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 ◇◇◇

 皇輝が素っ気ない気がする。
 ……気がする、じゃない、素っ気ない。
 会えば普通に話をするし、一緒に昼も食べるし、車校がない日は部活に出るし、一緒に帰る。車校がある日は約束通りちゃんとプールから出たか連絡が来る。
 誰からも喧嘩した?とか何も言われない。
 でもなんか、なんか素っ気ないんだ、目が笑ってないというか。
 僕から話しかけた時の、柔らかさが、ない。

 何で急に?
 そんなの思い当たるのはひとつしかなかった。
 ……思い出した?
 ひやりとする。皇輝は何も言わない。普通に生活している。
 この状態で僕は何も言えない。
 思い出した?なんて薮蛇だったらどうしようもない。

 なんか怒ってる?とは訊いてしまった。
 何で?と返されて、何も言えなかった。
 それ以上、何も。 

「どうしたらいいでしょうか……」
「王子様って鈍感な上に随分自分勝手なんだねえ」
「自分勝手とかじゃ……」
「ほら焼けたよー」

 週末、またマオさんに呼ばれて焼肉へ。
 このひと暇なのかな。このタイミングは正直助かるけど。
 佐倉には相談しづらくて。佐倉の方が皇輝に何でよ!って飛んでいきそうだから。

「まあなるようになるっしょ」
「なるようにって……マオさん僕の相談に乗る気あります?」
「えー、俺相談係ってか碧ちゃんに会いに来てるだけだし」

 ……この魔女実は役立たずでは。
 そう思って睨みつけると、口の中に肉を突っ込まれる。美味しい。
 毎回美味しいものを食べさせてもらって感謝してる。
 してるけど、本当なら皇輝と遊べてたのかな、とも思う。
 結局あれから皇輝の家には行ってない。誘われもしないし、行っていい?とも訊けない。

「はは、ヘタレ」
「ヘタレですよ……」
「でも離れないんでしょ、王子」
「いつも通り、ではあるんですけど」
「大丈夫大丈夫、作戦通りだね」
「どんな作戦……?」
「その内どっちかが我慢出来なくなるから大丈夫」
「それ大丈夫じゃなくないですか……?」

 結構な量を平らげたマオさんは、また会計を済ませて笑う。
 こんなんじゃ、思い出してほしくないっていう意見を取り下げたくなる。
 上手くいってるから思い出してほしくないだけで、こんな状態ならそんなことは言えない。思い出せとも言えないけど。
 もやもやする。こんなの、前世とか関係なく、ただ僕が嫌われてしまっただけでは?
 ……え、なにが悪かった?やっぱり男だから?我儘だから?がっかりさせた?それとも……もっといいひとを見つけた?
 車校でもっと気が合うひとを?

「……泣きそう」
「えーっ、泣かないでよ、なんでなんで」
「僕、皇輝にきらわれたら……」

 やっぱりだめだった、人魚姫の恋は叶わないんだ。
 お姫様が手を引いても、王子様が人魚姫の方を向いてくれなきゃ成就しない。
 そんなの関係なく、僕が皇輝にきらわれるとか、もうどうしようもない。


 ◇◇◇

 週が明けて、学校が始まっても皇輝は相変わらずだった。
 避けられてはないけど、積極的に僕の方にくる訳ではない。
 話し掛けてくるし、連絡は来るけど、でもやっぱり違う。
 なのに変わらない態度がこわい。処刑を後回しにされてるかのようだ。

 なのでその日、マオさんに提案されたように、引いてみることにした。
 今日の放課後も、皇輝は車校に行った。
 夕方、僕がちゃんとプールから上がったかどうかの連絡が来る。それに、返信しなければ、皇輝はどうするのか。そこで反応を見てみれば、と。
 皇輝は学校に戻ってくると思う。
 そうであってほしかった。

 上手いこと今日は後輩マネージャーである春田は部活に来ていない、もうとっくに帰っただろう。
 ぽつぽつと他の部員も帰っていき、最後の後輩も、ちゃんと帰って下さいよ、と鍵を置いて帰って行った。
 今日はスマホはロッカーに入れてきた。壁に掛けられた時計を見て、普段なら皇輝から連絡が来てる頃、と考える。
 ……車校はまだ終わらないかな。
 そうだよね、終わってからここに来るのなんて、よく考えたら何時になるんだよって話だ。そんな時間まで電気が点いてたら、鍵が戻ってきてなかったら、先生が見に来るか。
 そんならこの作戦は失敗だ。

「……帰るかあ」

 ぽつりと漏らした声が響く。
 虚しい。
 今ここで皇輝に電話したらどうなるんだろう。人魚姫ですって。
 お前頭大丈夫かって言われるかな、お前とはないわって言われるかな。
 その瞬間、泡になって消えたりして。
 面白い。いや全然面白くないんだけど。

 マオさんが言ってたな、にんげんなんだから泡になってしまう訳ないって。
 そりゃそうだ。
 だからすぐに息が止まって、そのまま水底に沈んだりして。
 はは、なんかぴったりだなあ、そう思って、そんな訳あるか、と首を振る。
 水死体を見せる訳にはいかない。
 うん、だから、水中で死ぬ時は皇輝がいる時だ。それならすぐ引き上げて貰えるだろう。

 ……馬鹿みたい、そんなこと考えちゃって。

 どうせなら、もっかいキスくらいしたかったし、欲を言えば最後までしたかった。
 そんなこと言ったってキリがない、だって最終的には愛されたいに繋がるから。

 あーあ、明日からはどういう作戦で行こうかなあ……
 もう、諦めちゃおうかな……

 浮いてた躰を起こして、足を地につける。
 人魚姫なんかやめちゃえばいいのに。
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