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ひゃくよんじゅう

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 その言葉に、がば、と上半身を起こした。
 不思議と躰が重くない。それどころか軽く感じた。ここ最近の中ではいちばん。でも今はそこではない。
 魔王じゃない。
 それはもう、わかっていたけど。
 魔族じゃない、ニンゲンになっちゃった?

「どうゆう……」
「ノエ、人間になりたいって思ったの?」
「え、え……おれ、おれが?おれ、そんなこと出来る魔力、ないよ」

 というか、魔力があったとして、それでも、だ。
 ニンゲンになりたいな、と思ってなれるものなのか?
 そんな簡単に?一時的な魔法とかではなく?

 でも実際に瞳の色はレイみたいな、……レイよりも黒く、髪の色に近くなってしまった。
 魔族にしか有り得なかったあの紅い瞳はもう見る影もない。
 おれを見て、誰が魔王だと思うか。
 特徴的な紅い瞳も、溢れる魔力もない。
 ただのニンゲン。
 なにも、なあんにも持たないまま、ニンゲンになってしまって、……おれはどうすればいいというのだろう。

「ど、どうしよう」
「ノエ」
「おれ、ニンゲンになっちゃったの?さっきまでと違う、元気なの、元気なんだけど、なんで、ど、どうしよ、わかんない、ニンゲンになったの?もう戻んないの?おれ、どう……どうなっちゃうの」
「……ノエは人間になりたかった訳じゃない?」
「……どういうことか、わかんない……」

 落ち着こうか、とシャルルが隣に座った。
 少しでも離れるのがこわくて、シャルルの手をぎゅうと握り、それでも足りなくて肩口に凭れかかる。
 それをシャルルは許してくれた。
 空いた方の手でおれの頭をひと撫ですると、大丈夫だからね、と微笑んだ。
 うん、と頷くと、少し安心したように息を吐いて、最近のおれの不調について口を開く。

 おれの瞳が黒くなったこと、自分ではよくわからないけど、低めだった体温が高くなってきたこと、魔力を躰から追い出そうとしていること。
 全部がニンゲンになろうとしているようだと。
 そしてそれは、シャルルや他の奴等の仕業とかではなく、おれ自身がそうしてるのだということ。
 もう一度、そんなこと出来る魔力もないし、そんな魔法も知らないと伝えると、勇者のことを覚えてるか問われた。

「勇者……シャルのこと?」
「俺じゃなくて。えーと、その、ノエ、をころ……さ、刺した、んだっけ?そっちの方」
「おぼ……覚えて、というか……おれ、すぐに殺されて」
「……うん、何か少しでもあるかなって」
「えっと……ええっと、驚いたようなかおと、確か、ごめんねって。謝るなら殺さなきゃいいのにって」

 思って、と言うと、そうだねえ、とシャルルはふ、と笑いながら頷いた。
 そうやって笑ってくれるとほっとする。大丈夫なんだって。
 怯えてる訳じゃない。ただ少しの不安がいやなだけ。

「その時にね、……なんというか……ほら、ノエってこどもっぽいじゃん」
「……」
「ほらそうやってむっとしたかおして。かわいい」
「……そう」
「そう。で、ね、勇者も……俺じゃない方ね、その勇者も、まだ悪いことしてないノエを刺すことに悪いなと思ったみたいで」
「じゃあ刺さなきゃいいのに」
「……一応魔王と勇者だからね。その……その時に、魔法を貰ってしまったみたい」

 魔法、と繰り返す。シャルルはそれに頷いて、百五十年以上飛ばされたのはそれが原因、と話してくれた。
 その魔法がまだ残っていたのかもね、とおれの胸を指し、ノエのお願いも叶えてしまったのかもしれない、と小さく呟いた。
 おれのお願い?
 おれはニンゲンになりたいなんて思ったことはない。多分。
 いいな、とはずっと思っていたけれど、でもおれは魔王で、皆を、魔王城を支えられるのは自分しかいないと知っていた。
 だからそんな、ニンゲンになりたいだなんて……

「あ」
「あ?」
「お願い、した、のかな?」
「なんて?」

 あれはお願いした内に入るのだろうか。
 シャルルに抱かれて、ふわふわした気持ちで、しあわせだなって思って。
 こんなにしあわせでいいのかなって、……おれのせいで魔族は殆ど滅んでしまったのに、しあわせなんて思っていいのかなって。
 それでも自分も死にたくないと思う程、願ってしまった。

 シャルルと生きて、シャルルと死にたい。

 そんなおれの勝手な想いで、魔法は発動してしまったのだろうか。
 ニンゲンになったって、シャルルとずっと一緒いられる保証なんてないのに、それでも一時の熱に浮かされて願ってしまったことで、そんなに簡単に。
 ……そんなに簡単に、ニンゲンになれちゃうの。

「俺も同じこと、考えたよ」
「え」
「俺は魔王や魔族みたいに長生き出来ない、人間だから。だからこの先……ノエを遺すことになったら心配で。サキュバスたちもいるけれど、それでも」
「先に、死んじゃうの」
「人間はそうなの、寿命は魔族よりずっと短いの。その短い寿命をずっとノエと一緒に過ごして、ノエと一緒に死ねたらって。ノエがいない生活も、ノエを遺して死ぬことも、……どっちもいやだなって。俺はもう、ノエが傍にいないと駄目なんだって」

 そう言ったシャルルに、胸があつくなった。
 同じ。
 そう思ってくれたことが嬉しかった。
 おれだけじゃなかった。
 おれのずるい汚い欲望を、勝手な想いを、我儘を、魔王だったおれを、それでも望んでくれたことが、こんなに苦しくて嬉しくなるなんて。
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