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そのジルの手をあたためるように握り返して、口元だけでも笑みを作る。
ちゃんとできてるかはわからないんだけど。
震える遥陽の手は、解いて腕をぎゅうと巻いた。
華奢な肩がびく、と揺れて、それから同じように腕に抱きついてくる。
大丈夫だ、こんなにくっついてたらこわくない、こわくない、こわくない、大丈夫だ、こわくない、
さあ、と一際強い風が吹いて、思わず瞳を瞑ってしまう。
すぐに瞳を開けたけど、その時には既にもうひとりだった。
「……!?」
握ってた筈のジルの手も、絡めていた筈の遥陽の腕もない。
誰の声も風に乗らない。
息を呑む音と、心臓の音だけが耳に届いた。
この一瞬で消えたのは、おれの方なのか他の皆なのか、ここが現実なのかもわからない。
ただ、なんとなくわかるのは、あの時と同じような空気であること。
不思議な、変な気配。
姿が見えないだけ、誰の姿も、見えない。でもいる、近くに。
「ちゃんとお別れは言えた?」
「うあ」
「さよならって」
背後から冷たい手が頬を掴んだ。
……魔女だ。
顔が見えなくても、 あのひやりと刺す声を忘れることが出来ない。
……言わなきゃ、帰りたくない、帰らないって、言わなきゃ。
わかってるんだけど、さっきまであった体温が心細い。
喉がしまって声が出ない。ひゅ、という息だけが漏れる。
得体の知れない力がこわい。
「お見送りいっぱい来てくれたのに見せてあげられないでごめんね、煩そうだからこれでいいよね」
「あ、あの」
「……ねえ、声が小さくて聞こえない」
少し苛ついたような声が耳元から離れる。
さっきまで遥陽がいたベンチに、黒髪の少年が腰を掛け、傍のカップに口を付け、温いとと文句を言った。
あの日見た姿と変わらない。
ビー玉のような大きな瞳がおれを捉えて、満足そうに細くなる。
……おれの怯えてる姿が面白いのだろうか。
「あのっ」
「なぁに」
「おはなしっ、しませんか」
「えー、別にないよ、話なんか」
にべもなく断られて、焦ったおれは魔女の手を掴んだ。
細い指先は冷たい。
お願いします、と言うと、話すことなんてないでしょ、と鼻白んだように返される。
手強い。
でもどうにか引き伸ばしたくて、何かいい案が欲しくて、震える声で、話すことはたくさんあります、と適当なことを口にする。
「面白い話?それなら聞いてあげてもいいよ、時間はたくさんあるしね」
足を組んで、どうぞ、と促されたけど、面白い話なぞない。
数秒、何も言えずにいて、それでもやっぱり浮かばない。
面白い話ってどういう話?笑える話?得になる話?
そんな話を魔女にしてどうなるってんだ?
「おれっ……あの、か、帰らないです」
「帰らない?」
「は、はい、ここ、残ります、こっち、に」
「なんで?向こうには家族もいるでしょ?捨てるの?」
「捨てる、とかじゃなくて」
「こっちに残るってことは向こうの世界を捨てるってことだよ、ね、わかってる?仲悪いの?家族捨てちゃうなんてすごいね、ふふ、向こうにしかない生活や人間関係を捨てる程こっちが魅力的なの?そんなに?」
多分、わざとそんな言い方をしてる。罪悪感を煽るように。
「だめだよ、一時の感情にそんなに揺れちゃあ。ここで一生生きていくの?後悔しない?帰れるのはこれが正真正銘ラストチャンスだよ、会えなくていいの?家族に、向こうに残してきたものたちに」
「……っ」
「冷たい子」
耳に残る冷たい声。
わかってる、これが魔女のやり方だし、おれが冷たいのもわかってる。
わかってるのに、また涙が出る。
「は、遥陽、を、ひとりに」
「神子様をひとりにしたくないから家族を捨てるんだ、親は子供が消えて悲しんで苦しんでるかもしれないのに?」
「……あ、あ」
「大丈夫だよ、神子様も元気にやってるじゃない、ね、キミがいなくても大丈夫」
「……っ」
「違うよね?神子様を言い訳にしてるだけだよねえ」
魔女の指がおれの顔に伸びて、涙を頬に広げるように動かす。
頬が冷たい。
「お、おれが、遥陽と、ジルと、い、いたい……」
「自分の欲の為に他を捨てるんだからにんげんってほんと欲深いね」
「ごめっ、なさい……」
「あはは、謝らなくていいよ、正直な子は嫌いじゃない」
「……」
「でもそれとこれとは話は別だよね、キミがここに居たくてもこの世界にキミは要らないから。帰ってもらわなきゃ」
「やだ……」
「そんな子供みたいに駄々捏ねられても」
溜息を吐いて、眉を寄せる。
お願いをしても、魔女の得にはならない、許して貰えない。
「おれ、ここに残る為にはどうしたら、いい、ですかっ……」
「えー、自分で考えられないの?僕に委ねたら帰ってもらう一択だよ」
ほら、僕を楽しませて、悦ばせてよ、と意地悪に笑う。
魔女の求めてるものがわからなくて、頭を必死に動かす。
わからない、わからない、魔女に、どうしたらここに居ることを許して貰える?
力を使わないようにする?それは他のひとに許される?
