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ひゃくにじゅういち

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 ◆◆◆

 頭が、躰が、ふわふわする。
 なんだかおれ、凄いこと言った気がする。
 気がするじゃない、言った。覚えてる。なんで覚えてたいなんて言った?いや覚えてたかったのは事実だけど。
 薬のせいでめちゃくちゃだったし、最後の方は全然覚えてなかったから、さみしかったしかなしかった。
 それは本当なんだけど。
 覚えてるとなんだか、その、真っ直ぐシャルルを見ることが出来ない気がして。

 そんな恥ずかしいという感覚が当然のようにあって、少し不思議な気もする。
 でもそれとは別で、違うふわふわもある。
 あったかくて、すっごくその、こんなことおれが思ってもいいのかな……その、しあわせだなあ、と思った。

 シャルルが薬とか使わずに、なんでもないおれを見て興奮してくれたりとか、かわいいって、いっぱい言ってくれた、すきだって。
 そういうの、忘れてない、覚えてる、ちゃんと。
 シャルルの大きくて気持ちいい手も、食べられそうな口も、包まれるような胸や腕も、落ち着く低い声も、全部。
 おれが、すきなんだって。
 嬉しい、嬉しいなあ、おれ、シャルルがおれのことすきでいてくれたら、それでいい。
 シャルルたちは何かしようとしてるみたいだけれど、それでシャルルがおれから離れないならそれはどうだってよかった。

「大丈夫?」
「え、あ、うん」

 すぐ頭の上から声がする。シャルルだ。
 つい先程まで風呂場でその、色々して、それからまたシャルルはベッドまでおれを運んだ。
 頑張ったら、時間を掛れば、自分でベッドまで戻ることくらい出来た。
 でも、歩けない、と甘えると、仕方ないなあと優しい瞳が笑っておれを抱えてくれるから、何度かその手を使ってしまった。
 普段はそんなこと、滅多にしてもらえることじゃないし。
 抱えられると、すごくその、嬉しいから、つい。

「疲れた?いいよ、眠って」
「ん……」
「眠れない?」
「んーん……眠たい……けど」
「けど?」
「ベッド、もういっこあるから……」

 歯切れの悪いおれのもごもごした言葉に、ああ、と察したシャルルは、ここで一緒に寝るから、と柔らかい声で約束してくれた。
 そのままぎゅうと抱き締められて、シャルルの広い胸に頬がくっついて、背中を撫でられる。
 たまにその大きな手は髪を撫でて、首筋に触れる。
 気持ちいい。
 さっきまでのとは違う気持ちよさ。
 溶けてしまう、と思ってしまうのは一緒なんだけど。

 すり、とシャルルの胸に自分から頬を擦り寄せると、さっきよりあったかくなったような気がした。
 嬉しいなあ、嬉しい、嬉しい、しあわせ。
 おれなんかがこんなにしあわせになっちゃっていいのかな。
 おれだけ、こんなに。いいのかな……
 ずっとシャルルといれますように、そう思っちゃっていいのかな。
 シャルルと生きて、シャルルと死にたい。
 死ぬのは怖くないと思ってた筈なのに、シャルルといれなくなることだけが、死ぬのがいやな理由になってしまった。


 ◆◆◆

「おはよ」
「……」
「ノエ?起きてる?」
「おきてる……」

 瞳が開いた瞬間、眩しい、と目の前のものに擦り寄ってしまった。
 少し笑ったその声に、あ、シャルルだった、と思い出す。
 昨晩のこともついでに思い出してしまったけれど、今はそれは記憶の外に追い出してやる。

「躰きつい?魔法使った方がいい?」
「わかん、ない……」
「そっか……ごはんは?お腹空いてない?魔力は?」
「ま、まだ大丈夫」

 魔力のことをシャルルから言ってくれるのは珍しかった。
 心配してくれるの、嬉しいなあ。
 きっと今、優しいかおしてる、見たい、そう思ってかおを上にあげると、予想通り、優しい笑顔でシャルルはこっちを見ていた。
 眩しい。朝日もシャルルも、どっちも。
 思わずまたぎゅうとシャルルの胸に隠れてしまったおれに、ノエ、こっち向いて、と……優しい声ではなく、びっくりしたような声が降ってくる。
 あれ、おれなにか間違ったかな、とまだ起き切ってない頭で考えてると、ぐいと顎を上げられてしまった。

「ノエ……」
「んむ」
「……ねえ、なんかおかしいとこ、ない?」
「……なにが?」

 寧ろシャルルの方が顔色が悪くなってる気がする。
 どうしたの、おれ、泣き過ぎて目元が腫れてるとかかな、でもそれくらいはシャルルがどうにかしてくれる筈、そう思っていると、瞳、と焦ったように口にした。

「紅くない」
「……?」
「ノエの瞳の色、薄くなってる……」

 そういえば、寝る前から違和感あった、暗くて……これか、とシャルルがもごもごと呟く。
 言ってる意味がわからなかった。
 紅い瞳は魔族にしか許されなくて、特におれ程澄んだものは魔王にしか……
 その瞳が紅くない?薄くなってる?まさか。

 慌てて飛び起きた。
 躰中がなんだか痛い。でもそんなことより、と鏡の前に立つ。
 真っ黒の髪も、見慣れたかおも、かわりはない。
 ただ確かに、瞳の色が、深紅ではなく、ピンクに近いような……確かに薄く、なっていた。

 なんで?と呆然としていると、ノエも心当たりないんだ、とシャルルが隣に来て声を掛ける。
 心当たりなんてない。
 あるとすれば、もうおれは魔王じゃない、それだけ。
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