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 でもやっぱ知りたくない?と訊くと、別に、とあっさり返ってきた。知らないことが多くても楽しいじゃん、と。
 余裕のある表情に、怜くんがぎりぎりしている。
 ちょっとわかる、余裕綽々な奴って結構癪に障るよな。

「じゃあもう用事ないな!帰る!帰りましょ!」
「いや終わってないでしょ」
「このひとが街のひとに手を出さないって約束したら終わりでしょ!」
「え~、オレ別に手を出してないよ」
「はあ!?」
「ここに来るひとの相手をするのはあくまでも彼女たちだけ。オレがやるのはたまにいる記憶操作が上手くいかない奴の記憶をいじるくらいで、大体は彼女たちで完結してるよ、そういうのは彼女たちが詳しい訳だし。オレは魔力の調節してるだけだもん」

 だからオレは何にも約束出来ないよ、と。

「ここには男女問わず来るって聞いたけど」
「うん」
「女の子も」
「サキュバスは雑食だからなあ、かわいい女の子もだいすきなんだって」
「は」
「だから言ったでしょ、オレは女性相手に勃たないって」
「……わ、若い男も」
「ゲイだからって誰にでも手を出す訳ないでしょ、オレはサキュバスじゃなくて人間なんだからさあ」

 そう瞳を細めながら怜くんだけを見てるのがこわい。
 シャルルさん、僕貞操の危機かもしんないです……と呟く怜くん。あの捕食者の瞳は洒落にならん。

「大丈夫だいじょーぶ、いきなりとって食いやしないよ、まずはおともだちから、ね?」
「どんだけ頭おめでたかったらこの流れでおともだちになんかなんだよ」
「なってくれないの?」
「頭沸いてんのか」
「……半年、知らない世界で不安だったから嬉しかったんだ、ああ、あの子日本人っぽいなって思ってからずっと会ってみたかったの」
「へ……」
「そうかあ、いいなあ、いや、仕方ないよね、うん、ごめんね」
「え、あ、う、うう……」

 わかりやすくしょんぼりした莉央くんに、優しい怜くんはわかりやすく狼狽えた。ちょろい。どう見たって演技じゃないか、しかも棒。
 大丈夫かな、怜くん、よく今まで無事だったな、もう既に怜くんの兄のような気持ちになってる俺はそんなとこ見ちゃうとはらはらしてしまう。心配。
 この世界に来てからリアムとしか話をしてなかったからシャルルさんと話せて嬉しい、
 そう話した怜くんだからこそ、莉央くんのその気持ちもわかるんだと思う。
 聖女さまだってそうだ、俺の前では素を出せると笑っていた。
 皆不安なんだ、こんな世界に急に来て。
 まだふたりとも若いもんね、それに比べたら莉央くんは少し歳上に見えるだけあって、そこを逆手に取るくらいには落ち着いているように見える。

「わ、悪いこと止めるなら……」
「泊まってってくれる?」
「いや調子乗んな、帰るわ」
「魔王さまの為に食事の用意をしてるのに?」
「サキュバスなんて関係な……っい、けど」

 ちらりとノエを見た怜くん、言葉に詰まる。本当に優しい子だ、ノエの為に、関係ない帰るという言葉を引っ込めた。貞操の危機なのに。
 別に先に帰っててもいいんだよ、と言うと、抱き締めたリアムと、俺とノエと、更に莉央くんをぐるぐる見て、そうしよっかな、いや、でも、うーん、いややっぱり、ううう、と悩む。
 本当にいいんだけどなぁ、その腕の中のだいじなものだけをたいせつにしたって。
 俺だって自分とノエくらいは守れる。
 でもここに暫く住んで、小説でもずっと何作も読んでいて、今の生活でもあの街の人間に少なからず情はあるんだろうな、多少の自分の犠牲と天秤に掛ける程度には。

「他に帰れない理由とかいる?」
「理由?他に?」
「例えば吹雪や大雨、台風暴風雨、雷雨」

 そうしたら魔法使いさんは帰れないよね、そう笑った莉央くんに、そんなこと出来る訳ない、と返す怜くん。
 試してみる?と不敵に笑う莉央くんはノエなんかよりよっぽど悪役が似合う。

「箒で飛べないくらいすごい天気にしちゃおうか」
「止めろよ、街にも被害出るだろ」
「じゃあ一緒に食事くらいしてよ、彼女たちの喜びよう見たでしょ、きっと今頃腕によりをかけて食事を作ってる、魔王さまの為に、自分たちには必要ない食事をね」
「……」
「……オレだって……わかるでしょ、久し振りに知人にあったような気持ちになるのは」
「……」
「だめ?」
「うぐう……」

 弱いところを責められているとはいえ、やっぱりちょろい。
 なら、と怜くんが出した条件は、僕たちにそれ以上近付くな、それだけ。
 莉央くんはわかった、じゃあ一緒に食べようね、と笑顔を見せる。
 その笑顔には、先程までの胡散臭さがなくて、なんというか、そんな爽やかな笑い方も出来るんだ、と思ってしまった。
 そっちの方がかわいげもある、なんであんな、すきな子を苛めるような……
 ……
 ……すきな子を苛める?明らかに逆効果なそれを、目の前の綺麗な男が、自称陰キャの男に?いい歳して?
 いやいやまさかそんな拗らせたようなこと、学生でもない歳のおとなが、街を、魔族をも巻き込んで、ねえ?まさか、ねえ?

 そっとかおを上げると、また嬉しそうに怜くんを見る莉央くんがいて、怜くんには失礼だけど、なんでそんなに執着を?初めて話したんじゃないの?と思ってしまった。
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