おれがここに居ていい理由は何?要らないやつがここに居ていい何かはある?
ちゃんとできてるかはわからないんだけど。
震える遥陽の手は、解いて腕をぎゅうと巻いた。
華奢な肩がびく、と揺れて、それから同じように腕に抱きついてくる。
大丈夫だ、こんなにくっついてたらこわくない、こわくない、こわくない、大丈夫だ、こわくない、
さあ、と一際強い風が吹いて、思わず瞳を瞑ってしまう。
すぐに瞳を開けたけど、その時には既にもうひとりだった。
「……!?」
握ってた筈のジルの手も、絡めていた筈の遥陽の腕もない。
誰の声も風に乗らない。
息を呑む音と、心臓の音だけが耳に届いた。
この一瞬で消えたのは、おれの方なのか他の皆なのか、ここが現実なのかもわからない。
ただ、なんとなくわかるのは、あの時と同じような空気であること。
不思議な、変な気配。
姿が見えないだけ、誰の姿も、見えない。でもいる、近くに。
「ちゃんとお別れは言えた?」
「うあ」
「さよならって」
背後から冷たい手が頬を掴んだ。
……魔女だ。
顔が見えなくても、 あのひやりと刺す声を忘れることが出来ない。
……言わなきゃ、帰りたくない、帰らないって、言わなきゃ。
わかってるんだけど、さっきまであった体温が心細い。
喉がしまって声が出ない。ひゅ、という息だけが漏れる。
得体の知れない力がこわい。
「お見送りいっぱい来てくれたのに見せてあげられないでごめんね、煩そうだからこれでいいよね」
「あ、あの」
「……ねえ、声が小さくて聞こえない」
少し苛ついたような声が耳元から離れる。
さっきまで遥陽がいたベンチに、黒髪の少年が腰を掛け、傍のカップに口を付け、温いとと文句を言った。
あの日見た姿と変わらない。
ビー玉のような大きな瞳がおれを捉えて、満足そうに細くなる。
……おれの怯えてる姿が面白いのだろうか。
「あのっ」
「なぁに」
「おはなしっ、しませんか」
「えー、別にないよ、話なんか」
にべもなく断られて、焦ったおれは魔女の手を掴んだ。
細い指先は冷たい。
お願いします、と言うと、話すことなんてないでしょ、と鼻白んだように返される。
手強い。
でもどうにか引き伸ばしたくて、何かいい案が欲しくて、震える声で、話すことはたくさんあります、と適当なことを口にする。
「面白い話?それなら聞いてあげてもいいよ、時間はたくさんあるしね」
足を組んで、どうぞ、と促されたけど、面白い話なぞない。
数秒、何も言えずにいて、それでもやっぱり浮かばない。
面白い話ってどういう話?笑える話?得になる話?
そんな話を魔女にしてどうなるってんだ?
「おれっ……あの、か、帰らないです」
「帰らない?」
「は、はい、ここ、残ります、こっち、に」
「なんで?向こうには家族もいるでしょ?捨てるの?」
「捨てる、とかじゃなくて」
「こっちに残るってことは向こうの世界を捨てるってことだよ、ね、わかってる?仲悪いの?家族捨てちゃうなんてすごいね、ふふ、向こうにしかない生活や人間関係を捨てる程こっちが魅力的なの?そんなに?」
多分、わざとそんな言い方をしてる。罪悪感を煽るように。
「だめだよ、一時の感情にそんなに揺れちゃあ。ここで一生生きていくの?後悔しない?帰れるのはこれが正真正銘ラストチャンスだよ、会えなくていいの?家族に、向こうに残してきたものたちに」
「……っ」
「冷たい子」
耳に残る冷たい声。
わかってる、これが魔女のやり方だし、おれが冷たいのもわかってる。
わかってるのに、また涙が出る。
「は、遥陽、を、ひとりに」
「神子様をひとりにしたくないから家族を捨てるんだ、親は子供が消えて悲しんで苦しんでるかもしれないのに?」
「……あ、あ」
「大丈夫だよ、神子様も元気にやってるじゃない、ね、キミがいなくても大丈夫」
「……っ」
「違うよね?神子様を言い訳にしてるだけだよねえ」
魔女の指がおれの顔に伸びて、涙を頬に広げるように動かす。
頬が冷たい。
「お、おれが、遥陽と、ジルと、い、いたい……」
「自分の欲の為に他を捨てるんだからにんげんってほんと欲深いね」
「ごめっ、なさい……」
「あはは、謝らなくていいよ、正直な子は嫌いじゃない」
「……」
「でもそれとこれとは話は別だよね、キミがここに居たくてもこの世界にキミは要らないから。帰ってもらわなきゃ」
「やだ……」
「そんな子供みたいに駄々捏ねられても」
溜息を吐いて、眉を寄せる。
お願いをしても、魔女の得にはならない、許して貰えない。
「おれ、ここに残る為にはどうしたら、いい、ですかっ……」
「えー、自分で考えられないの?僕に委ねたら帰ってもらう一択だよ」
ほら、僕を楽しませて、悦ばせてよ、と意地悪に笑う。
魔女の求めてるものがわからなくて、頭を必死に動かす。
わからない、わからない、魔女に、どうしたらここに居ることを許して貰える?
力を使わないようにする?それは他のひとに許される?
おれがここに居ていい理由は何?要らないやつがここに居ていい何かはある?
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