ、微笑んだ彼女がしあわせそうで、なんだか誇らしかった。
そうだよ、僕達、今度こそちゃんと、一緒になれたよ。
だから大丈夫、もう、誰も、心配なんていらない。
今度は……今度こそ、皆でこの物語を悲恋じゃなくて、幸福なものに持ってくんだ。そうだ。だから戻らなきゃ。
そして見守っていて欲しい。
泡になることなく、君を、僕を、愛したひとを。
◇◇◇
「……」
目を開けて、最初に見えるのは愛しい寝息。
手を伸ばすまでもなく、少し頭を動かせば、触れてしまえる距離。
当然そこは水でも海の中でもなく、皇輝の家の、ベッドの中だった。
冷たい水温ではなく、あたたかい体温に包まれてる。
じわじわと、また、昨夜の余韻が蘇って、皇輝の腕に頭を擦り寄せる。
そこでふと気付く。
水への執着がなくなっていることに。
とにかくお風呂でもプールでも海でもいい、どこか水に浸かっていたいという気持ちがなくなってしまった。
多分普通に、泳ぐのはすきだ、でもあの、異常な程の、入らないと落ち着かないという気持ちがなくなった。
……これは、海でしか生きられない人魚姫が、足を得て、王子様の元へ行き、ちゃんとにんげんになれたということなんだろうか。
そして思い出す。
マオさんの、ちゃんと『ヒト』になれたな、という言葉。
マオさんはどこまでわかっていたんだろう。
それともただの感覚?
また佐倉とマオさんとも話をしよう。
ふたりの話も、もっと聞きたい、折角の縁だ。
それからふたりに救われたお礼もしよう。
ふたりがいなきゃ、きっと今世も諦めていた。来世があるのかもわからないのに。
僕の中の人魚姫が完全に消えた訳ではない。幽霊とかではないのだから。
まだまだ、これからはやっと王子様の隣に立てた人魚姫と、そして皇輝と僕の物語が始まる。
今世で結ばれて、それからの物語。
魔女すらわからない物語を、主人公は、自分たちの手で、足で紡いでいく。
戸惑いながらも、きっと、眩しいくらいのあおい空の下、この足で。
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