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 ◇◇◇

 月曜日、放課後。
 しっかりプールを堪能して、皇輝と帰路につく。
 昨日ちゃんと母さんからふたり暮らしの許可が降りたことは連絡していた。
 だからなのかな、今日は朝から機嫌が良かった。
 周りの女子がきゃあきゃあ言う程。

「今度おばさんたちに挨拶しに行くよ」
「なにその結婚の挨拶みたいな」
「心境としてはそれも近いけど。用意するものとかの話も必要でしょ」
「僕も皇輝んち挨拶行った方がいい?」
「時間も合わないだろうし、話は俺からしてる。寧ろ碧がいる方が俺が夜遊びとかで羽目を外さないでいいと思ってるみたい。碧が相手なのにね」
「……おばさんたちびっくりするから言うなよ」
「どうかな、碧のこと気に入ってるし、喜ぶんじゃない」
「だめだからね!」

 やっぱり浮かれてると思う。そんな皇輝を見るのは嬉しいし楽しいんだけど、流石にばらしていいことと悪いことがある。
 親やともだちにばれるのはやっぱりまだこわい。僕はともかく、おかしいって気付いて皇輝に去られるのが一番いやだ。

 念押しして、約束だからね、と言うと、指切りでもしておく?と訊かれた。子供扱いやめろ。
 その手を叩き落としてもまだ嬉しそうにしてるから、そんなに一緒に住むの楽しみなんだ、と心臓がぎゅうっとなったし、それはそうとしてここまで緩むとか熱でもあんじゃないの、と訝しむ気持ちもあった。
 触れた手はそんなに熱くなかったから、多分大丈夫だけど。

 放っておくと家まで送りそうな浮かれた皇輝に、大丈夫だから、女子じゃないんだから、といつもの分かれ道で手を振る。

 皇輝の背中が見えなくなるまで振り返り振り返り歩き、見えなくなったのを確認して、急いで駅に向かった。
 着替える暇はない、制服のままだけどまあいっか、後輩だってのはわかってるだろう。
 母さんに夕飯いらないと連絡を入れて電車に乗る。
 夕飯作るの手伝わないの、覚える気あるの、と怒られそうだけど、それまた今度にしてほしい。

 駅に着くと、どこに魔女……マオさんがいるかすぐにわかった。
 長身の赤髪は目立つ。
 あの時はボーカル先輩に気を取られててちゃんと見てなかったけど、なかなかのイケメンだ、流石バンドするような人種は違うな。
 まあ皇輝が一番格好良いけどね!

 なんて誰にともなく考えながら近付いていく。
 僕から声を掛ける前に、マオさんがこちらに気が付いた。
 人懐こい顔で、碧くん、と呼ぶ。

「遅くなってすみません」
「いーよいーよ、部活後でいいっつったの俺だし」
「はあ……」
「髪ちょっと濡れてない?部活後シャワー浴びてきた?寒くない?」
「水泳部なんで……」

 そういうと、マオさんはぶっと吹き出して楽しそうに笑った。

「水泳部……水泳部ねえ、なるほど。それじゃあ中身水着?」
「はあ……」
「やば、なんかちょっとえっちだね」
「どこがですか」

 女物でもあるまいし。
 でもマオさんの言い方はからかいの意味合いが強くて、言い返すだけ無駄だと思い、黙っておく。

「お腹空いた?なにが食べたい?」
「なんでも……」
「話したいしカラオケでも行く?」
「……それは、ちょっと」

 鍵もかからないし、外から完全に見えない訳ではないけど、流石に会ったばかりのひととそんな個室に行くのは気が引けた。
 確かにひとに聞かれたい話じゃないんだけど。

「じゃあ俺がよく行くとこでいい?」
「変なとこじゃなければ、まあ……」
「変なとこって」

 また笑いながら、制服かわいいね、と冗談を言ってくる。
 女子高生でもあるまいし、男をつかまえて制服がかわいいも何も……と愛想笑いだけ返しておいた。
 じゃあ行こ、と腕を引かれて、冷たい手のひらに驚いた。


 ◇◇◇

「焼き鳥……」
「美味いのここ、半個室だし、適度に賑やかだから話もしやすいよ」
「でも僕制服……」
「呑まなきゃ大丈夫だいじょぶ!」

 うちは父親があまりお酒に強い方じゃないから、外食の時もこういうところに来たことがあまりない。
 男兄弟にあわせて、焼肉とかファミレスとかラーメン屋とかの方が多かった。
 ……煙草の匂いとか移らないかな、大丈夫かな。

 そう気にしていたのがわかったのか、ここ禁煙席もあっから、と笑って、店員にふたり、と告げる。
 席に通されて、すきなの頼みな、とメニューを渡してくる。

「あの……」
「お兄さんの奢りだって言ったろ、何でもいいぞ、食い盛りだろ、肉食え肉」
「え、っと……」
「迷うなら串盛りにすっぞ」
「あ、それで……」

 まだ殆ど知らないひとに奢りだって言われても困る。
 話がどういう方向に行くかわからないのに。
 マオさんは店員さんを呼び出して、適当に頼んでいく。
 ともだちと行くとこなんて、ファミレスやファーストフード、良くて喫茶店だ。
 親のいない居酒屋なんてちょっと大人の世界。

 お待たせしました、と烏龍茶がふたつ運ばれてきて、呑まないんですかと訊くと、そりゃあ大人としてこの場では呑めませんよ、と返される。
 ……見た目に反して結構そういうの煩いのかも。

「見た目と違うって思ったっしょ」
「えっ」
「いいよ、まあ呼んだの俺だし、大人は格好つけなきゃね~」
「はあ……」

 ……どうしよう、このひとこわいのかどうかわからなくなってきた。
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