【完結】人魚姫は今世こそ結ばれたい

ちかこ

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「碧」
「うん?」
「キスしていい?」
「……うん、する……」

 ついさっきまで怒っていたとは思えない、少し焦ったような声に、胸の奥がじわ、として頷いた。
 小さく息が漏れる。ほんの少し、感触を確かめるだけのようなキスだった。
 息をするためでも、欲を煽るものでもなく、ただ、そこにちゃんと相手がいるのを確認するような。

「……碧冷えてる、早く着替えて」
「あ、ごめ、皇輝、制服……」

 抱えるように押し上げられ、どうにかプールサイドに上がる。
 皇輝もすぐにプールを出て、投げられた鞄を拾ってシャワー室へ向かう。
 ……少しどきっとした。
 同じようなシチュエーションで、あれからまだひとつきも経ってない。

「……予備の着替え置いといて良かった」
「……ウン」
「俺ロッカーからタオル取ってくる」
「あ、僕も」
「碧はシャワー浴びてて、躰まじで冷えてるから」
「あ……はい」

 僕をシャワー室に置いてった皇輝は、床をびしょびしょに濡らしながらロッカー室に向かっていった。
 皇輝こそ躰冷えちゃうのでは、と思ったけど、ここでシャワーを浴びてなければまた何か言われるかもしれない、大人しく言う通りにしておくことにする。
 冷たい水が、すぐにあたたかいお湯にかわる。それにほっとしたことで、糸が緩んだ気がした。

「はいタオル」
「ありがと……や、なんで入ってくんの」
「時間が勿体ない」
「勿体ないって……」

 狭い個室に一緒に入ってくるものだから、否が応でも思い出してしまう。
 ……あれから二度、もっと凄いことをした。それでもやっぱり、ここでされたことを忘れたりなんか出来ない。

「……今日は触んないからそんなびびるな」
「え、や、そ、じゃなくて……」

 何がそうじゃないだ、そのことしか考えてなかったのに。見栄を張るな。

「いや、ちょっと……触るけど」
「っ、え、なっ」
「……本物だよな」
「…………は?」

 そっと僕の頬に触れるものだから、やっぱりやらしいことをするのかと身構えると、まじまじとひとの顔を見た皇輝はぽつりとそんなことを言う。
 本物、とは?僕が偽物だとでも?

「あ、いや……なんか不思議な感覚で」
「?」
「……金の髪が長くて、碧い瞳をしてて、華奢で……いや今も細いんだけど。あの子が碧で……それで助けてくれたのは本当は碧で」
「……そうだよ、正確には僕本人じゃなくて前世の僕だけど」
「……前世、」
「皇輝まだぼんやりしてるの?僕と佐倉はすぐにわかったのに」
「佐倉!」
「わかる?……お姫様」
「まじかよ……そうだ、佐倉だ……うわ」

 へたり込む皇輝が面白い。
 思い出し方にも個人差があるのかな。皇輝以外はすっと思い出したのに。

「……がっかりした?」
「え?」

 僕もしゃがんで、皇輝の顔を覗き込む。
 ちゃんと瞳を見て訊きたかった。

「僕が人魚姫で……助けてくれたのがお姫様じゃなくて」
「……いや、思い出せなかった自分にがっかりしてる」
「……僕は皇輝で良かったよ」

 皇輝が息を呑んだ。瞳が揺れる。
 じわじわと実感が湧いてくる。

「ずっと……話がしたかった、名前、呼んで欲しかった、一緒に居たかった、それが、全部、やっと出来たなって……」
「……なんで泣くの」
「泣いてない……」
「泣いてるよ」
「これ、は、シャワーだし……」
「そう」

 腕を伸ばした皇輝が僕を引き寄せ、また抱き締める。
 びしょ濡れのシャツを脱いだ肌がくっつく。直に感じる体温があったかい。
 ふたりの躰をずっとシャワーが濡らしていて、止めればいいのに止められない。
 少しだって動きたくなかった。

「ほんとに、ほんとに僕でいい?今ならまだ、お姫様にも、他の人にも、」
「馬鹿」
「……馬鹿だもん……」
「……前世がどうだろうと、俺が一緒に居たいのは碧なのに」
「でも」
「碧は嫌なの、俺が佐倉を選んだ方が良かった?」
「嫌じゃない!……ただ、その、僕は……ずっと、王子様のことを考えてたから」
「罪悪感?」
「……王子様と皇輝が同じひとであって同じじゃないのわかってる、でも、皇輝に優しくされると、なんか……僕の中の人魚姫が救われるような気がして……だから、えっと、前世が関係ないかというと、そうでもなくて」
「ん、でもやっぱり……例え碧が姫で佐倉が人魚でも、その逆でも、俺は碧と居たいと思う」
「……うん」

 そこまで話して、続きは今度、ゆっくり話したい、と皇輝が言う。
 やっぱりまだ頭が整理出来ないようで、一晩考えたいと。
 そりゃそうだ、僕はもう思い出して数年経つ訳だけど、未だに混乱することもある。
 あんなに落ち着いてるマオさんがおかしいのだ。

「あ」
「なに」
「あれ、魔女、マオさん、魔女!」
「え」
「魔女だから!だから言えなかっただけだから!皇輝の話してただけだから、だから!嘘……吐いたり、した訳じゃ……ない、から……」
「あー……」

 揉めた原因のマオさんのことを思い出して、慌てて訂正しておく。
 話し合いはまたちゃんと時間を取ってからでいい、でもそこだけはちゃんとわかっててもらわないと困る。
 僕は本当の本当に、疚しい気持ちなんかない、皇輝のことしか考えてない。
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