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 ◇◇◇

 昼休み、皇輝に屋上に行くよう伝えると、慣れたもので、またかと特に文句も言わず上がって行った。
 最初は文句を言っていたが、もう最近は何も言わない。
 僕の顔を潰す気かと言ったら行ってくれるのだ。
 皇輝はそういう点で僕にとても甘い。
 皇輝の中で、僕はまだ転校してきたばかりの中学生なのかもしれない。
 馴染めなくて、教室の隅でひとりぽつんと座る僕に話し掛けてくれた時のまま、自分がいなきゃ友達も出来ないやつだと思ってるのかもしれない。

 確かに僕は平凡だ。
 頭が良いわけでもなく、プールに拘る割に泳げるわけでも運動が出来るわけでもなく、明るいわけでもない。
 前世の影響なのか知らないけど、日に焼けない肌と顔だけは綺麗だと褒められる。
 でも残念なことに男。
 女子だったら褒められて嬉しいポイントなんだけど。

 どんだけ皇輝が僕に甘くて、僕が多少綺麗な顔をしていた所で、皇輝の周りにいる彼女たちに勝てることはないのだ。

「先に食っちゃお、碧も今日弁当?」
「うん……」
「皇輝すげーな、今日もあれまた告られんでしょ?」
「うん……」
「今日誰?」
「佐倉……」
「うお、とうとうか、いつかなとは思ってたけど」

 佐倉マナ。
 学年一かわいいと言われる女子だ。
 皇輝に告白した女子は僕が知る範囲でも14人いる。
 同じクラス同じ学年、先輩に、後輩。
 その中で一番かわいい女子だと思う。
 佐倉が皇輝に気があるのはわかっていた。というか大体の女子はあわよくばと思ってはいるだろう。
 そうではなく、佐倉は割と露骨だったから。
 クラスの男子も、ああ、佐倉は皇輝狙いね、とわかっていた。
 そんな彼女が満を持してやっとって感じかな。

 だから不安にもなる。
 皇輝は多分佐倉のことをすきではない。すきではないけど、かわいい女子がぐいぐい来たらまぁ付き合ってもいいかと思っても不思議はない。
 ……不思議はないのだ。

「おっ、皇輝早かったじゃん」
「腹減ったー」
「佐倉だって?どうだったどうだった?」
「んー、取り敢えず今日一緒に帰ることになった」
「えっ」
「だから碧、今日部活後だらだらしてないでさっさと終わらすぞ」
「……!」

 えっ、え、それって、えっ?
 佐倉と付き合うってこと?え?やっぱりかわいいから?
 付き合うの?え……まじで?付き合っても不思議ではないと思っていたくせに動揺した。

 ……終わった。


 ◇◇◇

「碧!またお前最後だぞ、早く上がれって」
「いーよ、僕締めとくし、先帰れば?佐倉待ってんでしょ」
「馬鹿、お前に任せられるわけないだろ」

 元々そんなに人数がいる訳ではない、やる気がないのも多い水泳部。
 来ていた部員は僕以外さっさと帰ってしまった。
 当然僕も帰らないといけない。
 でもプールから出たくなくてうだうだしてしまう。

 僕がプールから上がれば、皇輝は佐倉と一緒に帰る。
 方向が同じだから、帰る時間が会えば2人を見てしまうことになる。いやだ。
 だから僕をおいてさっさといってほしい。
 僕に見えないところでしあわせになってほしい。

「鍵なんて職員室もってけばいーし。大丈夫だよ、ばいばーい」
「ふざけんなって、お前置いてったら翌朝溺れ死んでるだろ」
「だいじょーぶだって」
「いい加減にしろって、ほら」

 上がれ、と僕に手を差し出してくる。
 そんなことするから。
 馬鹿じゃん。
 こっちから引っ張ってやった。

「……っ!」

 ばしゃん!と派手な水しぶきを上げて、皇輝は綺麗に水に落ちた。
 ざまあみろだ。
 放っておかないからこうなるんだ。

「碧!」
「もう帰るしいーじゃんいーじゃん」
「お前……こっちは水着じゃないんだぞ」

 気持ち悪いとシャツを脱ぐ皇輝にどきっとしてしまい、目線を逸らす。今脱がなくてもいいじゃん……

「体育服だし……ロッカーに万が一の着替えあるって前話してるのきーたし……シャワー浴びてったら丁度いいじゃん」
「……佐倉待たせるだろ」
「だから先帰っていいよって言ったし」
「お前なあ」
「いいよ、先帰って。間に合うかわかんないけど」

 でっかい溜息。そのまま上がって行った。
 勿体ない。折角なら泳いでけばいいのに。
 まあいいや、はよ帰れ帰れ。
 そう思ってると、すぐに皇輝は戻ってきた。

「……ちゃんと鍵締めるから大丈夫だって」
「そうじゃない、もう待たせるの確定だから佐倉に先帰るよう連絡してきた」
「……ふーん」
「ほら、帰るぞ」
「やだ」
「やだじゃねえ」
「もうちょっと」
「もうちょっとってお前」
「ね、折角じゃん、皇輝もちょっと泳ごうよ」
「泳がねーよ」
「ちょっとだけちょっとだけ、1往復しよ、1往復だけ、歩きでいいから。水中歩行、健康にいいよ」
「……」

 今度は軽く腕を引く。また溜息を吐いて、皇輝は自分からプールに入ってきた。

「久しぶりのプール気持ちいいでしょ?」
「……1往復だけだからな」
「わーい」
「いやなんでくっつくんだよ」
「折角なら僕も連れてってよ」
「水中だとくそ重い……」

 皇輝の背中から首に腕を回し、その体制のまま引っ張ってってもらう。
 泳がないの楽ー、とか言いながら、本当は心臓がばくばくしてた。
 どさくさに紛れて何やってんだ僕。幾ら皇輝に触れてみたかったとはいえ、こんな無理矢理なことあるか。

 冷たい水温と、触れると暖かい肌。
 どうしようどうしよう王子様、抱き締められたことはないけど、抱き締めたのは助けた時からやっと2回目だね、色々な意味で皇輝は、覚えてないけど。
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