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 ◇◇◇

「あらまあ酷い顔、面白くないことでもあったのかしら」

 そんな声で迎えてくれたシャノン様は、研究室のようなこの無機質な建物には似合わない綺麗な薄紫のドレスを揺らす。
 中へどうぞと促されて、モーリスさんを置いて遥陽とふたりで奥に入っていく。

「お土産ねえ……選んだのはモーリスでしょう」

 ……ばれてる。
 あのばたばたしてた状況で、先に買っていたキャロルや遥陽以外へのお土産なんて、おれたちの頭からはすっぽり抜けていた。
 モーリスさんが適当に見繕ってくれていなければ、手ぶらで挨拶に来る羽目になっていた。
 幾らお飾りの婚約者で、ドレスなんかの装飾品を送る間柄ではないとしても、何も用意しないのはちょっと……ただのお菓子なんですけど。

「丁度いいわ、お茶にでもしましょう」

 シャノン様はおれたちを窓際のソファに座らせると、そう言って茶器に細い指を伸ばす。凛とした背中が眩しい。
 手伝いは断られてしまい、そわそわした気持ちのまま、柔らかいかおりを待った。

「どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」

 おれと遥陽が口を付けるのを待って、カップを置いてから、単刀直入になんの話かしら、と笑う。
 流石というか、おれがわかりやすいのか。
 キャロルには話せなかったけど、シャノン様には相談したかった。こちらのタイミングではなかったけど、引っ張ることでもないから、素直に魔女の話をすると、大きな瞳を更に大きく丸くして、会ったの!?と大きな声を出した。

「魔女……訊いたの、呪いの話を?」
「……ごめんなさい、呪いの話は出来なくて」

 ただおれが要らないとか元の世界に戻すといった話だけ。
 肝心の話がなくて、不機嫌になるかと思った。
 けどそんなことはなく、シャノン様の瞳の奥には心配の色が滲んでいて、きつく見えるけどちゃんと優しいひとだというのがわかる。

「何かされたことは?」
「いえ、えっと、特には」
「一週間……じゃああと……ふつか?みっか?夜かしら、日中かしら……いつ……ここに来るのかしら」

 ぶつぶつ呟くシャノン様に、何も情報提供が出来ない。
 魔女と話をしたのは精々数十分。
 見た目と空気がこわかった、以外に言うことがない。

「つまりユキは帰りたくない、のね?」
「……はい」
「まだふつかは猶予があるのでしょう、決めちゃって大丈夫なの?」
「……はい」
「変な子ねえ」

 普通は戻りたいでしょうに、と瞳を細めた。
 シャノン様に言うのは少し、躊躇った。けれど視線は逸らさずに、ジルと遥陽といたい、と言うと、そう、と微笑んだ。

「……ごめんなさい」
「何故謝るの、あたしはジル様にそんな感情はないと言ってるでしょう」
「……でも」
「いい、あたしはこの話が気になるだけ。ロザリー様の呪いが、キャロルの呪いが、魔女の呪いが。謝るならもっとだいじな話をしなさい」

 そんなことを言われても……

「魔女とはそんなに……」
「何かかわったことは?」
「特に……」
「本当に?」
「う……そう言われると……あ、でも」

 魔女と会う前からだから関係ないと思うんだけど、とたまに夢にロザリー様が現れては何か言うけど声が聞こえないことを話してみる。
 おれを助けようとしてくれてたのか、魔女と会って気を失った時にも、何か怒鳴るような……

「夢……」
「何か意味があったりしますか?前の世界では夢占いとかもあって……どういう意味かとかは知らないけど」
「夢っていうのは結局意識だから」
「……?」
「魔力が高ければ他人に干渉することも可能……かしら、でもロザリー様はもう……魔女が?いやでもそれだとユキを助けるというのは……」

 また呟いて、落ち着かないのかそわそわと周りを歩き出した。

「誰かがユキに見せてるとは思えない……意味がわからないもの、でも魔女がそんな助けるようなことをするなんて、それなら一週間の猶予とか出さずにユキの意見を聞けばいい訳だし、やっぱりロザリー様……」

 おれに向き直って、どういう時にその夢を見るのかと問う。
 どういう時って……
 最初は初めて力を使う為に街に行った時。
 庭と同じ薔薇が植えてあって、なんともいえない気持ちになった。
 愛されてるんだなってあったかい気持ちになった。
 それから何度か見たけど、特に共通することはないと思う。
 旅先でも、別館に戻ってからも見た。
 縁があるといえばそうなのかもしれないけど、でもそこまでだいじなことだとは想わない。
 後は猫の声はするくらいかな……毎回。

「猫……」

 物語の魔女の使い魔の猫が殺されたのはセルジュさんに聞いた。
 呪われてたロザリー様は猫のことをだいじにしていた。
 それだけで何かがわかる訳ではない。
 だって猫はかわいい。単純にそれだけでかわいがっていただけかもしれない。
 意味を無理矢理持たせるのは違う。
 呪われてたひとが魔女なんてことはそんな、ある訳ないと思う、家族のことを想って亡くなったひとが、魔女だったなんて訳はない。
 そんな訳はない。

「ロザリー様は魔女じゃないわ」
「あ、あ……で、ですよね……すみません、なんか、頭ぼおっとしてきちゃって」
「ロザリー様は魔力が高いだけよ、魔女というには……いえ、でも」

 ジルが燃やしたという日記を思い出す。今更言っても意味はないけど、残っていれば少しは解き明かせたのだろうか。
 ……燃やしたジルを責める気はないけれど。
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