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「そろそろ丁度いい時間かな、ステージ行こ」
「はーい」

 しっかりと腕を組まれて佐倉に連行される。
 この頃にはもう皇輝も近い離れろと言わなくなっていた。諦めたのか認められたのか。

「凄い、ほんとにライブだ、僕ライブ初めて」
「そうなんだ……まあそうか、それよりアオくんはプール選ぶもんね」

 くすくすと笑って、こっちこっち、と少し空いたところに押し込んでくる。
 後ろからふたりともステージ見えるのか、と皇輝の茶々が飛んでくる。
 失礼な、ステージが見えない程の身長ではない。佐倉も無言で皇輝を肘打ちしていた。

「あっ、次よ、次、ボーカルがね、あたしの先輩。かっこいーんだから」

 興奮気味に佐倉がステージを指差す。さっき僕のサークルの話をした時に、音楽に興味あるようなことを言ってたし、その内ステージに立つ佐倉が見れるのかもしれない。
 うん、佐倉はステージ映えしそうだ。

 すらっとした、女性のボーカルだった。綺麗なひと。
 後ろにいる、楽器を持ったひとは全員男。
 不思議だ、ステージにいると全員格好良く見えてしまう。
 まあ一番格好良いのは僕の皇輝なんですけどね。

 あー先輩かっこいー!と佐倉がはしゃぐものだから、腕を組まれたままの僕もがくんがくん揺れてしまう。
 たまにバランスを崩しそうになると、後ろから皇輝が抱えてくれる。
 きゅんとする気持ち半分と、公園についてきたお父さんかという気持ち半分だ。素直に萌えられないのになんか悔しい。

「はー……皆格好良いけどやっぱり先輩が一番かっこいい♡」

 多分本当にそう思ってるだろうから、佐倉がもしかしたら女性がすきってのもあながち間違いではないのかもしれない。
 確かにステージの先輩とやらは女性なのにやたら格好良いが。

「たまにね、先輩がライブハウスでライブするのね、その時に呼んでもらえることがあるんだけど。まだ決まったメンバーではないみたいでね、キーボードのひと以外は結構メンバーかわってて」
「へえ」
「あたしも上手くなったら呼んでもらえるかなあ……」

 ステージを見上げる佐倉が恋する乙女のようで、自分の中の罪悪感が消えていくような気がする。
 佐倉は皇輝に恋してない。王子様だとわかっていても。
 人魚姫から盗ってしまった王子様を手放した訳ではなく、本当に、彼女は現代で彼女のしあわせを掴もうとしてるんだ。

「あっ先輩がこっち見た!」

 曲の合間、ステージで少し話をしてる女性がこっちを向いた。
 嬉しそうに佐倉が腕を振る。こんなひとが多いところでも佐倉と皇輝は目立つんだよな、とちょっとここにいるのが恥ずかしくなった。
 女性も嬉しそうに手を振るものだから、他のバンドメンバーもなになに、という感じで話し掛けていて、多分ステージでかわいい後輩だとか話してるんだろうな、男性の方までこっちに手を振ってきた。

「知り合い?」
「いやあのひとたちは知らない。でも先輩のともだちだろうし、サークル同じになるかもしれないから顔覚えて貰いたーい」
「佐倉はすぐ覚えて貰えると思うよ……」

 でもなんかな、あの赤髪のベースのひと、どっかで見たことあるような。
 高校で擦れ違ったりしたことあるかもしれない。取り敢えず部活とかは一緒ではなかったことくらいは流石にちゃんと部活してない僕でもわかる。

「最後の曲だって。これ終わったら先輩に挨拶に行っていい?」
「勿論」

 最後の曲もノリノリで聴いた佐倉は、満足したようにまた僕の腕を引いていく。
 皇輝はその後を黙ってついてきてて、まじでただの保護者ポジ。笑っちゃう。本当にただの虫除けみたい。

「皇輝」
「ん?」
「早く早く」

 どさくさに紛れて皇輝の腕も掴んでみる。これぞ正しく両手に花。
 うちの学校でも有名な美男美女をこんな風に出来るのはきっと僕だけだ。

「先輩!」

 ステージの裏。
 片付けをしているひとや、次の準備なんかで結構ひとがいる。
 勝手に入っていいものかと思っていたけど、その先輩自身が許しているからか、すんなりと入れてもらえた。素人しかいないとはいえ、警備ザルじゃん。

「どうだった~?」
「めちゃくちゃかっこよかったです~!」
「でしょお」

 先輩、はステージでの凛とした姿とはイメージの違う、ちょっとふにゃふにゃしたような、優しそうなひとになっていた。
 なるほど、なんかこういう芸能人たまに見る、ステージだと違うタイプのひとだ、なんかよくわかんないけどかっこい!

「さんにんともステージから見てても超目立ってたんだけど~、だいじょぶだった?たくさん声掛けられたんじゃない?」
「虫除け連れてきたんで大丈夫です」
「ちょっと~、イケメン連れてきて虫除けなんてほんとあんた口悪い子ねえ」
「ね~!打ち上げっていつもんとこだよね?あっさっきのかわいこちゃんたちだ!」

 佐倉と先輩のやり取りに割り込んで来たのはさっきの赤髪のベースのひとだ。
 よく見たらどこで見掛けたかわかるかも、そう思って、頭を下げて挨拶をしつつ、よく顔を見てみることにした。

「あ」
「あっ」
「えっなになに~」

 ふたり同時に声を出した。
 ボーカル先輩の間延びした声が割り込む。

「もしかしてって思ったんだけど知り合いだったわー」
「えっうそうそ、あ、後輩くん?あれ、でもマオうちの高校じゃないよね」
「前忘れ物拾ってあげた子~、だよね?」
「えっ、あっ、はい、そうです!」
「やだすっごい偶然じゃん~」

 嘘だ。
 知り合いではない。いや、知り合いといえば知り合いなんだけど、少なくとも今世では初めて会った。
 話を合わせてくれる目の前のひとに悪意は感じない。
 ずっと忘れていた。なんで気付かなかったんだろう。
 人魚姫がいて、王子様がいて、お姫様までいて。
 それなら魔女がいてもおかしくないっていうのに。
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