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「怜くん怜くん怜くん怜くん怜くん!」

 どんどんと迷惑も考えず扉を叩くと、何ですかあ、リアムが起きちゃうでしょ、と慌てたように怜くんが出てきた。
 確かに早朝から迷惑、でもごめん、でも今俺たちの方が焦ってるから!慌ててるから!
 ずい、とノエを前に出し、見て、ノエの瞳、と怜くんと視線を合わさせた。

 寝起きだからだろうか、まだ少しぼんやりした怜くんは、はいはい、いつも通りかわいいですよ、なんて言って欠伸を噛み殺す。
 そうだけどそうじゃない、瞳、瞳を見てくれ。

「紅い瞳だったんだ、昨晩までは間違いなく。起きたら、ほら、こんな、薄くなってて……これ、怜くんならわかるかもって」
「そんなんわかんないですよお」
「え」

 取り敢えず落ち着いて下さい、と怜くんは誰もいない廊下を見て、迷ってから俺たちを自分の部屋に招いた。多分、リアムとソフィがまだ寝てるから騒々しい俺たちを入れるのを躊躇ったのだろう。
 普通ならこんな早朝に他人の部屋に突撃しやしない、でも俺にとってノエの異変は大変にやばいことで、いちばん詳しいのは怜くんだといてもたってもいられなかったのだ。

 静かに、と唇の前で指を立てると、立ったままで申し訳ないけど、リアムたちを置いてシャルルさんたちの部屋とか他には行けないので、と扉の前で小声で話す。
 それからノエの瞳を覗いて、確かに薄くなりましたね、前はルビーみたいに紅かったから、と怜くんも首を傾げた。

「ひと晩で変わるものなんでしょうか。確かに昨日僕たちも見てましたが」
「だからこわいんだよ、これ、ノエになにかある?」
「なにかって」
「なんか……なんかそんな話、とか」
「そもそもシャルルさんたちの話は僕が生きてた頃は出てなくて」
「でも魔王の話はあったんだろ」
「深掘りとかはされてないんですって、魔王が死んで、その後の少し平和になった世界っていう、設定だけ、で……」
「ノエは死んでない!」

 つい声を荒げてしまった俺に、だからそれは僕にもわからないですよ、そう怜くんも焦ったように返す。
 そんなふたりを止めたのはノエだった。
 先程怜くんがしたように、唇の前に指を立て、しい、と言う。少しだけ頭が冷えた。
 怜くんに詰め寄ったって仕方ない、知らないというのなら、それは本当に物語に関係ないことなのかもしれない、けど。

「体調、は悪くないんですよね」
「うん」
「色素が薄くなる、のとは違うし……視界も悪くないんですよね?」
「ん、ちゃんと見える」
「単純に瞳の色が変わっただけ……」
「ノエがもう自分は魔王じゃないからとか、そんなこと言うし……」
「魔王じゃないのは事実じゃないですか」
「え」

 倒されてるんですよ、勇者に。シャルルさんの祖先がその勇者だったって言ってたじゃないですか。そう怜くんは言う。
 そう。倒されてるのは知ってるけど。
 でも事実ノエは生きてるし。刺されたというところも、傷ひとつ残ってなくて。
 魔王にしか見られないというあの瞳の色からしても、生まれ変わったとかではない、倒された筈の魔王がそのまま現れた筈だ。
 その意味は、

「想像したってわからないですよ、まずは女神さまに会えるよう頑張りましょうよ」
「……あ」

 ね、と怜くんが静かに言うものだから、そう、そうだ、それしかないのだ、と思い出す。
 その為にここまで来たのに、頭が働かなかった。
 ノエに何かあったら、と思うとこわくて。

「何か病気なら薬とか……探ったりもできるかもしれないですけど、元気なんですよね?」
「うん、ちょっと躰、痛いだけ」
「……シャルルさん」

 その答えに固まった怜くんが、じと、と少し頬を紅くして俺を睨む。こんな時に何関係性深めてるんですか、と。

「こないだは気付かなかった振りしてあげたのに」
「……バレてた?防音したつもりだったんだけど」
「声とかの問題じゃないですよ、翌日のふたりを見てればわかるでしょ」
「……合意だよ」
「当たり前でしょ、違ってたら怒りますよ」

 怜くんは自分の首元をちょい、と指差して、それからノエに視線をやった。
 その視線を追うと、特に意識をしていなかった、幾つか服に隠れるかどうかの場所に痕が残っている。
 治しますか、と訊かれて、少し迷ってしまった。
 もう怜くんにはばれてしまったし……別に……所有印は残しておいても……なんて浮かれたことを考えていると、他のひとに見せられないでしょ、とばっさり切られてしまった。

「リアムの教育に悪いし……莉央さんやサキュ……お姉さんたちにからかわれたくないでしょ、聖女さまに見せるのも……その、セクハラっていうか……」
「セクハラ」
「年齢的にアウトですよ……」
「はい……」
「消しときますからね、全く、印つけるなら見えないとこにして下さいよリア充共めが」
「怜くん心の声漏れてる」
「聞こえるように言ってんすよ」

 怒ったようにノエの首筋に触れ、綺麗に痕を消していく。
 流石魔法使いと呼ばれるだけある、繊細そうな魔法を手早く使いこなす。
 ノエ相手ににこりと笑顔を見せ、他にどこか違和感ないですか、大丈夫ですか、と訊くと、ノエがここら辺、と腰を指差したものだから、俺は無言で背中を叩かれてしまった。

 はい、やり過ぎた自覚はあるので反省します。
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