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 四日目、またドラゴンのいた場所に花を手向けに向かった。本当に死んでしまったのかという確認と、悼む気持ちと、整理をするため。
 動かない巨大な躰、それは先日の俺たちに危害を与えない為に動かなかったものとは違い、もう空っぽになってしまったのがわかる静かさだった。
 あまりの大きさに埋めてやることも出来やしない、ただ土に還るだけ。
 苔の生えた硬い鱗も、分厚い皮膚も、鋭い爪も歯も、全部。
 こんなさみしい場所で養分になる。それをどうしようもしてあげられないけれど。
 花や果物を供えて、ノエに戻ろうかと振り返ると俯いたまま小さく頷いた。

 用意した小さな鞄に、割れないようクッション代わりに何枚も布を重ねて卵を入れ、それをノエはそっと撫でながらぽつぽつと歩く。
 ちょっと妊婦さんのようと思ったのは内緒だ。似たようなもんだ。
 会いたかったドラゴンに託された卵。
 生き物だ、失敗することは許されない。

 わかるよ、わかるけどさあ……
 やっぱりドラゴンっていうのが引っ掛かる。
 どうやって育てんのさ、あんなの。卵は鶏の卵より大きくて、駝鳥の卵よりは小さいくらいのもの。
 それがあんなに大きくなったら……

 考えただけでもげっそりしそう。
 でもノエには言えなかった。やはり取り上げることは出来なかった。
 元々魔王さまだなんて思えなかった容姿が、更に日に日に萎んでいく様を見て、だいじなものを捨てろだなんて誰が言えるか。

 とはいえ、だ。
 予定が狂ってしまった。
 ノエを拾った時からおかしくなっていたといえばそうなんだけれど、結局俺はドラゴンを退治出来ていない。自然死は退治にならないよな?
 俺はこれからどうしたらいい?俺は何の為にこの世界に来た?
 他にもドラゴンは存在してるのかしてないのか。
 また家に戻って情報を待つ?今度は何年待てばいい?世界を救うとは?
 まさかこの卵の中身がどえらいやつで、大きく育ったのを俺が退治するだなんてそんな、血も涙もない展開ではないよな?
 ああ胃が痛くなってきた。鬱展開だけは止めて欲しい、そんなつもりで俺はこの人生を選んだ訳じゃない。
 明るく楽しく格好良く、そんな自分でいたいだけなのに。


 ◇◇◇

 街に戻るとざわざわと騒がしかった。
 ドラゴンが死んだことで持ちきりなのか、また何か催しでもあるのか。
 俯いたままのノエを連れてそのお祭り騒ぎに参加する気も起きず、そのまま食事だけ購入して宿に戻った。
 果物を少しだけ口に含み、ノエはまたベッドに横になる。
 家に戻るにもまだドラゴンを探すのにも、まずはノエの様子をどうにかしたい。

 あれだけ切れるのをこわがって欲していた魔力も、必要最低限、ほんの短いキスをするだけ。以前の舌を吸ってきたような必死な欲しがり方ではなく、仕方ないからする、それだけのものになっていた。
 俺としてはそれで助かるんだけど、でもそれはそれ。
 卵のせいで以前より魔力が足りない筈なのに、ノエはくっつきこそすれ、俺の方を見ない。
 仕方がないから。生きていけないから。卵の為に、俺に触れる。
 こっちの方があったかい、と言ってくっついてきたあの子とはまるで違う子になってしまったようだった。

 どうしようかな、俺はこのままノエといていいのかな、俺が一緒にいるのは正解なのかな、
 俺じゃないと駄目だよ、ノエはひとりじゃ生きられないよ、そう言ったことで縛り付けているだけなんじゃないかな。そのつもりはあったけど。

 魔力を自分でどうにかすることも出来ず、そんな躰で使える魔法は殺傷能力なんてない。
 食事から微々たる魔力ではあっても得ることは出来る。
 俺がいなくても、ノエが無理なことをしなければ、ちゃんと周りを頼れば生きていける。
 この街で会ったひとたちも皆ノエに優しくしてくれた、良い意味でこどもっぽいノエは、きっと周りから親切にして貰える。
 あの髪と瞳はどうするか、それだけが頭を悩ませるけれど。
 明日、ノエが起きたら食事の時にでも訊いてみよう。
 元々ドラゴンを退治するんじゃない、魔王さまが悪いことをしないように見張るぞ、というそれぞれの勝手な判断で一緒に来ただけだ。
 ドラゴンが死んでしまい、ノエも魔王さまとして暴れられない状態だとわかってしまったら、それはもう必要のない約束になってしまった。

 ……俺はまだ一緒にいたいと思うけれど。

 そう溜息を吐いて、何か食べようかなと立ち上がった瞬間、扉を叩かれる音がした。


 ◇◇◇

「では明後日、宜しくお願い致します」
「ああ……はい」

 きっちりと軍服を着こなすガタイのいいお兄さんを見送る。どこで話してたかというと、それは廊下。
 部屋ではノエが寝ていたから遠慮して頂いた。かといって食堂や他の店に行くのは躊躇われた。
 先日言われたばかりの、俺が置いていった、次はどうなるかわからない、というノエの言葉を思い出したから。
 ノエと今後一緒にいるにしても別れるとしても、弱ったノエを置いていくとは思われたくなかった。

 勿論お兄さんには廊下ですみませんと謝った。ノエのことを親戚だと話すと、部屋を空けられませんよね、と笑って了承してくれた。
 依頼の内容としては、次をどうするか迷ってた俺には丁度良い話だったと思う。
 偶然ではありますが、勇者さまがいるのなら是非とあの方がおっしゃってまして、と。
 あっさりと王都までの護衛のお仕事が決まった。
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