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「皇輝くんとふたり暮し?大学そんなに離れてないのに?」
「……ウン、だめ?」
「いいわよ」
「えっ」
日曜の夕方、皇輝の家から戻った僕は夕飯を作る母さんに訊いてみた。
だめよ、そんなお金ないでしょ、と返されるのがわかりきっていたので、どう説得するかと無い頭で考えていたのに、あっさりと許可が下りて、拍子抜けしてしまう。
いいわよと言われたのに、いいの?本当にいいの?と確認してしまう。
「だってあんた、だめって言ってもどうせ皇輝くんがあの家出て行くのは決まってるんでしょ?あんたも入り浸るのわかりきってるじゃないの」
……皇輝と同じこと言ってる。
「皇輝くんはすぐあんたを甘やかすんだから、そうなったら迷惑かけるだけじゃない。それなら最初から許可出しておいた方が金銭的にも生活面でもルールを決めたりどうにか出来るでしょうが」
「おお」
「おおじゃないわよ、洗濯や料理や掃除、基本的なことはちゃんと覚えなさい、全部皇輝くんにさせるんじゃないわよ」
「……はーい」
「バイトだってちゃんとしないとお小遣いないわよ、生活費までしか出しませんからね」
「うん」
「わかってるの?授業に出てバイトして、家事もしてってなると、今みたいに毎日毎日プールや長風呂出来ないからね」
「……!」
そりゃそうだ、大学にプールがちゃんとあって安心してたけど、確かにこの家を出ようが出まいがバイトとかはしないといけない訳で、そうなると毎日プールという訳にはいかない。
……そもそも就職したらプールなんて滅多に入れない。これは普通に生活する為のリハビリ期間みたいなものか。
「がんばる……」
「普通はそこが頑張るところじゃないんだけどね……ほら、良い機会だから夕飯作るの手伝いなさい」
「あ、待って、明日から!」
「あっこら!」
母さんの怒声を振り切って自分の部屋に向かう。
スマホの充電切れてて、佐倉にまだ連絡してないんだよね。
特に急ぎもないだろうし、家に帰るんだから、充電器借りるまでもないかなって思ってたら、夕方までお邪魔してしまった。
佐倉への連絡と、後、皇輝にも許可が降りたことを伝えなきゃ。
あと半年もしたら同じ家に帰れるのかあ。やばい、にやけちゃう。
ベッドに寝転んで、スマホに充電器を差し、少し待ってから電源を入れる。
起動したそれには幾つか通知がきていた。
佐倉からも。大丈夫だったかな、と開いてみると、文面はあっさりしたものだった。
緊張したけど打ち上げは楽しかったこと、やっぱり先輩は格好良いという惚気と、あとは知らないID。
どうやら僕の連絡先を訊かれたけど、勝手に教える訳にはいかないから、僕からの連絡を待つよう伝えたので、大丈夫であれば僕からIDのひとに連絡をとれとのこと。
マオさんに、とあるけど知らない名前だ。
知らない名前だけど、僕に連絡を取ろうとする打ち上げメンバーなんてあのひとしかいないだろう。魔女。
そういえばボーカル先輩があの赤髪の先輩をマオって読んでた気がする。多分。
返信をするべきか否か。
悪いひとには見えなかった。でもあの短時間じゃわからないし。でも佐倉の先輩が仲良くしてるひとだし。いやでもそんなの、本性はわからないし。
……でも魔女だ、話はしてみたい。
このまま放っておいても、その内大学で出会う可能性もある訳で……
「ううううん」
悩んでも仕方ない、嫌な奴だったらブロックすればいいか。
佐倉にお礼を伝えて、IDで検索して、マオさんにコンタクトを取った。
どうか悪いひとじゃありませんように。
スマホをそのまま脇に投げて、目を閉じる。
悪い顔をする海の魔女が浮かんでくるようだ。
