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「初めまして、この度は急なわたしの我儘に付き合って頂きまして……」
「あ、いえこちらこそ」
「お話は中でしましょうか、華美なものは避けてるのですが座り心地はいいんですよ、どうぞどうぞ」

 爽やかな早朝から馬車に誘導するのはまだ十代半ばくらいの女の子だ。
 先日依頼に来たお兄さんも一緒だが、ノエを入れても四人。護衛の仕事と聞いていたが、俺が居なくても他のひとに頼んでいたとしても、ふたりでここに来たのかと思うと、そんなに緩くていいのか、と思ってしまう。
 馬車を走らせるのはお兄さんだ、普通はやっぱりもっと……いや、いけると思ったからたったふたりで来たのか。

 たまたま来ていた勇者さまと会えるなんてなんて偶然、護衛がてらお話を伺いたい、という話に、本当に偶然ですね、護衛くらい構いませんよ、と思っていたけれど、これはどうやら護衛がメインというより、お話を伺いたい、というのが本音のようだった。

 何故なら目の前でにっこり笑う女の子は、陽に透けると少し赤毛にも見える黒い髪に、焦げ茶の瞳、少し幼さも感じる顔つきはまるで日本人のようだ。
 加えてこれは『聖女』の護衛。何もない訳はなかった。

「勇者さま」
「……シャルルでいいですよ」

 なんというか、この世界でそう呼ばれるのはもう慣れたのだけれど、日本人のような子にそう言われるのはむずむずする。羞恥心を感じる。
 ではシャルルさん、と聖女さまが口を開いた瞬間、馬車が動き始めて、隣でノエが少しつんのめった。
 俺はこの世界に来て何度か乗ったことはあるけれど、ノエは初めての馬車なんだろう、俺の腕をぎゅうと掴んだまま、窓の外を見て、うわあと感嘆の声を上げる。
 見た目の年齢だけでいうと、ノエと聖女さまは同い歳くらいに見える。なのに何故か二百歳以上離れているであろうノエの方がこどもにも見えてしまうんだよなあ。

「わたしを見て、何か思いませんか?」
「……かわいらしい聖女さまだなあと」

 本音だ。それを聞いた聖女さまはまたにこっと笑い、ノエは頬を膨らませて俺を軽く叩いた。何でだ。
 あ、これセクハラか?俺としては妹くらいの子たちは皆かわいらしく見えてしまうから変な意味などなかったんだけれど。寧ろおっさんの感覚に近付いてるようでちょっと嫌なんだけど。

「ありがとうございます、でもその、そういうのではなくて」

 君日本人?なんて訊いていいものなのだろうか。
 そんなこと訊くなんて十中八九そう、間違いないと思うんだけど。もし間違って面倒なことになるのは避けたい。
 ちらりとノエを見る。
 ノエに憑依のことを、別世界から来たことを隠したい訳ではない。
 でも別に言わないといけないとも思ってない。
 死ぬのがこわいと言った子に、死んだら異世界に飛ばされるかもしれないなんて言ったらきっとまた怯える、つい昨日まで弱っていた子に話す内容でもない。

「わたしもその方、気になります」
「え」
「でも今はシャルルさんとお話したくて」

 馬車が走り出してまだ数分も経ってない。
 なのに彼女はその時間すら惜しいというような表情で、ぱち、と指を鳴らした。
 瞬間、肩に重みを感じて、横を見るとノエがまるで魔力切れでもしたかのように凭れて寝ていた。
 朝、一応もし何かあったら、と魔力は渡しておいた。だから魔力切れではないと思うんだけど。
 聖女さまを見ると、その幼い笑顔そのままに、ただ寝てるだけですよ、と指を唇に当てた。静かにしましょうね、というかのように。

 彼女に悪意は感じない。多分、ただ本当にふたりで話をしたいだけ。俺がシャルルを気にして話が出来ないのならノエを寝かせておきましよう、ということなんだと思う。
 取り敢えず、とノエにブランケットを掛けていると単刀直入に訊きますね、と置いて、小さな、でもはっきりとした声で名前を呼んだ。

「シャルルさん、日本から来たでしょ?」

 先程の聖女さまのトーンとは違う、少し砕けた明るい声。
 余りにも普通に言うものだから、つい君もでしょ、なんて返してしまった。

「そう、そうです、わたしゆりっていうの、百合の花のゆり、わかるよね?」
「わかるよ」
「良かったあ!」

 お上品な、作られたような笑顔ではなく、年相応の明るい笑顔だった。
 絶対そうだとわかってたけど、見た目が日本人じゃないから訊くのちょっとこわかったの、とへらりと笑う。

「勇者さまのお話を聞いてからね、あー、なんか転生者っぽーい!って思ってて。会ってみたいなーって。今回はドラゴンの話を聞きに来ただけだったんだけど、そしたら偶然同じ街にいるっていうから!ほんとはね、列車で帰る予定だったんだ、でもお願いして馬車を用意してもらったの」

 列車だとすぐ着いちゃうでしょ、ゆっくり話してみたくて。ごめんね、と謝ってはいるが実際そこまでは悪いと思ってなさそうな、無邪気な笑顔だった。
 俺はというとそこまで無邪気にはなれない。
 だって俺は聖女さまの存在を知らなかったから。
 日本人が何人もいるとは思わないじゃないか。

「……もしかして、俺以外にも日本人いる?」
「シャルルさんでふたりめ!」

 ピースした指をちょきちょき動かして、シャルルさんは初めて?と訊く。頷くとまた満面の笑みで、日本人に会えるとほっとする!ね!と同意を求めてきた。

「知り合いではないかもだけどー、でもほら、味方だ~!って思っちゃって」
「まあ敵になるつもりはないけど」
「だよね!でもさ」

 なんで魔王と一緒にいるの?
 ノエの方を向きながらそう口にした聖女さまは、それでもやっぱり悪意は感じられなかった。
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