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お前もおんなじくらいあったかいぞ、と大して嬉しくもない言葉を、振り返ってどうだ、といった表情で言う。
思わずその頭に手を伸ばしてしまった。もう我慢ならん。
このくそ生意気さ、堪らん。これで触んなって手を跳ね除けられたら満点だったんだけど。
意外や意外、ノエはそのまま俺に凭れて瞳を閉じた。あああもう駄目、こんなのかわいくて仕方ない。くそガキで生意気な弟で自由な猫ちゃん。
こんなことが嬉しいだなんて。やっぱり弟はこうでなくちゃ。
「眠い?」
「ん、眠いからそのまま続けろ……」
「えっらそー……」
その偉そうに頭を撫でるのを要求するのにきゅんきゅんしてしまう。お兄ちゃんなんだぞ、こんなの甘やかすしかないじゃん。
少し癖のある真っ黒の髪。柔らかくて、少し引っかかる。外飼の猫って感じ。
お風呂にぶち込んでやりたくなる。きっと艶々の美少女……美少年が出てくるに違いない。
今だって驚く程綺麗なかおをしているけれど、だからこそこの少し薄汚れた姿が似合わない。
綺麗な服を着せて、……着飾らせたらすごいことになりそう、それはもうどこかの国のお姫さまのような。
「はは、魔王さまなのにな」
つい零してしまった。ノエはそれに反応をせず、整った口元からはすうすうと寝息を吐いている。
人間離れした容姿。かわいらしいあどけない少年の顔立ちに、瞳のせいか、たまに見せるどこかぞっとするような妖艶さ。
それでいてまるきりこどもの振る舞いに、相応のような、アンバランスなような。
まだ一日。
一日一緒にいただけで、ころころと変わる読めない性格にわくわくしている自分がいる。
自分への言い訳でこの子を連れて来たけれど、それで正解だと思いたい。
この世界での唯一の執着になりそうな、そんな子。シャルルと血の繋がった妹よりもずっと。
物語の世界に入り込んだような、まだ自分の世界になりきってない新しい人生での不思議な出会い。
……そういえば、俺は最後の勇者でドラゴン退治に行く者。あのぽんこつ女神の話の中に魔王は出てこなかった筈。そんなだいじな登場人物なんて。
二年も経つからうろ覚えだけど、魔王というワードは忘れることはないだろう、確かに出てこなかった筈だ。
この新しい人生に現れた知らない人物、ノエは既定路線なのか、何かのバグなのか。
そんなことは俺にわかる由もない。
◇◇◇
「んん……」
息苦しさに身動いだ、筈だった。
ぐいと引き戻されて、また口の中に何かが入ってくる。
辿々しい動きが物足りない。
寝起きのキスなんて随分情熱的な──……誰が誰に寝起きのキスだって?
自分のその感想に一気に目が覚めた。
キスなんてする相手がいない、その筈なんだけど。
目の前には綺麗なかおをした子が一生懸命俺の唇を吸っていた。
「んえっ、え、何!?あっノエ、えっ?なに、何これ夢?サキュバスの夢?あんなこと寝る前に話したから!?」
「しゃる……」
突然のことに混乱して、思わず軽くノエを押してしまった。
それでものそ、と俺に跨り、蕩けたようなかおで、ノエが苦しそうに口を開く。
えっ待って俺、ノエのことをそんな目で見ていたつもりでは……
「……おなかすいて、きもちわるいぃ……」
「……」
……あっはい魔力切れ。表情に似合わないこどものような声に真顔になってしまった。
なーんだそっか、そうね、結局昨日は食事以外は少ししか魔力あげてないもんね、そうね、魔力足りなかったねえ。
拍子抜けしてしまい、呆れた俺にまだもぞもぞと近付こうとするノエを膝の上から下ろした。
「……それにしてもその欲しがり方はないでしょーが、何で習ったのよ、サキュバスか?魔王城はそんなに爛れてんのか?」
「昨日こうしたの、シャルじゃんかあ……こうしたら魔力、貰えるって……ぜんぜん、魔力、はいらない……」
そりゃあそうだ、泉のように勝手に魔力が湧き出てる訳ではない、俺が魔力を与えようとしなければ勝手に奪えるものではないだろう。赤ちゃんみたいに吸ったとて吸えるものでもない。
今まで魔力に困ることのなかった魔王さまにはわからないかもしれないが。
……それにしてもなんという破壊力。
このかおでそんな甘え方、無知。俺がお兄ちゃんじゃなかったら危なかった、そういうのが好みの危ないひともいるんだから気をつけてほしい。
「待って、朝飯の準備するから……先にこれ食べとく?」
「そんなんじゃ足りないっ……」
取り出した果物を叩き落されそうになって慌てて抱える。
食べ物になんてことを。
危ないだろ、と言いかけたところで、お願いだから魔力ちょうだい、と駄目押しのように涙の溜まった紅い瞳で訴えてくる。
昨日は魔力を欲しがるなんて癪だ、という感じだったのに、どうやら大分限界のようだ。
今になって魔力供給の方法にキスを選択したことに後悔をした。
衛生的に血はちょっと……なんて考えずに、吸血鬼も魔族みたいなもんでしょ、と血でも与えてれば良かったかもしれない。
ちょっとちゅっとするくらいならともかく、あんなにがっつり舌を吸われるとは思わなかったんだ、見た目に騙された。