足を得る代わりに声を取られた。
その足も、一歩歩く度に激痛が走るんだ。
愛しいひとも呼ぶ声も、間違ってると上げる声もない。
恋に破れたら海の泡になる。
……人魚姫に対して酷すぎるよなあ。対価がでかい。
でもそれ程人魚姫は王子様と会いたかったんだよなあ。
今は……今世ではまた何か、対価を払う必要があるのだろうか。
「……!」
ぞく、と背中が寒くなった。まさかまさか、もう僕と皇輝は想いが通じたはずだ、人魚姫と王子様ということ以外は。
他に何か……いや、今と前世は違う、今世に魔法等はないのだ。
魔女が出来ることなんてたかが知れてる。
大丈夫だ、僕が揺れたらだめだ。隙を与えるな。
そんなことを考えてたタイミングでスマホが鳴る。着信だ。
出るのに躊躇ってしまう。このタイミングは間違いなくマオさん。どんなテンションで出るべきか。
そう思いながら出たのに、電話口からはもしもーし!と明るい声が漏れてきた。
「は、はい……」
『あっ人魚ちゃん!』
「……っ!」
第一声からこれだ。
ばれてるばれてないどころの話ではない。
『俺のことわかるよね?』
「マオさん……」
『そっちじゃなくてさー』
「……まじょ」
『っそー!』
軽い。これは拍子抜けしていいやつか。
なんて返すのが正解なのか。言葉に迷う。
『電話じゃあれだからさ、会いたいんだけど』
「えっ」
『明日、一緒にメシ食おーよ、お兄さん奢るよ』
「あした、は部活あるし……」
『真面目ちゃんなんだ?』
いや、真面目ではないけど。
言い淀んでいると、部活終わってからでいいよ、夕飯には丁度いいでしょ、じゃあ駅で待ってるから、と有無を言わさず切られてしまった。
なんて勝手なひとなんだ。いや、これくらい勝手じゃなければ僕もうだうだ言って行動に移さなかったと思うけど。
スマホにはもう一度ダメ押しとばかりに、駅名と時間と、待ってるね~と通知が届いた。
「……ウン、だめ?」
「いいわよ」
「えっ」
日曜の夕方、皇輝の家から戻った僕は夕飯を作る母さんに訊いてみた。
だめよ、そんなお金ないでしょ、と返されるのがわかりきっていたので、どう説得するかと無い頭で考えていたのに、あっさりと許可が下りて、拍子抜けしてしまう。
いいわよと言われたのに、いいの?本当にいいの?と確認してしまう。
「だってあんた、だめって言ってもどうせ皇輝くんがあの家出て行くのは決まってるんでしょ?あんたも入り浸るのわかりきってるじゃないの」
……皇輝と同じこと言ってる。
「皇輝くんはすぐあんたを甘やかすんだから、そうなったら迷惑かけるだけじゃない。それなら最初から許可出しておいた方が金銭的にも生活面でもルールを決めたりどうにか出来るでしょうが」
「おお」
「おおじゃないわよ、洗濯や料理や掃除、基本的なことはちゃんと覚えなさい、全部皇輝くんにさせるんじゃないわよ」
「……はーい」
「バイトだってちゃんとしないとお小遣いないわよ、生活費までしか出しませんからね」
「うん」
「わかってるの?授業に出てバイトして、家事もしてってなると、今みたいに毎日毎日プールや長風呂出来ないからね」
「……!」
そりゃそうだ、大学にプールがちゃんとあって安心してたけど、確かにこの家を出ようが出まいがバイトとかはしないといけない訳で、そうなると毎日プールという訳にはいかない。
……そもそも就職したらプールなんて滅多に入れない。これは普通に生活する為のリハビリ期間みたいなものか。
「がんばる……」
「普通はそこが頑張るところじゃないんだけどね……ほら、良い機会だから夕飯作るの手伝いなさい」
「あ、待って、明日から!」
「あっこら!」
母さんの怒声を振り切って自分の部屋に向かう。
スマホの充電切れてて、佐倉にまだ連絡してないんだよね。
