【完結】人魚姫は今世こそ結ばれたい

ちかこ

文字の大きさ
上 下
1 / 55
1

1

しおりを挟む
 思い出すのは一面のあおいせかい。
 きらきらと反射する太陽の光。
 賑やかな水面と、深く静かな水の底。
 穏やかな海と憧れた陸。
 嵐の夜に、貴方に恋をした。


 ◇◇◇

あお、まだ着替えてなかったのか、もう締めるけど」
「……皇輝こうきこそ、まだ残ってたんだ」
「当たり前だろ、確認も俺達の仕事なんだし」

 プールに浮かんでる僕に声を掛けたのは水泳部マネージャーの皇輝、中学からの親友だ。
 早く上がれ、と指で示され、愛してやまない水の世界からさよならする。

「着替えるから待っててー」
「いや俺も着替えるから」
「水着と体育服は違うじゃん、えっち」
「は?ロッカーに制服あるんだからそっちで着替えるに決まってんじゃん」
「そう言って僕のハダカを見る気なんだろ、やだえっちー」
「お前のみて楽しくもクソもあるか、こら走るな」

 子供の頃から水の中がすきだった。

 祖父母の家が海の近くで、帰る度に海へ行ってた。
 夏は泳ぎ、春秋は足を付け、冬はただ眺めるのもすきだった。
 園児の時は夏の間毎日庭にプールを出せと騒ぐものだから、手間と水道代に音を上げた親にスイミングスクールに放り込まれた。
 別に泳ぐのがすきなんじゃない。コンクールで賞をとったことはない。
 ただ水の中にいるのがすきで、水の中にいるのが当然だと思っていた。

 中学の時に、親の仕事の都合で転校した。
 同じクラスで、その輪の中にいた皇輝を見て、僕は前世を思い出した。

 人魚姫。
 王子様を殺せなくて、恋心を抱えたまま海の泡になって消えた人魚姫。

 頭は混乱したが、ああだからあんなに水の中がすきなんだな、と腑に落ちた。
 でも前世を思い出した時に、同時にわかった。
 この恋は今世でも叶わない。

 人魚姫は声が出せない。
 王子様を助けたのは私だと、貴方を愛してると声に出せない。
 愛している王子様と、自分にも優しくしてくれるお姫様を殺せなくて、愛した王子様のしあわせを願い、海に消えた人魚姫が自分。

 僕は王子様に、人魚姫だと言ってはいけない。
 人間の僕が泡になって消えることはないだろう。どうなるのかはわからない。
 ただ言ってはいけないことはわかった。
 僕が人魚姫だと気付いてもらい、その上で愛してもらう。
 それが今世の僕への赦しだった。


 そんなこんなで想いを伝えることは出来ぬまま、揃って同じ高校へ。
 僕はこの学校の屋内プールに釣られた。中学の時は水泳部はなく、スイミングスクールにそのまま通っていた。それでも週に3回程しか行くことが出来ない。
 一年中入れる高校の屋内プールは魅力的だった。
 おまけに大学の付属校。つまり普通の高校生よりプールに入れる期間が長い。
 プールの為だけにめちゃくちゃ勉強したし、家族にはそこまでかと呆れられた。

 皇輝は陸上をしていたが、足の故障で部活を辞めた。
 日常生活に問題はないし、体育の授業は出れるが、部活のような運動はもうしたくない出来ないと言っていた。
 家がそこそこ近いからといって、同じ高校に通い、お前は放っておいたら溺れてしぬ、と水泳部のマネージャーになった。
 お陰で僕は君を諦めることが出来ない。



「部長がぼやいてたぞ、碧はやる気はあるのかって」
「ないでーす」
「その割に毎日来るんだよなぁ……」
「泳ぐっつーか、入りに来てるだけだからなー」
「いい加減ちゃんとしないと、後輩からも舐められるぞ」
「レースに出ないで遊んでるの僕だけじゃないじゃん、毎日来るだけで立派じゃん、そもそもうち全然強くないし」

 立派な屋内プールが泣くぞ。

「浮いてるだけでしあわせなんだよなあ」
「邪魔だよ」
「人数少ないしいいじゃんいいじゃん」

 部活の花形といえば、サッカー野球、バスケにテニスにバレー。うちの水泳部は弱小なだけあって設備の割に人数が少ないのだ。
 部長だって文句を言いつつ僕を自由にしてくれる。
 立場上言うだけであって、割とほっといてくれてるんだよね。
 後輩も元々やる気があった訳ではないのが明白で、特に何かいうわけではなく、それなりに仲良くやってる。一応僕には長年習ったスイミングスクールの知識はあるのだ。
 先生もたまに見に来るだけの、お飾り顧問。
 口煩いのは皇輝だけである。

「これから暑くなるなー」
「今年はプールや海行くのか?」
「ただでガッコのプール入れるし、人混みのプールには行かない。ばーちゃんちに行ったら海入るくらいかなー」
「そうか」
「たまには皇輝も泳げよ、遊ぶくらい出来るだろ」
「いや俺はマネージャーの仕事あるから」
「人少ない時はいいだろー」

 頬を膨らますと、指で押され、空気を漏らす。
 口煩いけど、こういう時の触れ方が優しいのだ。
 多分それは、誰にでもそう。
 だけど僕はそんなんだからまだ期待もしてしまうんだ。

「水に浸かりすぎてふやけるぞ」
「ふやけてるのが通常運転まである」
「髪も塩素にやられて」
「昔からプールに浸かってるからもうまっ茶色だよなー、先生ももう注意してこねーもん」
「女子が羨ましがってた」
「はは」

 女子の話題が出ると胸が痛む。
 いつ、皇輝のお姫様は現れるのか。

 僕はそれを見て耐えられるのか。
 今世は海に逃げることが出来ない。
 皇輝が彼女を作って、結婚して、子供を産んで、それを笑顔で見守ることが、僕には出来るのか。

 やっと同じ人間になれたというのに、まさか同性として生まれるなんて。
 魔女の呪いは強かった。僕の恋を叶えるつもりはなかったのだろう。
 今世でも、僕の恋は叶わない。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

サンタからの贈り物

未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。 ※別小説のセルフリメイクです。

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

視線の先

茉莉花 香乃
BL
放課後、僕はあいつに声をかけられた。 「セーラー服着た写真撮らせて?」 ……からかわれてるんだ…そう思ったけど…あいつは本気だった ハッピーエンド 他サイトにも公開しています

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

ボクの推しアイドルに会える方法

たっぷりチョコ
BL
アイドル好きの姉4人の影響で男性アイドル好きに成長した主人公、雨野明(あめのあきら)。(高2) 学校にバイトに毎日頑張る明が今推しているアイドルは、「ラヴ→ズ」という男性アイドルグループのメンバー、トモセ。 そんなトモセのことが好きすぎて夢の中で毎日会えるようになって・・・。 攻めアイドル×受け乙男 ラブコメファンタジー

処理中です...