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にじゅうご
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──やっぱり魔王だったのね、
揺れが落ち着くのを待って、柔らかい声が頭に響いた。視線だけがこちらを向いている。
ドラゴンはおれの配下ではない。魔力を必要とするが魔族ではない、でもニンゲンのような敵対する相手でもない。
ニンゲンはドラゴンのことを魔族の仲間のように扱うこともあれば、神の使いのように奉る場合もあるという。
昔はそこかしこにいたドラゴンも、どうやら今は少し動くだけでその挙動に怯えられる程数も少なくなったようだ。
魔王が死に、魔力量が減り、ドラゴンにも影響があったということ。
それはつまり、魔族ではなくても彼女たちに渡る魔力も減ったということ。魔力が必要な者へ、十分に行き渡らないということ。
わくわくしていた気分が彼女と対峙したことにより、申し訳ない気持ちの方が強くなってきた。
──気にすることはないわ、私ももう大分生きた、寿命なの、そういうものなの、あなたのせいじゃない
直接頭に響くような声は、おれの考えていることもわかるように流れてくる。
そう、彼女も死ぬ。遠くない内に……いや、もう近くに土に還る。近くで見るとわかってしまう、死期の近さ。
きっとおれよりずっと永く生きて、魔王が死んで、ここに現れるまで百五十年以上、どんどんと薄くなる魔力を感じ、自分たちの弱体化もわかっていたんだろう。
ニンゲンは弱い、魔力を使えなければ尚更。だから弱体化しても驚異ではなかっただろうけれど、こうやって動く度に退治だなんだと暴れられてはゆっくり余生を過ごすことも出来やしない。
──魔王も随分小さくなってしまったわねえ
「元からこんなものだよ……とうさまと間違えてる?会ったこと、ないもんね、……おれは見てたけど。それとも魔力のこと言ってる?」
ドラゴンの爪先に触れる。
本当は頭とか鼻先とか、そういうところを撫でてやりたいけれどとてもおれが届く位置にはない。
血の巡ってない爪先だというのに、じんわりあたたかい。体温ではなくて、これは……シャルルから貰ったものに似ている。魔力だ。
魔力はまだあるのに。あたたかいのに。でもこの体躯を保てる程十分な魔力は得られない。そう考えてはっとした。シャルル。
シャルルならおれにしたように、魔力を与えることがきっと出来る。
「おれは……おれは魔力、確かになくなっちゃったんだけど。でもシャルが、そう、ほら、今後ろにいる……おれと一緒にいたシャルが」
──勇者の子ね、
「そう!勇者だよ、だから魔力、いっぱいあって、分けたりとか……シャルが魔力をくれると思う、だから」
──だから寿命って言ってるでしょう
彼女の瞬きひとつで空気が震える。ただそれは嫌なものではない。この魔力のように、あたたかいもの。こどもを諭すような。
おれのせいで、おれがあんなに簡単に殺されてしまったせいで、世界のバランスが崩れて失ったものが、そしてまだこれからも失うものがある。
──貴方が来るのは知っていた、待っていたの、良かった、間に合って
「待ってた……」
それは、魔王に会いたかったとか、そういうものではない。
おれに会って、何かを伝えたかったということ。
──そこの陰のところ、その子を頼みたいの、貴方にね
彼女の視線の先、木や葉に囲われて、何かがある。
行って、と言われてそろそろと足を動かす。
驚きはしなかった。何となくそうだろうなとは思っていたから。
卵だ、手のひらに乗るくらいの、ドラゴンの卵。彼女の風圧や、誰かの悪意に晒されないようにだいじに守られていたもの。
こんなに大きな躰で割らないように、だいじにだいじにされていたもの。
──私の子じゃない、でも私たちの子よ
