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じゅういち

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 ◆◆◆

「美味い?」
「んまい」
「骨あるからね、ゆっくり食べな」
「んう」

 ご丁寧に少し冷まされた焼いた魚。焼かれただけの魚が美味い。いい具合の焼き加減。
 不思議だ。
 あの小屋で出された白いスープ、白いパン、甘いパン、甘いミルク。
 魔王城で口にしていた黒いものと違い、綺麗な色をしていた。ニンゲンっていうのは毎日美味いものを食べていたんだなあ……やっぱりニンゲンずるい。ついそう思ってしまう。

「街に着いたらもっと色々あるよ」
「え」
「俺簡単なものしか作れないし。ジャムが気に入ったみたいだし、甘い物がすきなのかな、美味しいの探そうか」
「お前……」
「シャルル」
「しゃう……、う、る、なんでそんな……」

 まるで全て見抜かれているかのようにシャルルが笑う。
 おれが悪いことしないか見張りと、おれの魔力がないから仕方なしについてきてるだけ、それなのに、なんでおれのことを気にするんだろう。
 ニンゲンは本当にわからない、ずっとずっとずっと、何十年、百年以上見てきて、それでも。

「魔王なのに、おれ」
「……なんだろね、平和ボケしてんのかな、魔王さまっていうくせにひとひとり殺せなさそうなんだもん」
「……」
「ねえ、ノエってどう」
「のえ」

 ふ、とまたシャルルが瞳を細めた。その表情にどきりとしてしまう。
 おれに向けられたことのない表情だったから。
 そんな風に、おれに対して穏やかな笑い方をするニンゲンは勿論、周りの者だって、今まで……

「俺といる間は魔王さまはお休み。一緒に旅をする相方、ノエ」
「あいかた……」
「悪いことしたら怒るしお仕置するけどね」
「は」
「その分良い子でいたらご褒美あげる」

 美味しいものも、魔力も、ノエにあげるよ、そう微笑むニンゲンなんて、そんなものは、存在しなかった。
 というか、おれがちゃんとニンゲンと対面したのはおれを殺したあの勇者とシャルルだけだ。
 他はおれが一方的に遠くから見ていただけ。

「別に……すきにすれば」
「うん、そうする。まずは」
「ん」
「その鬱陶しい髪切っていい?」
「へあ」

 前髪を長い指が掠め、翠の瞳が覗く。じいっとおれのかおを見て、短い方がかわいいよ、と言う。
 慌ててその手を撥ねた。
 こいつはすぐそういうことを言う、おれのことを愛玩動物かなにかと思っているのだろうか。
 食べ終わってからでいいよ、と言うけれど、そういう問題ではない。じゃなくて、すきにすればというのは呼び方であって、何でもすきにしろって意味ではない。

「食べる時とか邪魔そ……じゃなくて、ノエは短い方が似合うと思うな~」
「……」
「前髪は少し長めの方がその紅い瞳を隠せるかな、珍しいと思ったけど、魔王さまだからそんな色なのかな」
「……」
「このままで街行って問題になったりしない?魔族ってばれるのはまずいよね?」
「……」
「この黒い髪は……珍しいけどあり?俺は懐かしいんだけど……滅多に見ないけどなくはない?俺の街では見なかったんだよなあ……隠した方がいいかな……瞳はアウト?さすがにこの色はひとでは見ないよねえ」
「シャルうるさい」
「あっ」

 名前呼べたじゃん!とはしゃぐ男がそれこそ鬱陶しい。
 こっちはまだ食事中だというのに。
 髪なんぞすきに切れば良いだろう。瞳の色も髪の色もどうだっていい。
 どうせ魔族とばれようが、今のおれに相手をどうにかする魔力はない。
 ……いや、それがまずいのか?魔力がない場所で魔族とばれたらニンゲンに殺されるのか?それは面白くない。
 そう考えていると、足りた?とシャルルが訊く。
 何が、と思って、自分の手元を見て、ああ、食事がってことか、と最後の魚を渡されて気付いた。
 シャルルは食べたのかな、自分の食事に夢中でそっちは気付いてなかった。弱肉強食だ、仕方ない、食べるのが遅い方が悪い。

「……足りない」
「本当に燃費悪いね」
「ネンピ」
「んー、魔力あげようか?」
「いいっ」

 少し考えたように間を置いてにこりと笑うシャルルにそっぽを向く。
 あんな方法が魔力を渡す方法だというなら、なるべく避けたい。おれだって知ってる、あれがニンゲンの好意を持つもの同士の行為だってこと。
 それが誰にでもしていいものではないということ。

「何かあったかなあ……明日街に着くとして夜の分は取っておかなきゃだし……果物くらいしか」
「なにそれ」
「なにって果物だけど?魔界にはない?あ、黒いのしか食べたことないんだっけ?」
「……そうじゃなくて」

 今、何もない空間から取り出したように見えた。
 それは魔法なのだろうか。そんな魔法もあるのか。
 取り出した緑の果実を軽く拭うと、はい、とおれに渡してくる。そのまま齧っていいよ、と。
 ……本当なら、ちゃんと確かめないといけないんだと思う。でも今のおれに毒が入ってないかなんて調べる術もないし、出されてきた食事に怪しいものはなかった。スープは熱かったけれど。
 熱い食べ物があるなんて知らなかったから何事かと思ったけれど、それはどうやら普通らしい。さっきの魚だって熱く焼かれたものだった。……冷ましてから渡してくれるけど。
 がぶりと齧り付くと、甘くて少し不思議な味のする汁が垂れる。どういうことか訊いてみると、それは酸味だと返ってきた。なるほど、よくわからん。けど美味しい。
 こんなものがたくさんあるのなら、シャルルに着いて行っても悪くないのかもしれない。
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