49 / 55
3
49
しおりを挟む
「碧」
「うん?」
「キスしていい?」
「……うん、する……」
ついさっきまで怒っていたとは思えない、少し焦ったような声に、胸の奥がじわ、として頷いた。
小さく息が漏れる。ほんの少し、感触を確かめるだけのようなキスだった。
息をするためでも、欲を煽るものでもなく、ただ、そこにちゃんと相手がいるのを確認するような。
「……碧冷えてる、早く着替えて」
「あ、ごめ、皇輝、制服……」
抱えるように押し上げられ、どうにかプールサイドに上がる。
皇輝もすぐにプールを出て、投げられた鞄を拾ってシャワー室へ向かう。
……少しどきっとした。
同じようなシチュエーションで、あれからまだひとつきも経ってない。
「……予備の着替え置いといて良かった」
「……ウン」
「俺ロッカーからタオル取ってくる」
「あ、僕も」
「碧はシャワー浴びてて、躰まじで冷えてるから」
「あ……はい」
僕をシャワー室に置いてった皇輝は、床をびしょびしょに濡らしながらロッカー室に向かっていった。
皇輝こそ躰冷えちゃうのでは、と思ったけど、ここでシャワーを浴びてなければまた何か言われるかもしれない、大人しく言う通りにしておくことにする。
冷たい水が、すぐにあたたかいお湯にかわる。それにほっとしたことで、糸が緩んだ気がした。
「はいタオル」
「ありがと……や、なんで入ってくんの」
「時間が勿体ない」
「勿体ないって……」
狭い個室に一緒に入ってくるものだから、否が応でも思い出してしまう。
……あれから二度、もっと凄いことをした。それでもやっぱり、ここでされたことを忘れたりなんか出来ない。
「……今日は触んないからそんなびびるな」
「え、や、そ、じゃなくて……」
何がそうじゃないだ、そのことしか考えてなかったのに。見栄を張るな。
「いや、ちょっと……触るけど」
「っ、え、なっ」
「……本物だよな」
「…………は?」
そっと僕の頬に触れるものだから、やっぱりやらしいことをするのかと身構えると、まじまじとひとの顔を見た皇輝はぽつりとそんなことを言う。
本物、とは?僕が偽物だとでも?
「あ、いや……なんか不思議な感覚で」
「?」
「……金の髪が長くて、碧い瞳をしてて、華奢で……いや今も細いんだけど。あの子が碧で……それで助けてくれたのは本当は碧で」
「……そうだよ、正確には僕本人じゃなくて前世の僕だけど」
「……前世、」
「皇輝まだぼんやりしてるの?僕と佐倉はすぐにわかったのに」
「佐倉!」
「わかる?……お姫様」
「まじかよ……そうだ、佐倉だ……うわ」
へたり込む皇輝が面白い。
思い出し方にも個人差があるのかな。皇輝以外はすっと思い出したのに。
「……がっかりした?」
「え?」
僕もしゃがんで、皇輝の顔を覗き込む。
ちゃんと瞳を見て訊きたかった。
「僕が人魚姫で……助けてくれたのがお姫様じゃなくて」
「……いや、思い出せなかった自分にがっかりしてる」
「……僕は皇輝で良かったよ」
皇輝が息を呑んだ。瞳が揺れる。
じわじわと実感が湧いてくる。
「ずっと……話がしたかった、名前、呼んで欲しかった、一緒に居たかった、それが、全部、やっと出来たなって……」
「……なんで泣くの」
「泣いてない……」
「泣いてるよ」
「これ、は、シャワーだし……」
「そう」
腕を伸ばした皇輝が僕を引き寄せ、また抱き締める。
びしょ濡れのシャツを脱いだ肌がくっつく。直に感じる体温があったかい。
ふたりの躰をずっとシャワーが濡らしていて、止めればいいのに止められない。
少しだって動きたくなかった。
「ほんとに、ほんとに僕でいい?今ならまだ、お姫様にも、他の人にも、」
「馬鹿」
「……馬鹿だもん……」
「……前世がどうだろうと、俺が一緒に居たいのは碧なのに」
「でも」
「碧は嫌なの、俺が佐倉を選んだ方が良かった?」
「嫌じゃない!……ただ、その、僕は……ずっと、王子様のことを考えてたから」
「罪悪感?」
「……王子様と皇輝が同じひとであって同じじゃないのわかってる、でも、皇輝に優しくされると、なんか……僕の中の人魚姫が救われるような気がして……だから、えっと、前世が関係ないかというと、そうでもなくて」
「ん、でもやっぱり……例え碧が姫で佐倉が人魚でも、その逆でも、俺は碧と居たいと思う」
「……うん」
そこまで話して、続きは今度、ゆっくり話したい、と皇輝が言う。
やっぱりまだ頭が整理出来ないようで、一晩考えたいと。
そりゃそうだ、僕はもう思い出して数年経つ訳だけど、未だに混乱することもある。
あんなに落ち着いてるマオさんがおかしいのだ。
「あ」
「なに」
「あれ、魔女、マオさん、魔女!」
「え」
「魔女だから!だから言えなかっただけだから!皇輝の話してただけだから、だから!嘘……吐いたり、した訳じゃ……ない、から……」
「あー……」
揉めた原因のマオさんのことを思い出して、慌てて訂正しておく。
話し合いはまたちゃんと時間を取ってからでいい、でもそこだけはちゃんとわかっててもらわないと困る。
僕は本当の本当に、疚しい気持ちなんかない、皇輝のことしか考えてない。
「うん?」
「キスしていい?」
「……うん、する……」
ついさっきまで怒っていたとは思えない、少し焦ったような声に、胸の奥がじわ、として頷いた。
小さく息が漏れる。ほんの少し、感触を確かめるだけのようなキスだった。
息をするためでも、欲を煽るものでもなく、ただ、そこにちゃんと相手がいるのを確認するような。
「……碧冷えてる、早く着替えて」
「あ、ごめ、皇輝、制服……」
抱えるように押し上げられ、どうにかプールサイドに上がる。
皇輝もすぐにプールを出て、投げられた鞄を拾ってシャワー室へ向かう。
……少しどきっとした。
同じようなシチュエーションで、あれからまだひとつきも経ってない。
「……予備の着替え置いといて良かった」
「……ウン」
「俺ロッカーからタオル取ってくる」
「あ、僕も」
「碧はシャワー浴びてて、躰まじで冷えてるから」
「あ……はい」
僕をシャワー室に置いてった皇輝は、床をびしょびしょに濡らしながらロッカー室に向かっていった。
皇輝こそ躰冷えちゃうのでは、と思ったけど、ここでシャワーを浴びてなければまた何か言われるかもしれない、大人しく言う通りにしておくことにする。
冷たい水が、すぐにあたたかいお湯にかわる。それにほっとしたことで、糸が緩んだ気がした。
「はいタオル」
「ありがと……や、なんで入ってくんの」
「時間が勿体ない」
「勿体ないって……」
狭い個室に一緒に入ってくるものだから、否が応でも思い出してしまう。
……あれから二度、もっと凄いことをした。それでもやっぱり、ここでされたことを忘れたりなんか出来ない。
「……今日は触んないからそんなびびるな」
「え、や、そ、じゃなくて……」
何がそうじゃないだ、そのことしか考えてなかったのに。見栄を張るな。
「いや、ちょっと……触るけど」
「っ、え、なっ」
「……本物だよな」
「…………は?」
そっと僕の頬に触れるものだから、やっぱりやらしいことをするのかと身構えると、まじまじとひとの顔を見た皇輝はぽつりとそんなことを言う。
本物、とは?僕が偽物だとでも?
