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留守番も何もあったもんじゃない、結局俺たちがしたのは食後のお昼寝だ。
怜くんが街で働いてる間に。
お腹の上でリアムがぷうぷう、肩口にノエがすよすよ、そのノエの膝でソフィがくうくう寝ているだけの、ただの穏やかな惰眠。
ただいまあ、と戻ってきた怜くんが、何それいいな、と言うくらいのしあわせなお昼寝だった。毎日これでいい……
おししょーさまあ、おかえりなさい、と眠そうなままのリアムが飛びつき、それに瞳を細めて、お留守番出来たね、偉かったね、と声を掛ける怜くんはやっぱりお師匠さまというよりもう家族にしか見えない。
数年一緒にいたら、育ててたらまあ、そうなっちゃうよねえ。
「早かったね」
「あ、あの、その、ええと……」
口篭る怜くんに、何かあったね?と訊くと、気まずそうに頷いた。
街で、勇者さまそっちに来てるんでしょって言われて……とぼそぼそ呟く。
別に隠してはなかった。
船でも街でも軽く魔法使いについて聞いて回ったのだ、ここにいるとばれても仕方ない。
俺はいいけど、怜くんたちには不味かったかな。
「この話、後でじっくり、でいいですか」
「え、あ、うん……?」
ということは物語絡み、ということだろうか。
リアムもノエも、どうしたのどうしたの、と心配そうに覗き込んでくるものだから、ふたりして誤魔化しながら、買ってきたものでお昼作ろうか、と話を切り上げた。
◇◇◇
夕食も終わり、怜くんとお酒を呑むから、という口実でふたりで話そうとした。
リアムは眠そうな瞳を擦りながら、わかりました、あんまりおそくまでおきてちゃだめですよ、と素直に引っ込み……はせず、ぬいぐるみのようにソフィを抱えて自室に入っていった。今日はソフィと寝るのね、かわいい。
問題はノエの方だった。
多分、俺たちの行動が怪しい、何か隠してる、とわかっているのではなく、ただ単純に俺と怜くんがふたりきりになることへの嫉妬、自分も一緒にいたいという思いだけだと思う。
そういう鈍いところさえも愛しい。
というのはまあ冗談として、困ったのはおれも一緒に呑む、と言い張ることだった。
言うと思ってた。
この国での飲酒は十八歳から認められている。おれ、それよりずっと歳上だから!と。
お前、魔王城では大人扱いされてなかったくせに!
実年齢は置いておいて、見た目は聖女さまと同じくらい、つまり高校生くらいの歳に見えてしまう。
そんな子にお酒は駄目だ、躰だって出来上がってない。
でも実際は二百歳以上生きてる訳で、そうなるとアルコール分解も出来る躰……いや知らん、やっぱり心配だし……でも年齢的には……ううん。
ねえいいでしょいいでしょ、と騒ぐノエと悩む俺を見て、怜くんは収拾つかないと思ったのか、一杯だけならよくないですか、と親戚のおっさんみたいなことを言う。
まあさあ、向こうの世界でもないし、こっちの世界はまだそういうの緩いし、そもそも年齢はクリアしてるし、でもさあ……
そう俺がまだぐだぐだしている隙に、ノエはぺろりとグラスを舐めてしまった。
それは呑みやすい甘いお酒だった、それを更に果実のジュースで割ったもの。ビールのような苦味のあるものならそれ以上進まなかったかもしれない、けれどその甘味に、ノエはおいしい、と瞳をきらきらさせた。
「こんなおいしいのふたりで飲んでたの」
「ジュースは昼間も飲んでるじゃん、これは特別、ノエでも飲めるようにあっまーくしてるの、俺はこんなの飲まないよ」
恨めしそうに言うものだからつい言い訳してしまう。元々それはノエの為ではなく、怜くんのものの予定だったけれど。
ノエは俺のお湯割りのグラスのかおりを嗅ぐと、お酒くさい、とかおをぎゅうとした。
それは梅干しとかレモン齧った時のかおだぞ、と思ったけれど、伝わらないだろうから止めておく。……梅干し食べたくなってきた。
俺の横で、それはもうご機嫌でグラスをちまちま傾けるのはかわいい。
