上 下
25 / 143
2

にじゅうご

しおりを挟む
 ──やっぱり魔王だったのね、

 揺れが落ち着くのを待って、柔らかい声が頭に響いた。視線だけがこちらを向いている。
 ドラゴンはおれの配下ではない。魔力を必要とするが魔族ではない、でもニンゲンのような敵対する相手でもない。
 ニンゲンはドラゴンのことを魔族の仲間のように扱うこともあれば、神の使いのように奉る場合もあるという。
 昔はそこかしこにいたドラゴンも、どうやら今は少し動くだけでその挙動に怯えられる程数も少なくなったようだ。
 魔王が死に、魔力量が減り、ドラゴンにも影響があったということ。
 それはつまり、魔族ではなくても彼女たちに渡る魔力も減ったということ。魔力が必要な者へ、十分に行き渡らないということ。
 わくわくしていた気分が彼女と対峙したことにより、申し訳ない気持ちの方が強くなってきた。

 ──気にすることはないわ、私ももう大分生きた、寿命なの、そういうものなの、あなたのせいじゃない

 直接頭に響くような声は、おれの考えていることもわかるように流れてくる。
 そう、彼女も死ぬ。遠くない内に……いや、もう近くに土に還る。近くで見るとわかってしまう、死期の近さ。
 きっとおれよりずっと永く生きて、魔王が死んで、ここに現れるまで百五十年以上、どんどんと薄くなる魔力を感じ、自分たちの弱体化もわかっていたんだろう。
 ニンゲンは弱い、魔力を使えなければ尚更。だから弱体化しても驚異ではなかっただろうけれど、こうやって動く度に退治だなんだと暴れられてはゆっくり余生を過ごすことも出来やしない。

 ──魔王も随分小さくなってしまったわねえ

「元からこんなものだよ……とうさまと間違えてる?会ったこと、ないもんね、……おれは見てたけど。それとも魔力のこと言ってる?」

 ドラゴンの爪先に触れる。
 本当は頭とか鼻先とか、そういうところを撫でてやりたいけれどとてもおれが届く位置にはない。
 血の巡ってない爪先だというのに、じんわりあたたかい。体温ではなくて、これは……シャルルから貰ったものに似ている。魔力だ。
 魔力はまだあるのに。あたたかいのに。でもこの体躯を保てる程十分な魔力は得られない。そう考えてはっとした。シャルル。
 シャルルならおれにしたように、魔力を与えることがきっと出来る。

「おれは……おれは魔力、確かになくなっちゃったんだけど。でもシャルが、そう、ほら、今後ろにいる……おれと一緒にいたシャルが」

 ──勇者の子ね、

「そう!勇者だよ、だから魔力、いっぱいあって、分けたりとか……シャルが魔力をくれると思う、だから」

 ──だから寿命って言ってるでしょう

 彼女の瞬きひとつで空気が震える。ただそれは嫌なものではない。この魔力のように、あたたかいもの。こどもを諭すような。
 おれのせいで、おれがあんなに簡単に殺されてしまったせいで、世界のバランスが崩れて失ったものが、そしてまだこれからも失うものがある。

 ──貴方が来るのは知っていた、待っていたの、良かった、間に合って

「待ってた……」

 それは、魔王に会いたかったとか、そういうものではない。
 おれに会って、何かを伝えたかったということ。

 ──そこの陰のところ、その子を頼みたいの、貴方にね

 彼女の視線の先、木や葉に囲われて、何かがある。
 行って、と言われてそろそろと足を動かす。
 驚きはしなかった。何となくそうだろうなとは思っていたから。
 卵だ、手のひらに乗るくらいの、ドラゴンの卵。彼女の風圧や、誰かの悪意に晒されないようにだいじに守られていたもの。
 こんなに大きな躰で割らないように、だいじにだいじにされていたもの。

 ──私の子じゃない、でも私たちの子よ

 でももう私はみてあげられないから。
 その言葉だけはさみしそうだった。
 おれに罪悪感を持たせない為、寿命だ、おれのせいではないと言ってるのはわかる。ドラゴンは頭が良く優しい生き物だ。わかってた。