「あ、いや……なんか不思議な感覚で」
「?」
「……金の髪が長くて、碧い瞳をしてて、華奢で……いや今も細いんだけど。あの子が碧で……それで助けてくれたのは本当は碧で」
「……そうだよ、正確には僕本人じゃなくて前世の僕だけど」
「……前世、」
「皇輝まだぼんやりしてるの?僕と佐倉はすぐにわかったのに」
「佐倉!」
「わかる?……お姫様」
「まじかよ……そうだ、佐倉だ……うわ」
へたり込む皇輝が面白い。
思い出し方にも個人差があるのかな。皇輝以外はすっと思い出したのに。
「……がっかりした?」
「え?」
僕もしゃがんで、皇輝の顔を覗き込む。
ちゃんと瞳を見て訊きたかった。
「僕が人魚姫で……助けてくれたのがお姫様じゃなくて」
「……いや、思い出せなかった自分にがっかりしてる」
「……僕は皇輝で良かったよ」
皇輝が息を呑んだ。瞳が揺れる。
じわじわと実感が湧いてくる。
「ずっと……話がしたかった、名前、呼んで欲しかった、一緒に居たかった、それが、全部、やっと出来たなって……」
「……なんで泣くの」
「泣いてない……」
「泣いてるよ」
「これ、は、シャワーだし……」
「そう」
腕を伸ばした皇輝が僕を引き寄せ、また抱き締める。
びしょ濡れのシャツを脱いだ肌がくっつく。直に感じる体温があったかい。
ふたりの躰をずっとシャワーが濡らしていて、止めればいいのに止められない。
少しだって動きたくなかった。
「ほんとに、ほんとに僕でいい?今ならまだ、お姫様にも、他の人にも、」
「馬鹿」
「……馬鹿だもん……」
「……前世がどうだろうと、俺が一緒に居たいのは碧なのに」
「でも」
「碧は嫌なの、俺が佐倉を選んだ方が良かった?」
「嫌じゃない!……ただ、その、僕は……ずっと、王子様のことを考えてたから」
「罪悪感?」
「……王子様と皇輝が同じひとであって同じじゃないのわかってる、でも、皇輝に優しくされると、なんか……僕の中の人魚姫が救われるような気がして……だから、えっと、前世が関係ないかというと、そうでもなくて」
「ん、でもやっぱり……例え碧が姫で佐倉が人魚でも、その逆でも、俺は碧と居たいと思う」
「……うん」
そこまで話して、続きは今度、ゆっくり話したい、と皇輝が言う。
やっぱりまだ頭が整理出来ないようで、一晩考えたいと。
そりゃそうだ、僕はもう思い出して数年経つ訳だけど、未だに混乱することもある。
あんなに落ち着いてるマオさんがおかしいのだ。
「あ」
「なに」
「あれ、魔女、マオさん、魔女!」
「え」
「魔女だから!だから言えなかっただけだから!皇輝の話してただけだから、だから!嘘……吐いたり、した訳じゃ……ない、から……」
「あー……」
揉めた原因のマオさんのことを思い出して、慌てて訂正しておく。
話し合いはまたちゃんと時間を取ってからでいい、でもそこだけはちゃんとわかっててもらわないと困る。
僕は本当の本当に、疚しい気持ちなんかない、皇輝のことしか考えてない。
13
お気に入りに追加
290
あなたにおすすめの小説
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
サンタからの贈り物
未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。
※別小説のセルフリメイクです。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが
なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です
酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります
攻
井之上 勇気
まだまだ若手のサラリーマン
元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい
でも翌朝には完全に記憶がない
受
牧野・ハロルド・エリス
天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司
金髪ロング、勇気より背が高い
勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん
ユウキにオヨメサンにしてもらいたい
同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした
たっこ
BL
【加筆修正済】
7話完結の短編です。
中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。
二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。
「優、迎えに来たぞ」
でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ボクの推しアイドルに会える方法
たっぷりチョコ
BL
アイドル好きの姉4人の影響で男性アイドル好きに成長した主人公、雨野明(あめのあきら)。(高2)
学校にバイトに毎日頑張る明が今推しているアイドルは、「ラヴ→ズ」という男性アイドルグループのメンバー、トモセ。
そんなトモセのことが好きすぎて夢の中で毎日会えるようになって・・・。
攻めアイドル×受け乙男 ラブコメファンタジー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる