上 下
1 / 143
1

1

しおりを挟む
 自分の人生、順風満帆とはいかなくても、神を恨む程不満があった訳じゃあない。
 ただ少し、漫画やゲームのような、突拍子もないことがおきたら面白いのに、と思ったことくらいはある。多分それは大体の人類が妄想したことはある、と思う。
 次の人生のこととか、誰かの人生と交換したいだとか。
 でもそんなのはただの妄想だ、有り得ないことだから、有り得ないことを想像して癒される、それだけの筈だった。
 実際に自分が死ぬなんて経験をするまでは。


 ◇◇◇

 二年前。
 俺は所謂社畜、夢も希望もない連勤真っ只中の社会人だった。
 押し付けられた仕事に後輩のやらかし、不機嫌な上司に自分の仕事が重なってもう今月何度目かの朝帰り。俺だってまだ働き出して数年の新米の部類だというのに。
 一回家に帰って、シャワーを浴びて着替えて、二時間くらい仮眠出来るかなあ、仕事行きたくねえなあ、ああもう葉桜だ、花見なんて当然のように行けなかったなあって、ぼんやり上を見て歩いていた。
 酒が飲みたい。仕事帰り、こんな朝っぱらから飲めたら気持ちいいだろうなあ。無理だけどさあ。
 今朝、いやもう昨日なんだけど。丸一日過ぎてんだけど。とにかく朝見たテレビの占いは最下位だった。ラッキーアイテムはチョコレート。そういえば女子社員からお土産に貰ったチョコクッキー、まだ鞄の中で眠ってたっけ。粉々になってないかな。
 気にする程ではない占い、でも一位や最下位だと少し気にしてしまう。面倒なことが起きそうな、逆に願ってしまいそうな、そんな気配。そう眠い頭で考えていた俺に、トラックが落ちてきた。

 ……トラックが、落ちて、きた。
 え、何で?と思う間もなく、俺の意識はそこで消えて、次に目を開けた時には真っ白なよくわからない空間の中、コスプレかというような白く長い髪の多分女性、が土下座して泣いていた。

「……どこだ、ここ」
『ごめんなさいい』
「……誰?」
『犯人ですうう』
「なんの?」

 夢かな、何だろこれ、あまりの眠気に倒れてしまったのかな、欲に負けてつい酒でも飲んでしまったかなと戸惑いつつも、目の前で泣いてる女性に冷たくすることも出来ず、わああと号泣している彼女が落ち着くまで待った。
 周りを見ても、何もない、ただ真っ白の……発光したような、不思議な場所。
 ……あれ、俺、もしかして死んだ?
 そういや、トラックが落ちてきて……トラックがええと、トラックが、落ち……

「なんでトラックが落ちてくんだよ!」
『私のせいですぅごめんなさいいぃ』
「は?」
『落とすつもりはなかったんです、ただ横から出そうとしたらあ……』

 上に出しちゃいましたあ、とやっと上げた綺麗な顔は歪められている。
 お、美少女だ、とこんな時に思ってしまう。
 天使かな?俺死んだんだな?いや、待て、トラック落としたのが彼女なら天使じゃなく死神か?その割には肌も髪も服も全部真っ白で、死神ってイメージではないんだけど。いやいやかわいーなおい。
 混乱する俺に、美少女は言いにくそうに口を開いた。

『本当はですね、貴方の前を歩いてた女性を轢く筈だったんです、でもっ、でも、トラック、違うとこ出しちゃってえ……対象を飛び越えて、貴方に当たっちゃいました……』
「えっ俺とばっちりで死んだん!?」
『ごめんなさい~!』
「ごめんなさいじゃ済まないよね!?」

 幾ら美少女でもやっていいことと悪いことがある。
 天使だろうが死神だろうが、間違えて違う相手を殺すなんて駄目に決まっている。だから泣いて謝ってるんだろうけど。いや殺すこと自体がだめなんだけど。

「元に戻ることは」
『ごめんなさいごめんなさい生き返らせることは出来ないんですう!』
「……でしょうね……でしょうね!」

 確かに俺の前を歩いていた女子高生がいた。妹と歳の近い、まだ若い彼女が無事で良かったといえばそうなんだけど、でも間違って殺されるなんて、おれの人生なんだったんだろうな……打ち切りか。いやあんな生活をリセット出来てよかったのか?一応転職だって考えてはいたけどそんな暇もなくて……
 そんなことを考えて落ち込んでいると、真っ白な女性は焦ったような声で、だからお詫びです!と俺の肩を叩いた。あ、触れられるんだ……結構力加減強かったぞ。

「お詫び?」
『そうです、普段なら選べないんですけど、今回は特別です!』
「特別……」
『ええ、私、転生者の案内をする女神なんです!』
「女神……」

 言われたら女神っぽい、神々しい見た目をしている。ただ中身が伴ってないだけで。
 ……中身が伴ってない女神って。案内人には向かないと思うが。いいのか。

「転生者……」
『貴方の世界ではよくあることでしょう?』
「そりゃあ……漫画とかの中ではね?あ、だからトラック?お決まりなの?」
『説明が楽で助かるんですよねえ』
「そんな理由で?」
『あっいえ、他にも理由はありますよお!ただ私の説明が楽ってだけです~』

 成程これはぽんこつ女神。お前は女神になりたてか?ド新人か?やらかしまくりの後輩を思い出してげんなりした。
 そんな俺の表情に気付かずか敢えてのスルーか、彼女はつらつらと説明をしていく。

『今回はですねえ、とある国にもう少しで災いが起きるので、それを止めるための聖女召喚だったんですね』
「トラックに轢かれて聖女召喚って」
『でもこれは女性限定だったのでえ……貴方には他によっつから選んで貰いますね』
「あっはい、転生……?は確定なんだ……」
『ひとつめはですね、とある国の第五王子なのですが、隣国の王女を助けて国を立て直す役なんですね』
「役って……まあわかりやすいけど」
『ふたつめは、最強の魔法使いなんですけど、その分敵も多くて、弟子を育てつつ不穏分子も取り除いていくお仕事です』
「お仕事」
『みっつめはー、悪役が美少女を侍らせて世界征服するんですけど、あの、その、あまり酷いようにはしないでほしいんですよねえ、所謂ハーレム状態を楽しみつつ、グロNGの方向でえ……私だめなんです、そういうの』
「悪役……ライトノベル……いや君の趣味関係ある?」
『よっつめは、最後の勇者がドラゴンを倒して世界を救うお話ですう』
「話って言っちゃった」

 さあどれが良いですか、と訊かれても。
 ひとつめは、王女を助ける王子様なんて格好良いけど、俺の知識で国を立て直せる気がしない。あと単純にもう面倒な仕事をしたくない。
 ふたつめは、最強の魔法使いなんて格好良いし、弟子と楽しくやるのもいいけど、敵が多いというのは気になる。安心して生活出来ないじゃないか。俺は安眠したい。
 みっつめも、男としては魅力的。魅力的なんだけど……美少女を侍らせて世界征服なんて面倒……いや、グロNGといえど他人にあまり酷いことはしたくない。痛めつけたりとか、そんな趣味はない、俺だって。
 そうなると選択肢はひとつである。

「よっつめにするかな」
『勇者さまのお話ですねえ』
「最後の勇者ってのが最高に厨二心を擽るなって」

 勇者、だけでもわくわくするのに、最後の、がついちゃったらもう、そんなんすっごい強そうじゃないか!世界を救うってのが国を立て直すより面倒くさそうだけど。でも現実寄りとゲーム寄りの差っていうか……
 ドラゴンは正直恐ろしいけど、でもそんなのを楽に倒せるくらい強いんだろう。
 他の選択肢もそれなりに魅力があるところはあるけど、最後の勇者なんて、強くて格好良いし、それなりにモテるし食いっぱぐれもないだろう、俺は少年の夢として、勇者を選びたい。
 忘れていた少年の心が疼くようだ。そんな歳ではないというのは置いておいて。

『お話のわかる方で良かったあ、ではでは、新しい生活を楽しんで下さいね、いってらっしゃいませ!うふふ』
「えっ待ってちゃんと説明……」

 ……をされないまま、ぽんこつ女神が笑顔で手を振った瞬間、俺はこの世界で瞳を開けていた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

貧乏育ちの私が転生したらお姫様になっていましたが、貧乏王国だったのでスローライフをしながらお金を稼ぐべく姫が自らキリキリ働きます!

Levi
ファンタジー
前世は日本で超絶貧乏家庭に育った美樹は、ひょんなことから異世界で覚醒。そして姫として生まれ変わっているのを知ったけど、その国は超絶貧乏王国。 美樹は貧乏生活でのノウハウで王国を救おうと心に決めた! ※エブリスタさん版をベースに、一部少し文字を足したり引いたり直したりしています

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~

ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。 *マークはR回。(後半になります) ・毎日更新。投稿時間を朝と夜にします。どうぞ最後までよろしくお願いします。 ・ご都合主義のなーろっぱです。 ・第12回BL大賞にエントリーしました。攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。 腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手) ・イラストは青城硝子先生です。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

処理中です...