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にじゅうよん
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貰った魔力に躰が軽くなった気がして、飛び出した。
後ろからうわあああ、とシャルルの叫び声が聞こえる。
あ、と気付いた時には衝撃があって、すぐ耳元で、馬鹿なの、お前馬鹿なの!と怒鳴られてしまった。
「魔力あげたけど!なんでこんなことするかなあ馬鹿!」
「……飛べないの、忘れてた」
「忘れてたじゃないよ、こんな下らないことで死ぬ気かよ!」
「今ならちょっとくらい飛べるかもしんないよ」
「いや今落ちてたよね!飛んでる感じじゃなかったよね!飛び降りるっていうんだよ馬鹿!」
「んんんうるさいい!」
つい、飛ぶ魔力まではないのを忘れて飛び出してしまった。それをシャルルが掴まえてくれた訳だけど、シャルルも崖にしがみついてる状態だ。
シャルルも飛ぶことは出来ないらしい。
飛び降りる?いや高過ぎる、風をおこして……いけるか?とぶつぶつ言うシャルルに、何も出来ないおれは黙って彼の起こす行動を待った。抱えられながら。
今手を離されたらおれ死ぬのかな、とか考えながら。
そんなぎゃあぎゃあうるさかったからかな、それともおれに気付いてくれたのかな、彼女の首が、ゆっくりゆっくり動いた。
地割れのような、崖と崖の間、暗い闇の中、真っ黒の瞳がこちらを見上げる。
君とは会ったことがないけれど、懐かしいのはちゃんとわかる。久し振り、初めまして。不思議な感覚。ずっとずっと知っていたような、そんな。
遠くからずっと見てた、ニンゲンだって面白かったけれど、おれはずっと君たちを見てるのがすきだった。
単純に格好良い。凛として、自分のすきなように生きて、頭も良くて、大きくて、強い。
いいなあと思った。
ニンゲンもドラゴンも、自由な様がとても。
「会えて嬉しい!」
ああやっぱり格好良いなあ、大きな大きな体躯、ここまで大きい個体は魔族にもそういない。
迫力はあるが、基本的には穏やかな性格だ、おれたちが何もしなければきっと何もしない。
きっと。
「馬鹿、ノエ、声出すな!」
「んえ」
おれを掴むシャルルの腕に力が籠る。
なんで、と思った瞬間には躰が浮いていた。風圧。
掴まってて、とシャルルの声がして、慌ててしがみついた。
……こんなことしなくても。
そう恨んだって、魔力を使えないおれに自分でどうにか出来る力はなかった。
「お前、怒らせた?」
「怒ってない、と思うけど」
「じゃあ何今の!」
「挨拶」
挨拶う!?とシャルルが声を上げる。
あれだけの体躯だ、何をしても凄い力になるのは仕方がないだろう。
ドラゴンから出される風圧と、落ちないようにとシャルルから出される風の魔法。何度か回転をしながら、どうにか地に足が着くまで数十秒掛かった。
地面が揺れる。上手く立てないおれをシャルルが支え、でも視線をドラゴンから逸らすことはなかった。
そんなに警戒しなくても大丈夫だ。
だってほら、今だって飛ばしてしまったおれを心配してるのがわかる。
「シャルはここにいた方がいい」
「えっ」
「警戒してるのはシャルだけだ、ドラゴンに手を出されても困る」
「でもノエひとりじゃ」
「大丈夫だって、おれも挨拶してくる」
「……ノエ、本当にドラゴンが何言ってるかわかるの?」
わかる。
ちゃんと魔力も貰った。満足な魔法は使えなくとも、話くらいは出来る。
でもあんなん何かあったらお前に対処出来ないだろ、と渋るシャルルに懇願する。
彼女を怯えさせたくない。
「お願い、何かあったら呼ぶから」
ぐ、と言葉に詰まる。
もうわかってる、この男はおれのこういうお願いには弱い。断られることもあるけれど。
良くも悪くも真っ直ぐな優しい男だ、強く願えば、折れてしまう。おれが魔王だとわかっていても、それでもおれに許可を出してしまう。おれのことを誰かに重ねている。
溜息を吐いて、結局こうなるのか、と漏らす。少し笑って、後でちゃんと何話したか訳してよね、とおれをそのまま許すのは、多分自分がドラゴンに勝てるとわかっているから。
そんな余裕があるからだ。
余裕がある、さっき焦っていたのはおれのことを心配したからか、そう気付くと少しそわそわしてしまう。
心配、するニンゲンがいるなんて。
魔族も、とうさまですら見せなかった表情を、ニンゲンとドラゴンが見せる。
それがとても、面白くて、ずっと、興味があった。
自分に向けられるとは思っていなかった。
魔王は大勢に囲まれて、でも魔王はひとりだったから。
強く存在しないといけなかったから。おれが皆を守らないといけなかったのに。
おれが死んだから、全てがおかしくなった。
揺れが治まり、シャルルの手が離れる。
この期に及んでまだ心配そうな表情は、おれの言葉を信用してないのか。ドラゴンが暴れると思ってるのか、おれが逃げると思ってるのか、そこまでは読めないけれど、どちらも違う。
ドラゴンは暴れないし、おれもちゃんとシャルルの元へ戻る。
シャルルにはどちらでもいいことだとしても。
両腕を伸ばしても、シャルルの腕を借りたとしても間に合わないくらいの体躯。
いつも遠くからしか見られなかったから、近くで見ると随分自分が小さく感じた。
心配そうな瞳が揺れて、ほんの爪先程度が動かされる。
それでも地面と空気が揺れて、ドラゴン本人も、背後でシャルルもびくりと躰を強ばらせたのがわかった。
おれのこの軽い躰がひっくり返ってしまったからだ。
格好良い彼女の前で格好悪い。魔力さえあればこの程度の揺れや風圧に負けることなどないのに。
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