「……長生き、させてあげられなくてごめん」

 ──もう十分生きたの、私はもういいの、本当ならもう終わっていた、貴方を待っていたのがもう最後の灯火、頼めて良かった

 その子を宜しくね、今夜は天気が崩れるからもう帰りなさい、そう、あっさりとなんでもないかのように響く。
 また明日も会えるかのような。
 そんな訳はない。全然話を出来てない、卵を託されただけ、必要最低限の会話。
 その会話にも魔力を使う。これ以上の会話は彼女の命を奪うだけ。わかっているのに。
 わかってるのに。

「ここにいちゃだめ……?」

 思わず訊いてしまった。
 シャルルのところに戻ると約束した、それでも、もし、おれがいていい場所があるならそこにいたい。
 シャルルはあたたかいけど、ニンゲンだ、おれのことを殺してもおかしくない勇者だ、いや、殺すとは思ってないけど、そんなことをするとは思ってないけど、自分に近い者と一緒にいるのが普通ではないか。
 それに、彼女が終わるなら、一緒に終わるならこわくないのかもしれない。誰かが一緒なら、二度目の死だって。

 ──その子をお願いしたいの、勇者といれば大丈夫、貴方も変わっている筈だから

『だから帰りなさい』

 頭が動いたと気付くと同時に、ゴォ、と風が吹いて、踏ん張りが足りない躰が浮いた。
 ノエ、とシャルルの声がして、次いで衝撃。抱えた卵が割れない程度の。

 なんでおれが来るってわかったの、なんで自分のじゃない卵を守ってるの、おれも変わってる筈ってなに、なに、なんの話、

 訊きたいことはたくさんあった、まだたくさん、なのに、早く離れるようにと声がする。
 勇者といれば大丈夫ってなに、おれは大丈夫でも、また奪ってしまったりとかするのではないか。
 おれは死んで迷惑を掛けて、生きても誰かの邪魔をするんじゃ、
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

キスから始まる主従契約

毒島らいおん
BL
異世界に召喚された挙げ句に、間違いだったと言われて見捨てられた葵。そんな葵を助けてくれたのは、美貌の公爵ローレルだった。 ローレルの優しげな雰囲気に葵は惹かれる。しかも向こうからキスをしてきて葵は有頂天になるが、それは魔法で主従契約を結ぶためだった。 しかも週に1回キスをしないと死んでしまう、とんでもないもので――。 ◯ それでもなんとか彼に好かれようとがんばる葵と、実は腹黒いうえに秘密を抱えているローレルが、過去やら危機やらを乗り越えて、最後には最高の伴侶なるお話。 (全48話・毎日12時に更新)

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

貧乏育ちの私が転生したらお姫様になっていましたが、貧乏王国だったのでスローライフをしながらお金を稼ぐべく姫が自らキリキリ働きます!

Levi
ファンタジー
前世は日本で超絶貧乏家庭に育った美樹は、ひょんなことから異世界で覚醒。そして姫として生まれ変わっているのを知ったけど、その国は超絶貧乏王国。 美樹は貧乏生活でのノウハウで王国を救おうと心に決めた! ※エブリスタさん版をベースに、一部少し文字を足したり引いたり直したりしています

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

ミロクの山

はち
BL
山神×人間 白い蛇の神様の伝承が残る巳禄山にやってきた人間が山神様(蛇神)に溺愛される話。短編集です。 触手と擬似排泄、出産・産卵があります。 【宗慈編】 巳禄山で遭難した槙野宗慈は雨宿りした門のような構造物の下でいつの間にか眠ってしまう。 目を覚ました宗慈はミロクという男に助けられるが……。 出産型のゆるふわなミロクさま×従順な宗慈くんのお話。 【悠真編】 大学生の三笠悠真はフィールドワークの途中、門のようなもののある場所に迷い込んだ。悠真の元に現れた男はミロクと名乗るが……。 産卵型のミロクさま×気の強い悠真くん 【ヤツハ編】 夏休みに家の手伝いで白羽神社へ掃除にやってきた大学生のヤツハは、そこで出会ったシラハという青年に惹かれる。シラハに触れられるたび、ヤツハは昂りを抑えられなくなり……。 蛇強めのシラハさま×純朴なヤツハくん。 ※pixivにも掲載中

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

処理中です...