でももう私はみてあげられないから。
その言葉だけはさみしそうだった。
おれに罪悪感を持たせない為、寿命だ、おれのせいではないと言ってるのはわかる。ドラゴンは頭が良く優しい生き物だ。わかってた。
「……長生き、させてあげられなくてごめん」
──もう十分生きたの、私はもういいの、本当ならもう終わっていた、貴方を待っていたのがもう最後の灯火、頼めて良かった
その子を宜しくね、今夜は天気が崩れるからもう帰りなさい、そう、あっさりとなんでもないかのように響く。
また明日も会えるかのような。
そんな訳はない。全然話を出来てない、卵を託されただけ、必要最低限の会話。
その会話にも魔力を使う。これ以上の会話は彼女の命を奪うだけ。わかっているのに。
わかってるのに。
「ここにいちゃだめ……?」
思わず訊いてしまった。
シャルルのところに戻ると約束した、それでも、もし、おれがいていい場所があるならそこにいたい。
シャルルはあたたかいけど、ニンゲンだ、おれのことを殺してもおかしくない勇者だ、いや、殺すとは思ってないけど、そんなことをするとは思ってないけど、自分に近い者と一緒にいるのが普通ではないか。
それに、彼女が終わるなら、一緒に終わるならこわくないのかもしれない。誰かが一緒なら、二度目の死だって。
──その子をお願いしたいの、勇者といれば大丈夫、貴方も変わっている筈だから
『だから帰りなさい』
頭が動いたと気付くと同時に、ゴォ、と風が吹いて、踏ん張りが足りない躰が浮いた。
ノエ、とシャルルの声がして、次いで衝撃。抱えた卵が割れない程度の。
なんでおれが来るってわかったの、なんで自分のじゃない卵を守ってるの、おれも変わってる筈ってなに、なに、なんの話、
訊きたいことはたくさんあった、まだたくさん、なのに、早く離れるようにと声がする。
勇者といれば大丈夫ってなに、おれは大丈夫でも、また奪ってしまったりとかするのではないか。
おれは死んで迷惑を掛けて、生きても誰かの邪魔をするんじゃ、
揺れが落ち着くのを待って、柔らかい声が頭に響いた。視線だけがこちらを向いている。
ドラゴンはおれの配下ではない。魔力を必要とするが魔族ではない、でもニンゲンのような敵対する相手でもない。
ニンゲンはドラゴンのことを魔族の仲間のように扱うこともあれば、神の使いのように奉る場合もあるという。
昔はそこかしこにいたドラゴンも、どうやら今は少し動くだけでその挙動に怯えられる程数も少なくなったようだ。
魔王が死に、魔力量が減り、ドラゴンにも影響があったということ。
それはつまり、魔族ではなくても彼女たちに渡る魔力も減ったということ。魔力が必要な者へ、十分に行き渡らないということ。
わくわくしていた気分が彼女と対峙したことにより、申し訳ない気持ちの方が強くなってきた。
──気にすることはないわ、私ももう大分生きた、寿命なの、そういうものなの、あなたのせいじゃない
直接頭に響くような声は、おれの考えていることもわかるように流れてくる。
そう、彼女も死ぬ。遠くない内に……いや、もう近くに土に還る。近くで見るとわかってしまう、死期の近さ。
きっとおれよりずっと永く生きて、魔王が死んで、ここに現れるまで百五十年以上、どんどんと薄くなる魔力を感じ、自分たちの弱体化もわかっていたんだろう。
ニンゲンは弱い、魔力を使えなければ尚更。だから弱体化しても驚異ではなかっただろうけれど、こうやって動く度に退治だなんだと暴れられてはゆっくり余生を過ごすことも出来やしない。
──魔王も随分小さくなってしまったわねえ
「元からこんなものだよ……とうさまと間違えてる?会ったこと、ないもんね、……おれは見てたけど。それとも魔力のこと言ってる?」
ドラゴンの爪先に触れる。
本当は頭とか鼻先とか、そういうところを撫でてやりたいけれどとてもおれが届く位置にはない。
