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 ◇◇◇

 吐きそう、と言ったのはかおを青くした怜くんだった。
 だいじょーぶ、お水飲みますか!と心配するリアムをぎゅうと抱き締めて、あああ、上手くいくかなあ、とまだ心配そうに声を漏らす。

 ゆりちゃん、聖女さまの儀式当日だ。
 どんな儀式かなんて俺にはわからない。怜くんに聞いた感じだと、結界を張ったり、聖なる力でうんたらかんたらとまあ大掛かりなものには違いないらしい。
 サキュバスたちが浄化されるとか退治されるとかないよな、と心配はしたが、それもないでしょうとのこと。

「そもそもゆりちゃんがこの計画知ってるんだからサキュバスたちを倒そうなんて考えてないし、シャルルさんたちの血のお陰かなんか強くなってるし」
「強くなってんの」
「簡単な魔物を倒すくらいの魔法じゃ効かないんじゃないかなあ」

 勇者さまはどこまでも強い、血ですらもそんな効果があるだなんて、とつい笑ってしまった。
 じゃあ大丈夫だな、と。
 大丈夫だ、ゆりちゃんもそう言っていた。心配することなんてない、儀式はきっと上手くいく。
 サキュバスたちも荒らしまくったとはいえ、大したことはしていない。
 現実で、夢で、ちょっと相手を気持ちよくさせて、精気をもらっただけ。ほんの少し躰が重いな~、覚えてないな~、昨日何してたっけ?なんてなっちゃうだけ。
 なんでこんなにしんどいんだっけ?体調悪いのかな?ってなってるだけ。
 数日もすれば、ちゃんと食べてたくさん休めば治る、それだけのものを、聖女さまが尤もらしく皆を元気にするだけの茶番。
 魔族退治に関しては街のひとに知らせる必要はない。
 聖女さまだけが、これは魔族の仕業だ、もう変なことはしないようにさせようとわかっていれば物語として成立する。
 それだけのこと。

 きっと今頃大掛かりな舞台でそれっぽいことをしているのだろう。笑わないように気をつけながら。ぼろを出さない方が大変そうだ。
 どれくらいで終わるだろうか、何時間も掛かるのだろうか。
 ゆりちゃんのことが心配だと思ってる。
 でもごめん、きっと上手くやるとわかってるゆりちゃんより、俺はもう、ノエのことしか考えられない。

「シャルルさんも顔色悪いよ、何、不安なの」
「……ゆりちゃんのことは大丈夫だと思ってるけど」
「魔王さま、普通に寝てるように見えるんだけどなあ」
「……そうなんだよね」

 莉央くんが首を傾げる。誰もノエの不調の理由がわからない。
 寝息も穏やかで、脈拍だとか呼吸だとかおかしなところは何も見受けられない。
 くうくうすやすや、本当に、ただ寝ているだけ。
 それが赤ちゃんのように、猫のように、寝ている時間が長いだけ。
 起きればばくばくと食べるし、シャル、と名前を呼んでは頬を寄せ、嬉しそうに笑う。血色も悪くないし、変わってるのは魔力の漏れ方と瞳の色、睡眠時間、それだけ。
 体温も下がりはしないけれど、寧ろこれが通常だと思うと心配するのもおかしな気もする。

「いっそ体調が悪ければ原因もわかったかもしれないのに」
「あと少しの我慢だよ」
「……うん」

 そうだ、あと少し、あと少し。
 不安を紛らわすように、抱いたままのノエを撫でながら雑談をしていると、サキュバスたちが騒つきはじめた。
 どうやら儀式とやらが始まったらしい。
 彼女たちにおかしなところはないか訊くけれど、自分たちが掛けた魔法は解除されていく感覚はあるが、自身に干渉されるようなものではない、大丈夫だと笑顔で、でもどこか安心したように返された。
 そうだ、主人のお願いだろうと何だろうと、いちばん危ない橋を渡らされたのは彼女たちだ。
 最悪存在が消されてしまうかもしれないところだったんだ、隠していても本音としては不安もあったのだろう。
 結局のところ、俺は安全なところにいるのだ、彼女たちの不安なんて、全部をわかってあげることが出来なかった。

「そんなに悪そうなかおしないで下さい、言ったでしょう、私たちにはご褒美だって。そんなに申し訳ないと思うのならまた魔力下さいね」

 そう言えるサキュバスたちは、流石何百年も生きているだけはある。まるで人間のような気の遣い方だ。
 そうやってノエともずっと一緒にいて、守ってくれていたのだろう。そう考えると、俺がノエと会えたのは彼女たちのお陰でもある。素直にありがとうと言えた。


 そうやってノエとサキュバスたちの様子を見ながらまた数時間。ゆりちゃんからの連絡はないがまあ当然だろう。
 儀式の後にすぐに抜け出せるとは思えなかった。

「女神に会えるタイミングっていつなんだろ、翌日以降とかだったりする?」
「僕の時はすぐでしたよ、事件を解決して、ほっとして、家に帰る前にふわ~っと終わっちゃった、みたいな。で、すぐ終わって家に帰って、それからもっと色々訊けばよかったってなっちゃって」
「怜くんしか経験者がいないから統計もなにもないなあ、ゆりちゃん大丈夫かな……」

 朝から集まって、もう夕方だ。
 物語と違い、女神さまと会う正解なんて誰もわからないから俺たちはただ待つことしか出来なかった。
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