上 下
55 / 55
3

55

しおりを挟む
 しんとした空気の中、僕の荒い息だけが煩い。
 まだ余韻がすごい。
 少し身動ぎしただけで、皇輝の肌が触れただけで、ん、と声が漏れた。

「は、あ……」
「落ち着いてきた?」
「ぅ、ふあ」
「何か飲み物取ってこようか」
「や、まっ」

 先に息を整えた皇輝がベッドを降りようとした。
 その腕を捕まえて、待って欲しいとお願いする。
 だって今、居なくなってしまうのはあまりにさみしい。
 もう少しくらい、くっついていてもいいと思う。

「もうちょっ、と、ここいて……」
「……そんなかわいいこと言われたら聞くしかないじゃん」

 そのままベッドに腰掛けて、僕の額にくっついた髪を払う。
 そのまま頬をむにむに触り、口許を拭う。また涎垂れてただろうか。

「どう、躰辛い?」
「……なんか、うん、ぎしぎしする」
「普段から躰使わないからだよ」
「うう……でも頑張ったじゃん……」
「そうだな、頑張った」

 頭を撫でる手が、優しい声が嬉しくて、目を閉じそうになる。
 ちゃんと最後まで出来た、良かった、ちゃんと、皇輝と、最後まで。
 僕の気持ちと、人魚姫の気持ちが伝わって、皇輝と王子様に受け入れて貰えた。
 お姫様は自ら離れて、魔女はなんだかんだ助けてくれて、大団円。
 終わってしまえば、なんて呆気ないお話。数百年もかけて、こんなにあっさり終わるなんて、きっと人魚姫も思わなかっただろう。
 僕だってまさかこんなにだいじにしてもらえるとは思わなかった。

 ふふ、と笑みが漏れて、すぐ横に置かれた皇輝の手を掴む。
 そのあたたかさが嬉しい。

「……しあわせだあ」
「ん、」
「なんか、すっごい今、ふわふわしてる」
「大丈夫か?」
「うん……なんか、水の中、いるみたい。気持ちいい……」
「そう……俺もなんだかふわふわした気分だよ、この間までは……なんていうか、なんだかずっと、引っかかってるものがあるとしか思い出せなくて……やっとそれが繋がったような」
「……ほんとに遅かったねえ」
「……ごめん」
「いいよ、これからだもんね?」
「うん……今度はちゃんと、碧をしあわせにする、一緒にいる」

 その言葉を聞いて、全身が満たされた気がした。
 今まで不安で仕方なかったのに、やっと、ちゃんと歩けるような。


 ◇◇◇

 多分それは夢だった。
 水の中……海だろうか、あと少し、上まで泳げばきっと眩しい陽射しと青い空が見える。
 だけどそれより、ここで揺蕩うのが心地よくて、そのまま沈んでしまいそう。
 このまま目を閉じてしまいたい。
 そう思って、瞼を閉じようとした瞬間、黒い影が過ぎった。
 邪魔するのはなにかとまた目をあけると、そこには長い長い金の髪を水中に靡かせた人魚がこちらに手を伸ばしていた。

 あれ、なんで僕が、僕を……
 これは、王子様の筈なのに。
 そんなことを思ってると、人魚姫の唇が動いた。
 水の中だ、なんと言ってるかはわからない。
 ただ、微笑んだ彼女がしあわせそうで、なんだか誇らしかった。
 そうだよ、僕達、今度こそちゃんと、一緒になれたよ。
 だから大丈夫、もう、誰も、心配なんていらない。
 今度は……今度こそ、皆でこの物語を悲恋じゃなくて、幸福なものに持ってくんだ。そうだ。だから戻らなきゃ。
 そして見守っていて欲しい。

 泡になることなく、君を、僕を、愛したひとを。


 ◇◇◇

「……」

 目を開けて、最初に見えるのは愛しい寝息。
 手を伸ばすまでもなく、少し頭を動かせば、触れてしまえる距離。
 当然そこは水でも海の中でもなく、皇輝の家の、ベッドの中だった。
 冷たい水温ではなく、あたたかい体温に包まれてる。

 じわじわと、また、昨夜の余韻が蘇って、皇輝の腕に頭を擦り寄せる。
 そこでふと気付く。
 水への執着がなくなっていることに。
 とにかくお風呂でもプールでも海でもいい、どこか水に浸かっていたいという気持ちがなくなってしまった。
 多分普通に、泳ぐのはすきだ、でもあの、異常な程の、入らないと落ち着かないという気持ちがなくなった。
 ……これは、海でしか生きられない人魚姫が、足を得て、王子様の元へ行き、ちゃんとにんげんになれたということなんだろうか。

 そして思い出す。
 マオさんの、ちゃんと『ヒト』になれたな、という言葉。
 マオさんはどこまでわかっていたんだろう。
 それともただの感覚?