かわいいんだけども怜くんと話が出来ない。
怜くん、話し出していいものか困ったようなかおをしてるけど、ノエに呑ませたの君だからね。
暫くは当たり障りのない会話を続けて三十分くらい、グラスの半分も呑まない内にノエは酔いだした。想定内ではある。
ふふ、と笑い、俺の手を取り、指を絡めてくる。
ちょ、怜くんの前、と内心焦ったけれど、これくらいで焦る方が意識してるようで怪しいか、と必死でなんでもないかおをする。
間違いなく意識してるんですけど。
やだもうかわいいこの子。ふたりきりならキスのひとつもしてた。
「おれねえ」
「うん……?」
「しゃるのおっきー手だあいすき……」
「へあ」
「あったかくてねえ……んふふ、撫でられるのすきい」
「どこを撫でてんですかねえ」
「怜くん!」
「いまねえ、なんかね、飛んでるみたい、で、ふわふわしてんの、ね、だからぎゅってしてて、飛んでっちゃうから、ね」
「僕も飛べるんですよ」
「……怜くんなんで張り合ってんの?」
グラスを持ったまま膝によじ登ろうとする甘えん坊と、それこそまだそんなに呑んでない筈の絡み酒の相手は面倒だ。
ノエの行動もふたりきりの時なら……いやそれでも俺的にはアウトなんだけど、まあとにかく人前でする甘え方ではない。
もういっそ早く酔い潰れてくれ。
無事に膝に座り、俺の腕を腰に回させると、またちまちまぺろぺろグラスを舐めるように呑むものだから、ええいまだるっこしい、とそのグラスを更に傾けさせた。真似してはいけません。
ん、ん、と少し驚いたように、でもそのまま呑み続け、ぷあ、と口を離すと、またとろんとしたようにおいしー、と口の端を拭う。
お酒の力こわい。これはもう視覚の暴力。ピンクになった肌がもうたまったもんじゃない。
怜くんが街で働いてる間に。
お腹の上でリアムがぷうぷう、肩口にノエがすよすよ、そのノエの膝でソフィがくうくう寝ているだけの、ただの穏やかな惰眠。
ただいまあ、と戻ってきた怜くんが、何それいいな、と言うくらいのしあわせなお昼寝だった。毎日これでいい……
おししょーさまあ、おかえりなさい、と眠そうなままのリアムが飛びつき、それに瞳を細めて、お留守番出来たね、偉かったね、と声を掛ける怜くんはやっぱりお師匠さまというよりもう家族にしか見えない。
数年一緒にいたら、育ててたらまあ、そうなっちゃうよねえ。
「早かったね」
「あ、あの、その、ええと……」
口篭る怜くんに、何かあったね?と訊くと、気まずそうに頷いた。
街で、勇者さまそっちに来てるんでしょって言われて……とぼそぼそ呟く。
別に隠してはなかった。
船でも街でも軽く魔法使いについて聞いて回ったのだ、ここにいるとばれても仕方ない。
俺はいいけど、怜くんたちには不味かったかな。
「この話、後でじっくり、でいいですか」
「え、あ、うん……?」
ということは物語絡み、ということだろうか。
リアムもノエも、どうしたのどうしたの、と心配そうに覗き込んでくるものだから、ふたりして誤魔化しながら、買ってきたものでお昼作ろうか、と話を切り上げた。
◇◇◇
夕食も終わり、怜くんとお酒を呑むから、という口実でふたりで話そうとした。
リアムは眠そうな瞳を擦りながら、わかりました、あんまりおそくまでおきてちゃだめですよ、と素直に引っ込み……はせず、ぬいぐるみのようにソフィを抱えて自室に入っていった。今日はソフィと寝るのね、かわいい。
問題はノエの方だった。
多分、俺たちの行動が怪しい、何か隠してる、とわかっているのではなく、ただ単純に俺と怜くんがふたりきりになることへの嫉妬、自分も一緒にいたいという思いだけだと思う。
そういう鈍いところさえも愛しい。
というのはまあ冗談として、困ったのはおれも一緒に呑む、と言い張ることだった。
言うと思ってた。
この国での飲酒は十八歳から認められている。おれ、それよりずっと歳上だから!と。
お前、魔王城では大人扱いされてなかったくせに!