特に急ぎもないだろうし、家に帰るんだから、充電器借りるまでもないかなって思ってたら、夕方までお邪魔してしまった。
佐倉への連絡と、後、皇輝にも許可が降りたことを伝えなきゃ。
あと半年もしたら同じ家に帰れるのかあ。やばい、にやけちゃう。
ベッドに寝転んで、スマホに充電器を差し、少し待ってから電源を入れる。
起動したそれには幾つか通知がきていた。
佐倉からも。大丈夫だったかな、と開いてみると、文面はあっさりしたものだった。
緊張したけど打ち上げは楽しかったこと、やっぱり先輩は格好良いという惚気と、あとは知らないID。
どうやら僕の連絡先を訊かれたけど、勝手に教える訳にはいかないから、僕からの連絡を待つよう伝えたので、大丈夫であれば僕からIDのひとに連絡をとれとのこと。
マオさんに、とあるけど知らない名前だ。
知らない名前だけど、僕に連絡を取ろうとする打ち上げメンバーなんてあのひとしかいないだろう。魔女。
そういえばボーカル先輩があの赤髪の先輩をマオって読んでた気がする。多分。
返信をするべきか否か。
悪いひとには見えなかった。でもあの短時間じゃわからないし。でも佐倉の先輩が仲良くしてるひとだし。いやでもそんなの、本性はわからないし。
……でも魔女だ、話はしてみたい。
このまま放っておいても、その内大学で出会う可能性もある訳で……
「ううううん」
悩んでも仕方ない、嫌な奴だったらブロックすればいいか。
佐倉にお礼を伝えて、IDで検索して、マオさんにコンタクトを取った。
どうか悪いひとじゃありませんように。
スマホをそのまま脇に投げて、目を閉じる。
悪い顔をする海の魔女が浮かんでくるようだ。
足を得る代わりに声を取られた。
その足も、一歩歩く度に激痛が走るんだ。
愛しいひとも呼ぶ声も、間違ってると上げる声もない。
恋に破れたら海の泡になる。
……人魚姫に対して酷すぎるよなあ。対価がでかい。
でもそれ程人魚姫は王子様と会いたかったんだよなあ。
今は……今世ではまた何か、対価を払う必要があるのだろうか。
「……!」
ぞく、と背中が寒くなった。まさかまさか、もう僕と皇輝は想いが通じたはずだ、人魚姫と王子様ということ以外は。
他に何か……いや、今と前世は違う、今世に魔法等はないのだ。
魔女が出来ることなんてたかが知れてる。
大丈夫だ、僕が揺れたらだめだ。隙を与えるな。
そんなことを考えてたタイミングでスマホが鳴る。着信だ。
出るのに躊躇ってしまう。このタイミングは間違いなくマオさん。どんなテンションで出るべきか。
そう思いながら出たのに、電話口からはもしもーし!と明るい声が漏れてきた。
「は、はい……」
『あっ人魚ちゃん!』
「……っ!」
第一声からこれだ。
ばれてるばれてないどころの話ではない。
『俺のことわかるよね?』
「マオさん……」
『そっちじゃなくてさー』
「……まじょ」
『っそー!』
軽い。これは拍子抜けしていいやつか。
なんて返すのが正解なのか。言葉に迷う。
『電話じゃあれだからさ、会いたいんだけど』
「えっ」
『明日、一緒にメシ食おーよ、お兄さん奢るよ』
「あした、は部活あるし……」
『真面目ちゃんなんだ?』
いや、真面目ではないけど。
言い淀んでいると、部活終わってからでいいよ、夕飯には丁度いいでしょ、じゃあ駅で待ってるから、と有無を言わさず切られてしまった。
なんて勝手なひとなんだ。いや、これくらい勝手じゃなければ僕もうだうだ言って行動に移さなかったと思うけど。
スマホにはもう一度ダメ押しとばかりに、駅名と時間と、待ってるね~と通知が届いた。
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