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 ◇◇◇

 結果的にいうと、鍋はすっからかん、パンも持ってきたものは全て食べきってしまった。その殆どが、目の前の少年の胃に消えた。
 初めて間近で大食い選手を見てしまった。不思議だ、腹も出ている様子もなく、苦しそうな様子もない。
 あの量がどこに消えたというのだろう。

「……美味しかった?」
「はじめてこんなの食べた!」
「んー、まああの食いっぷり凄かったからなあ……普段何食べてんの?」
「名前は知らない」
「名前?」
「なんか……黒いやつ」

 これくらいの、と両手の細い指で四角だか丸だかを作って見せるけれど、そんな情報では全くわからない。よっぽど酷いものでも食べさせられてたんだろうか。
 黒い料理なんてぱっと思いつくことが出来ない。イカ墨パスタくらいしか。

「どっから来たの」
「わかんない」
「……俺もうここ出るけど、どうすんの」
「ここに住んでるんじゃないのか?」
「空き家だよ、俺が少し補修しただけ。だから暫くはここにいていいかもしんないけど」
「でも出ていくの?」
「用事があるからね」
「そっか……」

 目に見えてしゅん、とする。
 そりゃ俺だってここに置いてくのは心苦しいよ。ものを知らない食いしん坊がここで数日でも生きていける気がしない。なんにも持ってないようだし。
 でもなあ、素性も知らない子に一緒に行くのか誘うのも……
 向こうの世界なら誘拐や犯罪ととられてもおかしくない。
 いや、こっちの世界だとそうはならんだろうけれど。

 どこから来たのかわからない、というのも、本当か嘘かわからない。でも嘘を吐いてるようにも見えない。
 ……どうしようかなあ。
 ちょっとこの子は置いてくの……心配だなあ。

「本当にわかんないの?」
「……?」
「そこで倒れてた理由」
「……うん」
「追われてたとか、逃げてきたとか」
「起きたらあそこにいた」
「ほんとに?」
「……」

 紅い瞳がしつこい、というようにじいと俺を見つめる。
 その瞳には焦りや怯えはやはり見えなくて、でもだからといって安心して置いてくね、とは言える程強くはない。
 むうと唇を尖らせてはいるけれど、段々と本当に置いていかれるのかと不安になってきたのか、視線に力がなくなってきて、またしょんぼりとしてしまう。
 俺は悪くない筈なのに、罪悪感がすごい。外に倒れてるのを拾って食事をさせただけなのに。良い事しかしてないのに。
 俺から口にするのも駄目な気がするのに。

「……一緒に来る?」

 弟たちを思い出して、拾った猫を思い出して、つい、そう誘ってしまった。
 ……そう誘ってから、俺が今から行くのはドラゴン退治であって、誰かを誘うのはおかしいよなあと思い出す。危険な場所だ、着いてこられる方が困る。
 ああでもひとりで置いてけないし、どこか街につれてってそこで別れる?うちに戻って家に預けていく?素性の知れない子を?
 孤児院に預けるような歳ではない、何か仕事を斡旋してもらえるようなところへ?この子仕事出来るのか?

「……」
「……」
「……一緒にいくの、いやそう」
「えっ」
「いい、いっしょ、いかない」
「えー……」

 どうやら悩んでいたのが表情に出ていたようだ。拗ねたこどものようにぷいとかおを逸らされてしまう。
 一緒に行かない?あっ良かった~!とはならない。生憎そこまで冷たくなれない性分なもので。
 慌ててここに残るの?行く宛てあるの?と確認するが、むうと頬を膨らませたまま俯いている。
 ああ、妹が泣く前にしていた表情とそっくりだ。止めてくれ、泣かれるのは慣れているが、平気な訳ではないんだ。

「やっ、俺、えっと、誘った手前悪いんだけどさ、ドラゴン退治に行かなきゃいけないんだよ、危ないでしょ、それで、ね、考えちゃってさ、ねっ」
「……ドラゴン?退治……?」

 ぱっとかおを上げ、あやすように言う俺に信じられない、という表情を向ける。
 そりゃあそうだ、俺のことを知らないひとからしたら死ぬ気か?とでも思われるだろう。
 そう思っていたら、何を考えてるんだ!と怒鳴られてしまった。
 思わずへっと間抜けな声が出た。

「あんなに頭が良い生き物をなんで!」
「え、あ、最近被害があるらしくて、それで」
「何かの間違いだ、おれが話をしにいく!」
「えっ」
「これだからニンゲンは!」
「ええ……」

 さっきまで泣く手前だったとは思えない程、まるでぷんぷん!と後ろに文字が見えそうなくらい頬を膨らませて俺を睨みつける。
 ころころ表情の変わる……というか、情緒の変わりやすい子だ、大丈夫かこの子、と心配になってしまう。

「危ないよ、わかってんの、ドラゴン。でっかくて火を吹いたり踏み潰されたりされちゃうよ」

 そう言ってはみたものの、俺だって知らない。この世界のドラゴンなんてまだ話でしか聞いたことない。
 俺の知識は前の世界のファンタジーのものだ、まあこの世界だってゲームの中みたいなものだし、そう変わらんだろう、多分。
 ……舐めてる訳ではないけど。

「……お前」
「年上のひとにお前なんて言うんじゃないよ」
「アイツに似てる」
「誰、アイツって」

 今更のように、俺のかおをじいと見てそんなことを呟く。つい先程までかわいらしいと思っていたのに、その評価が反転する。
 ルビーのような紅い瞳がぎらっとした気がして、背中がぞくりと寒くなる。
 俺は知らない、こんな瞳を、見たことが、ない。

「……おれを、殺しに来た勇者」
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