実年齢は置いておいて、見た目は聖女さまと同じくらい、つまり高校生くらいの歳に見えてしまう。
そんな子にお酒は駄目だ、躰だって出来上がってない。
でも実際は二百歳以上生きてる訳で、そうなるとアルコール分解も出来る躰……いや知らん、やっぱり心配だし……でも年齢的には……ううん。
ねえいいでしょいいでしょ、と騒ぐノエと悩む俺を見て、怜くんは収拾つかないと思ったのか、一杯だけならよくないですか、と親戚のおっさんみたいなことを言う。
まあさあ、向こうの世界でもないし、こっちの世界はまだそういうの緩いし、そもそも年齢はクリアしてるし、でもさあ……
そう俺がまだぐだぐだしている隙に、ノエはぺろりとグラスを舐めてしまった。
それは呑みやすい甘いお酒だった、それを更に果実のジュースで割ったもの。ビールのような苦味のあるものならそれ以上進まなかったかもしれない、けれどその甘味に、ノエはおいしい、と瞳をきらきらさせた。
「こんなおいしいのふたりで飲んでたの」
「ジュースは昼間も飲んでるじゃん、これは特別、ノエでも飲めるようにあっまーくしてるの、俺はこんなの飲まないよ」
恨めしそうに言うものだからつい言い訳してしまう。元々それはノエの為ではなく、怜くんのものの予定だったけれど。
ノエは俺のお湯割りのグラスのかおりを嗅ぐと、お酒くさい、とかおをぎゅうとした。
それは梅干しとかレモン齧った時のかおだぞ、と思ったけれど、伝わらないだろうから止めておく。……梅干し食べたくなってきた。
俺の横で、それはもうご機嫌でグラスをちまちま傾けるのはかわいい。
かわいいんだけども怜くんと話が出来ない。
怜くん、話し出していいものか困ったようなかおをしてるけど、ノエに呑ませたの君だからね。
暫くは当たり障りのない会話を続けて三十分くらい、グラスの半分も呑まない内にノエは酔いだした。想定内ではある。
ふふ、と笑い、俺の手を取り、指を絡めてくる。
ちょ、怜くんの前、と内心焦ったけれど、これくらいで焦る方が意識してるようで怪しいか、と必死でなんでもないかおをする。
間違いなく意識してるんですけど。
やだもうかわいいこの子。ふたりきりならキスのひとつもしてた。
「おれねえ」
「うん……?」
「しゃるのおっきー手だあいすき……」
「へあ」
「あったかくてねえ……んふふ、撫でられるのすきい」
「どこを撫でてんですかねえ」
「怜くん!」
「いまねえ、なんかね、飛んでるみたい、で、ふわふわしてんの、ね、だからぎゅってしてて、飛んでっちゃうから、ね」
「僕も飛べるんですよ」
「……怜くんなんで張り合ってんの?」
グラスを持ったまま膝によじ登ろうとする甘えん坊と、それこそまだそんなに呑んでない筈の絡み酒の相手は面倒だ。
ノエの行動もふたりきりの時なら……いやそれでも俺的にはアウトなんだけど、まあとにかく人前でする甘え方ではない。
もういっそ早く酔い潰れてくれ。
無事に膝に座り、俺の腕を腰に回させると、またちまちまぺろぺろグラスを舐めるように呑むものだから、ええいまだるっこしい、とそのグラスを更に傾けさせた。真似してはいけません。
ん、ん、と少し驚いたように、でもそのまま呑み続け、ぷあ、と口を離すと、またとろんとしたようにおいしー、と口の端を拭う。
お酒の力こわい。これはもう視覚の暴力。ピンクになった肌がもうたまったもんじゃない。
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