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 彼は俺たちを見てにこりと笑う。
 ……いや、正確には怜くんを見ている。
 それに気付いた怜くんは、ひえ、と俺の後ろに隠れた。更にその後ろにリアムを庇って。

「やばいやつじゃないですかあ……?」

 俺の耳元でぼそぼそ呟く怜くん。
 ついて行くと言っていた時の勢いはどうしたのよ、頼りにしてたのに。

「もっと早くに来てくれると思ったのに。結構時間掛かったね」
「何の話ですか……」

 折角来て頂いたことだし、お茶でもどうですか、準備させますよ、と年齢の割には落ち着いた声で言う。
 二十代前半くらいかな、怜くんより幾つか上くらいの。
 柔らかそうな目元と笑みを作る口元とは裏腹に、なんというか……笑顔が胡散臭い。
 人相は悪くない、寧ろ柔和で穏やかそうな表情、整った顔立ちは大抵のひとには好まれると思う。特に女性に。
 つまりなかなかのイケメン。残念なのは俺たちが全員男だということ。
 また後ろで怜くんが、絶対怪しいですよ遊んでますよ、泣きぼくろですもん、あれそういうやつですよ、と泣きぼくろに親でも殺されたのかのように憎々しげに言う。小声で。
 言いたいことはわかるけど流石にそれは偏見が過ぎる。ほくろは悪くないだろ。
 いやもう俺もこれは内心、やってんなあ、とは思ってるけどさあ。

 ただ、実際街の若い子たちは記憶こそないものの、無事で帰ってきている様子。
 つまり残虐な行為だとかはない。
 同族、日本人だというだけで、それなら彼もそんなに悪いにんげんではない……と思ってしまう、甘い。記憶を消してる時点で悪いんだが。

 青年以外は立ったまま、次手を考えていた。正確に言えば、青年とソフィとリアム以外。
 悪いエロジジィならとっ捕まえてふんじばって出すとこ出して終わってた。
 悪い魔族なら倒して終わってた。
 けどなあ、俺も怜くんも予想外だったんだ、もっと早くに来てくれる、とか待っていたかのようなあの言葉は。

「あっれえ、なんで立ってるんですかあ、もお、リオさまちゃんともてなしてくださいよお、折角来て下さったのに」

 背後からがらがらとワゴンにお茶を載せた、先程とは違う……彼女もサキュバスなのだろう、不満気な、でも明るい声がした。
 ほらほらもうもう、座って下さい、と促され、まあ立ち尽くしていても話がわからない進まないままかと席に着く。
 目の前に置かれたお茶と焼き菓子は、毒やおかしいものは入ってないようだけれど、それをノエはまじまじと見ていた。まさかこんな時まで食い意地の問題ではない、か。

「魔王さまあ、それ、食べてみてくださいっ、甘くておいしーんですよ、ね、よく言ってたでしょ、ニンゲンの食べ物が美味しそうだって。あたしたち食べ物なんて必要ないけど、こういうの、食べると心が元気になるんだって。だから勉強したの」
 
 魔王さまにお出しすることが出来るとは思わなかった、うれしい、と言う言葉は随分素直で、魔王と魔族の関係とは思えない程。
 知ってる、とぼそりと呟いたノエに、にこーっと満面の笑みで、いっぱい食べて下さいねっ、と緩くウェーブの掛かった長い髪を揺らしながらご機嫌そうなサキュバス。
 先程の、最初は冷淡で、でもノエを認識してからはぱあっと笑顔を見せたサキュバスと、廊下で擦れ違った、きゃあきゃあと騒ぐサキュバスたちに、なんというか、ノエをいちばん近くで見ていたということに納得してしまう。
 魔王としての立場でこんな甘ったれた坊ちゃんでいれたのは、彼女たちの力が大きいのだろう。

「おいしーですか?どうです?おいしいですよねっ」
「ん、うまい……」
「ねーっ、ニンゲンの食べ物、ずっと魔王さまに食べさせてあげたいなって思ってたんです、見る度にいいなあって言ってましたもんね、良かったあ、今はもう、知ってるんですねえ……」

 瞳を細めてノエを見る表情は魔族とは思えないくらい優しい。
 態度といい喜びようといい、ノエとはいい関係だったのだろう、とちくり。
 彼女たちはノエのことをずっと昔から知ってるんだ、まだ知り合って間もない俺なんかより、ずっと。
 ……なんだか俺が笑えなくなってきた。

「感動の再会は終わりで大丈夫?」
「ぜーんぜん、足りないですう」 
「どれくらい掛かりそう?」
「んー、魔王さまとお話したいのはあたし以外にもたくさんいるし、後でお話出来ればいいですよお」

 だから、ゆっくりしてって下さいね、夕飯も作ります、ね、後でね。
 そんな約束を残して彼女は去ってしまう。
 ……夕飯、ここで食べてくの?今日中に帰れなくなっちゃう。
 ノエはまだ呆けている。
 ノエがいやだと言うのなら、俺は彼女たちからノエを隠し通してみせる自信はある。
 けれどそうじゃない。少なからず嬉しいという気持ちがあるのなら、その再会をたいせつにしてあげたい。
 俺が聖女さまや怜くんと会えて嬉しいと思ったように、ノエにだってドラゴンや夢魔と会えて嬉しいと思う権利はあるのだ。
 怜くんたちを先に帰してでも、俺はノエに付き合おうと思った。
 それはひとりで残すのが心配だから、でもサキュバスと話をさせてあげたいから、そして何より、彼女たちにノエを取られてしまうのがこわいと思ってしまったから。
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