 また佐倉とマオさんとも話をしよう。
 ふたりの話も、もっと聞きたい、折角の縁だ。
 それからふたりに救われたお礼もしよう。
 ふたりがいなきゃ、きっと今世も諦めていた。来世があるのかもわからないのに。

 僕の中の人魚姫が完全に消えた訳ではない。幽霊とかではないのだから。
 まだまだ、これからはやっと王子様の隣に立てた人魚姫と、そして皇輝と僕の物語が始まる。

 今世で結ばれて、それからの物語。
 魔女すらわからない物語を、主人公は、自分たちの手で、足で紡いでいく。
 戸惑いながらも、きっと、眩しいくらいのあおい空の下、この足で。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

ホープ
2023.01.16 ホープ

こっちのお話も可愛かったー!
悲恋というと思いつく人魚姫の話
それを報われるかたちにしてくれて
切なくて、だけど幸せで、そしてめちゃくちゃ可愛くて
悪い人がいなくて皆んな優しい
じーんとします

あのー、他の別のサイトで違う話あったりしませんか?
もしあったら教えてくださいー
もっと読みたいです!

ちかこ
2023.01.16 ちかこ

ありがとうございます!
人魚姫の話書きたい~!とずっと考えてて、でも何も書いてない時期だったので妄想しかしておらず、やっと形に出来て楽しかったです!
あんまり悪いひとを出したくなくて(話の都合上しょうがない時は悪役とか当て馬とか悪い子出しますけど)自分が作った子は皆しあわせになってほしいので、最終的には心変わりだったり誰かとくっついたり良い子になってほしいな…と思ってしまいます
しあわせになって、というかあまり嫌われてほしくないなっていうか…

今の所アルファ様先行の最近ムーンライトノベルズ様に投稿してますがこちらを含む二作のみです!
ずーーーっと昔に個人サイトしてましたがリアルキッズの時過ぎて恥ずかしいので発表はしてないです…すみません…
その分投稿始めたら毎日更新頑張りますのでお待ち頂けたら幸いです!
読みたいと言って頂けて、書き手としてしあわせです!
ありがとうございます( *´꒳`*)

解除
ぱんつねこ
2022.12.17 ぱんつねこ

はじめまして。ちかこさんのおはなし大好きです。
いつも泣いちゃいます。うまくお伝え出来なくて歯がゆいのですが、言葉の使いまわしとかみんなの言葉遣いがかわいくて、文章もふんわりしててかわいいけど詩的でとてもすきです。ユキくんのおはなしからあおくんのおはなしを読ませていただきましたがどちらもかわいくて優しくてちょっぴり切なくて大好きです。これからも応援しています。

ちかこ
2022.12.17 ちかこ

はじめまして!
ありがとうございます!
嬉しいお言葉ばかりで、仕事中に読んでしまったのですがその後も嬉しくて嬉しくてたまりませんでした( ;ᯅ; )
あんまり流行りのお話に乗れないタイプなんですけど、調べたりしつつ自分なりのお話に出来たらなと思います
ここで更新してて大丈夫かなと思っていたのですが、頑張ろうと思いました!
今書いてるお話も、その後書こうと思ってたお話も頑張りますので宜しくお願い致します!
ありがとうございます(*ˊ꒳ˋ*)

解除

あなたにおすすめの小説

友達が僕の股間を枕にしてくるので困る

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
僕の股間枕、キンタマクラ。なんか人をダメにする枕で気持ちいいらしい。

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

イケメンに惚れられた俺の話

モブです(病み期)
BL
歌うことが好きな俺三嶋裕人(みしまゆうと)は、匿名動画投稿サイトでユートとして活躍していた。 こんな俺を芸能事務所のお偉いさんがみつけてくれて俺はさらに活動の幅がひろがった。 そんなある日、最近人気の歌い手である大斗(だいと)とユニットを組んでみないかと社長に言われる。 どんなやつかと思い、会ってみると……

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。