血の巡ってない爪先だというのに、じんわりあたたかい。体温ではなくて、これは……シャルルから貰ったものに似ている。魔力だ。
魔力はまだあるのに。あたたかいのに。でもこの体躯を保てる程十分な魔力は得られない。そう考えてはっとした。シャルル。
シャルルならおれにしたように、魔力を与えることがきっと出来る。
「おれは……おれは魔力、確かになくなっちゃったんだけど。でもシャルが、そう、ほら、今後ろにいる……おれと一緒にいたシャルが」
──勇者の子ね、
「そう!勇者だよ、だから魔力、いっぱいあって、分けたりとか……シャルが魔力をくれると思う、だから」
──だから寿命って言ってるでしょう
彼女の瞬きひとつで空気が震える。ただそれは嫌なものではない。この魔力のように、あたたかいもの。こどもを諭すような。
おれのせいで、おれがあんなに簡単に殺されてしまったせいで、世界のバランスが崩れて失ったものが、そしてまだこれからも失うものがある。
──貴方が来るのは知っていた、待っていたの、良かった、間に合って
「待ってた……」
それは、魔王に会いたかったとか、そういうものではない。
おれに会って、何かを伝えたかったということ。
──そこの陰のところ、その子を頼みたいの、貴方にね
彼女の視線の先、木や葉に囲われて、何かがある。
行って、と言われてそろそろと足を動かす。
驚きはしなかった。何となくそうだろうなとは思っていたから。
卵だ、手のひらに乗るくらいの、ドラゴンの卵。彼女の風圧や、誰かの悪意に晒されないようにだいじに守られていたもの。
こんなに大きな躰で割らないように、だいじにだいじにされていたもの。
──私の子じゃない、でも私たちの子よ
でももう私はみてあげられないから。
その言葉だけはさみしそうだった。
おれに罪悪感を持たせない為、寿命だ、おれのせいではないと言ってるのはわかる。ドラゴンは頭が良く優しい生き物だ。わかってた。
「……長生き、させてあげられなくてごめん」
──もう十分生きたの、私はもういいの、本当ならもう終わっていた、貴方を待っていたのがもう最後の灯火、頼めて良かった
その子を宜しくね、今夜は天気が崩れるからもう帰りなさい、そう、あっさりとなんでもないかのように響く。
また明日も会えるかのような。
そんな訳はない。全然話を出来てない、卵を託されただけ、必要最低限の会話。
その会話にも魔力を使う。これ以上の会話は彼女の命を奪うだけ。わかっているのに。
わかってるのに。
「ここにいちゃだめ……?」
思わず訊いてしまった。
シャルルのところに戻ると約束した、それでも、もし、おれがいていい場所があるならそこにいたい。
シャルルはあたたかいけど、ニンゲンだ、おれのことを殺してもおかしくない勇者だ、いや、殺すとは思ってないけど、そんなことをするとは思ってないけど、自分に近い者と一緒にいるのが普通ではないか。
それに、彼女が終わるなら、一緒に終わるならこわくないのかもしれない。誰かが一緒なら、二度目の死だって。
──その子をお願いしたいの、勇者といれば大丈夫、貴方も変わっている筈だから
『だから帰りなさい』
頭が動いたと気付くと同時に、ゴォ、と風が吹いて、踏ん張りが足りない躰が浮いた。
ノエ、とシャルルの声がして、次いで衝撃。抱えた卵が割れない程度の。
なんでおれが来るってわかったの、なんで自分のじゃない卵を守ってるの、おれも変わってる筈ってなに、なに、なんの話、
訊きたいことはたくさんあった、まだたくさん、なのに、早く離れるようにと声がする。
勇者といれば大丈夫ってなに、おれは大丈夫でも、また奪ってしまったりとかするのではないか。
おれは死んで迷惑を掛けて、生きても誰かの邪魔をするんじゃ、
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