今後気まずくなるやつじゃないか、俺の馬鹿。
思わずその頭に手を伸ばしてしまった。もう我慢ならん。
このくそ生意気さ、堪らん。これで触んなって手を跳ね除けられたら満点だったんだけど。
意外や意外、ノエはそのまま俺に凭れて瞳を閉じた。あああもう駄目、こんなのかわいくて仕方ない。くそガキで生意気な弟で自由な猫ちゃん。
こんなことが嬉しいだなんて。やっぱり弟はこうでなくちゃ。
「眠い?」
「ん、眠いからそのまま続けろ……」
「えっらそー……」
その偉そうに頭を撫でるのを要求するのにきゅんきゅんしてしまう。お兄ちゃんなんだぞ、こんなの甘やかすしかないじゃん。
少し癖のある真っ黒の髪。柔らかくて、少し引っかかる。外飼の猫って感じ。
お風呂にぶち込んでやりたくなる。きっと艶々の美少女……美少年が出てくるに違いない。
今だって驚く程綺麗なかおをしているけれど、だからこそこの少し薄汚れた姿が似合わない。
綺麗な服を着せて、……着飾らせたらすごいことになりそう、それはもうどこかの国のお姫さまのような。
「はは、魔王さまなのにな」
つい零してしまった。ノエはそれに反応をせず、整った口元からはすうすうと寝息を吐いている。
人間離れした容姿。かわいらしいあどけない少年の顔立ちに、瞳のせいか、たまに見せるどこかぞっとするような妖艶さ。
それでいてまるきりこどもの振る舞いに、相応のような、アンバランスなような。
まだ一日。
一日一緒にいただけで、ころころと変わる読めない性格にわくわくしている自分がいる。
自分への言い訳でこの子を連れて来たけれど、それで正解だと思いたい。
この世界での唯一の執着になりそうな、そんな子。シャルルと血の繋がった妹よりもずっと。
物語の世界に入り込んだような、まだ自分の世界になりきってない新しい人生での不思議な出会い。
……そういえば、俺は最後の勇者でドラゴン退治に行く者。あのぽんこつ女神の話の中に魔王は出てこなかった筈。そんなだいじな登場人物なんて。
二年も経つからうろ覚えだけど、魔王というワードは忘れることはないだろう、確かに出てこなかった筈だ。
この新しい人生に現れた知らない人物、ノエは既定路線なのか、何かのバグなのか。
そんなことは俺にわかる由もない。
◇◇◇
「んん……」
息苦しさに身動いだ、筈だった。
ぐいと引き戻されて、また口の中に何かが入ってくる。
辿々しい動きが物足りない。
寝起きのキスなんて随分情熱的な──……誰が誰に寝起きのキスだって?
自分のその感想に一気に目が覚めた。
キスなんてする相手がいない、その筈なんだけど。
目の前には綺麗なかおをした子が一生懸命俺の唇を吸っていた。
「んえっ、え、何!?あっノエ、えっ?なに、何これ夢?サキュバスの夢?あんなこと寝る前に話したから!?」
「しゃる……」
突然のことに混乱して、思わず軽くノエを押してしまった。
それでものそ、と俺に跨り、蕩けたようなかおで、ノエが苦しそうに口を開く。
えっ待って俺、ノエのことをそんな目で見ていたつもりでは……
「……おなかすいて、きもちわるいぃ……」
「……」
……あっはい魔力切れ。表情に似合わないこどものような声に真顔になってしまった。
なーんだそっか、そうね、結局昨日は食事以外は少ししか魔力あげてないもんね、そうね、魔力足りなかったねえ。
拍子抜けしてしまい、呆れた俺にまだもぞもぞと近付こうとするノエを膝の上から下ろした。
「……それにしてもその欲しがり方はないでしょーが、何で習ったのよ、サキュバスか?魔王城はそんなに爛れてんのか?」
「昨日こうしたの、シャルじゃんかあ……こうしたら魔力、貰えるって……ぜんぜん、魔力、はいらない……」
そりゃあそうだ、泉のように勝手に魔力が湧き出てる訳ではない、俺が魔力を与えようとしなければ勝手に奪えるものではないだろう。赤ちゃんみたいに吸ったとて吸えるものでもない。
今まで魔力に困ることのなかった魔王さまにはわからないかもしれないが。
……それにしてもなんという破壊力。
このかおでそんな甘え方、無知。俺がお兄ちゃんじゃなかったら危なかった、そういうのが好みの危ないひともいるんだから気をつけてほしい。
「待って、朝飯の準備するから……先にこれ食べとく?」
「そんなんじゃ足りないっ……」
取り出した果物を叩き落されそうになって慌てて抱える。
食べ物になんてことを。
危ないだろ、と言いかけたところで、お願いだから魔力ちょうだい、と駄目押しのように涙の溜まった紅い瞳で訴えてくる。
昨日は魔力を欲しがるなんて癪だ、という感じだったのに、どうやら大分限界のようだ。
今になって魔力供給の方法にキスを選択したことに後悔をした。
衛生的に血はちょっと……なんて考えずに、吸血鬼も魔族みたいなもんでしょ、と血でも与えてれば良かったかもしれない。
ちょっとちゅっとするくらいならともかく、あんなにがっつり舌を吸われるとは思わなかったんだ、見た目に騙された。
今後気まずくなるやつじゃないか、俺の馬鹿。
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