11 / 143
2
じゅういち
しおりを挟む◆◆◆
「美味い?」
「んまい」
「骨あるからね、ゆっくり食べな」
「んう」
ご丁寧に少し冷まされた焼いた魚。焼かれただけの魚が美味い。いい具合の焼き加減。
不思議だ。
あの小屋で出された白いスープ、白いパン、甘いパン、甘いミルク。
魔王城で口にしていた黒いものと違い、綺麗な色をしていた。ニンゲンっていうのは毎日美味いものを食べていたんだなあ……やっぱりニンゲンずるい。ついそう思ってしまう。
「街に着いたらもっと色々あるよ」
「え」
「俺簡単なものしか作れないし。ジャムが気に入ったみたいだし、甘い物がすきなのかな、美味しいの探そうか」
「お前……」
「シャルル」
「しゃう……、う、る、なんでそんな……」
まるで全て見抜かれているかのようにシャルルが笑う。
おれが悪いことしないか見張りと、おれの魔力がないから仕方なしについてきてるだけ、それなのに、なんでおれのことを気にするんだろう。
ニンゲンは本当にわからない、ずっとずっとずっと、何十年、百年以上見てきて、それでも。
「魔王なのに、おれ」
「……なんだろね、平和ボケしてんのかな、魔王さまっていうくせにひとひとり殺せなさそうなんだもん」
「……」
「ねえ、ノエってどう」
「のえ」
ふ、とまたシャルルが瞳を細めた。その表情にどきりとしてしまう。
おれに向けられたことのない表情だったから。
そんな風に、おれに対して穏やかな笑い方をするニンゲンは勿論、周りの者だって、今まで……
「俺といる間は魔王さまはお休み。一緒に旅をする相方、ノエ」
「あいかた……」
「悪いことしたら怒るしお仕置するけどね」
「は」
「その分良い子でいたらご褒美あげる」
美味しいものも、魔力も、ノエにあげるよ、そう微笑むニンゲンなんて、そんなものは、存在しなかった。
というか、おれがちゃんとニンゲンと対面したのはおれを殺したあの勇者とシャルルだけだ。
他はおれが一方的に遠くから見ていただけ。
「別に……すきにすれば」
「うん、そうする。まずは」
「ん」
「その鬱陶しい髪切っていい?」
「へあ」
前髪を長い指が掠め、翠の瞳が覗く。じいっとおれのかおを見て、短い方がかわいいよ、と言う。
慌ててその手を撥ねた。
こいつはすぐそういうことを言う、おれのことを愛玩動物かなにかと思っているのだろうか。
食べ終わってからでいいよ、と言うけれど、そういう問題ではない。じゃなくて、すきにすればというのは呼び方であって、何でもすきにしろって意味ではない。
「食べる時とか邪魔そ……じゃなくて、ノエは短い方が似合うと思うな~」
「……」
「前髪は少し長めの方がその紅い瞳を隠せるかな、珍しいと思ったけど、魔王さまだからそんな色なのかな」
「……」
「このままで街行って問題になったりしない?魔族ってばれるのはまずいよね?」
「……」
「この黒い髪は……珍しいけどあり?俺は懐かしいんだけど……滅多に見ないけどなくはない?俺の街では見なかったんだよなあ……隠した方がいいかな……瞳はアウト?さすがにこの色はひとでは見ないよねえ」
「シャルうるさい」
「あっ」
名前呼べたじゃん!とはしゃぐ男がそれこそ鬱陶しい。
こっちはまだ食事中だというのに。
髪なんぞすきに切れば良いだろう。瞳の色も髪の色もどうだっていい。
どうせ魔族とばれようが、今のおれに相手をどうにかする魔力はない。
……いや、それがまずいのか?魔力がない場所で魔族とばれたらニンゲンに殺されるのか?それは面白くない。
そう考えていると、足りた?とシャルルが訊く。
何が、と思って、自分の手元を見て、ああ、食事がってことか、と最後の魚を渡されて気付いた。
シャルルは食べたのかな、自分の食事に夢中でそっちは気付いてなかった。弱肉強食だ、仕方ない、食べるのが遅い方が悪い。
「……足りない」
「本当に燃費悪いね」
「ネンピ」
「んー、魔力あげようか?」
「いいっ」
少し考えたように間を置いてにこりと笑うシャルルにそっぽを向く。
あんな方法が魔力を渡す方法だというなら、なるべく避けたい。おれだって知ってる、あれがニンゲンの好意を持つもの同士の行為だってこと。
それが誰にでもしていいものではないということ。
「何かあったかなあ……明日街に着くとして夜の分は取っておかなきゃだし……果物くらいしか」
「なにそれ」
「なにって果物だけど?魔界にはない?あ、黒いのしか食べたことないんだっけ?」
「……そうじゃなくて」
今、何もない空間から取り出したように見えた。
それは魔法なのだろうか。そんな魔法もあるのか。
取り出した緑の果実を軽く拭うと、はい、とおれに渡してくる。そのまま齧っていいよ、と。
……本当なら、ちゃんと確かめないといけないんだと思う。でも今のおれに毒が入ってないかなんて調べる術もないし、出されてきた食事に怪しいものはなかった。スープは熱かったけれど。
熱い食べ物があるなんて知らなかったから何事かと思ったけれど、それはどうやら普通らしい。さっきの魚だって熱く焼かれたものだった。……冷ましてから渡してくれるけど。
がぶりと齧り付くと、甘くて少し不思議な味のする汁が垂れる。どういうことか訊いてみると、それは酸味だと返ってきた。なるほど、よくわからん。けど美味しい。
こんなものがたくさんあるのなら、シャルルに着いて行っても悪くないのかもしれない。
11
お気に入りに追加
246
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
キスから始まる主従契約
毒島らいおん
BL
異世界に召喚された挙げ句に、間違いだったと言われて見捨てられた葵。そんな葵を助けてくれたのは、美貌の公爵ローレルだった。
ローレルの優しげな雰囲気に葵は惹かれる。しかも向こうからキスをしてきて葵は有頂天になるが、それは魔法で主従契約を結ぶためだった。
しかも週に1回キスをしないと死んでしまう、とんでもないもので――。
◯
それでもなんとか彼に好かれようとがんばる葵と、実は腹黒いうえに秘密を抱えているローレルが、過去やら危機やらを乗り越えて、最後には最高の伴侶なるお話。
(全48話・毎日12時に更新)
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
貧乏育ちの私が転生したらお姫様になっていましたが、貧乏王国だったのでスローライフをしながらお金を稼ぐべく姫が自らキリキリ働きます!
Levi
ファンタジー
前世は日本で超絶貧乏家庭に育った美樹は、ひょんなことから異世界で覚醒。そして姫として生まれ変わっているのを知ったけど、その国は超絶貧乏王国。 美樹は貧乏生活でのノウハウで王国を救おうと心に決めた!
※エブリスタさん版をベースに、一部少し文字を足したり引いたり直したりしています
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
オタクおばさん転生する
ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。
天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。
投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる