132 / 161
132
しおりを挟む◇◇◇
「あらまあ酷い顔、面白くないことでもあったのかしら」
そんな声で迎えてくれたシャノン様は、研究室のようなこの無機質な建物には似合わない綺麗な薄紫のドレスを揺らす。
中へどうぞと促されて、モーリスさんを置いて遥陽とふたりで奥に入っていく。
「お土産ねえ……選んだのはモーリスでしょう」
……ばれてる。
あのばたばたしてた状況で、先に買っていたキャロルや遥陽以外へのお土産なんて、おれたちの頭からはすっぽり抜けていた。
モーリスさんが適当に見繕ってくれていなければ、手ぶらで挨拶に来る羽目になっていた。
幾らお飾りの婚約者で、ドレスなんかの装飾品を送る間柄ではないとしても、何も用意しないのはちょっと……ただのお菓子なんですけど。
「丁度いいわ、お茶にでもしましょう」
シャノン様はおれたちを窓際のソファに座らせると、そう言って茶器に細い指を伸ばす。凛とした背中が眩しい。
手伝いは断られてしまい、そわそわした気持ちのまま、柔らかいかおりを待った。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
おれと遥陽が口を付けるのを待って、カップを置いてから、単刀直入になんの話かしら、と笑う。
流石というか、おれがわかりやすいのか。
キャロルには話せなかったけど、シャノン様には相談したかった。こちらのタイミングではなかったけど、引っ張ることでもないから、素直に魔女の話をすると、大きな瞳を更に大きく丸くして、会ったの!?と大きな声を出した。
「魔女……訊いたの、呪いの話を?」
「……ごめんなさい、呪いの話は出来なくて」
ただおれが要らないとか元の世界に戻すといった話だけ。
肝心の話がなくて、不機嫌になるかと思った。
けどそんなことはなく、シャノン様の瞳の奥には心配の色が滲んでいて、きつく見えるけどちゃんと優しいひとだというのがわかる。
「何かされたことは?」
「いえ、えっと、特には」
「一週間……じゃああと……ふつか?みっか?夜かしら、日中かしら……いつ……ここに来るのかしら」
ぶつぶつ呟くシャノン様に、何も情報提供が出来ない。
魔女と話をしたのは精々数十分。
見た目と空気がこわかった、以外に言うことがない。
「つまりユキは帰りたくない、のね?」
「……はい」
「まだふつかは猶予があるのでしょう、決めちゃって大丈夫なの?」
「……はい」
「変な子ねえ」
普通は戻りたいでしょうに、と瞳を細めた。
シャノン様に言うのは少し、躊躇った。けれど視線は逸らさずに、ジルと遥陽といたい、と言うと、そう、と微笑んだ。
「……ごめんなさい」
「何故謝るの、あたしはジル様にそんな感情はないと言ってるでしょう」
「……でも」
「いい、あたしはこの話が気になるだけ。ロザリー様の呪いが、キャロルの呪いが、魔女の呪いが。謝るならもっとだいじな話をしなさい」
そんなことを言われても……
「魔女とはそんなに……」
「何かかわったことは?」
「特に……」
「本当に?」
「う……そう言われると……あ、でも」
魔女と会う前からだから関係ないと思うんだけど、とたまに夢にロザリー様が現れては何か言うけど声が聞こえないことを話してみる。
おれを助けようとしてくれてたのか、魔女と会って気を失った時にも、何か怒鳴るような……
「夢……」
「何か意味があったりしますか?前の世界では夢占いとかもあって……どういう意味かとかは知らないけど」
「夢っていうのは結局意識だから」
「……?」
「魔力が高ければ他人に干渉することも可能……かしら、でもロザリー様はもう……魔女が?いやでもそれだとユキを助けるというのは……」
また呟いて、落ち着かないのかそわそわと周りを歩き出した。
「誰かがユキに見せてるとは思えない……意味がわからないもの、でも魔女がそんな助けるようなことをするなんて、それなら一週間の猶予とか出さずにユキの意見を聞けばいい訳だし、やっぱりロザリー様……」
おれに向き直って、どういう時にその夢を見るのかと問う。
どういう時って……
最初は初めて力を使う為に街に行った時。
庭と同じ薔薇が植えてあって、なんともいえない気持ちになった。
愛されてるんだなってあったかい気持ちになった。
それから何度か見たけど、特に共通することはないと思う。
旅先でも、別館に戻ってからも見た。
縁があるといえばそうなのかもしれないけど、でもそこまでだいじなことだとは想わない。
後は猫の声はするくらいかな……毎回。
「猫……」
物語の魔女の使い魔の猫が殺されたのはセルジュさんに聞いた。
呪われてたロザリー様は猫のことをだいじにしていた。
それだけで何かがわかる訳ではない。
だって猫はかわいい。単純にそれだけでかわいがっていただけかもしれない。
意味を無理矢理持たせるのは違う。
呪われてたひとが魔女なんてことはそんな、ある訳ないと思う、家族のことを想って亡くなったひとが、魔女だったなんて訳はない。
そんな訳はない。
「ロザリー様は魔女じゃないわ」
「あ、あ……で、ですよね……すみません、なんか、頭ぼおっとしてきちゃって」
「ロザリー様は魔力が高いだけよ、魔女というには……いえ、でも」
ジルが燃やしたという日記を思い出す。今更言っても意味はないけど、残っていれば少しは解き明かせたのだろうか。
……燃やしたジルを責める気はないけれど。
61
お気に入りに追加
3,564
あなたにおすすめの小説
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
公爵家の五男坊はあきらめない
三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。
生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。
冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。
負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。
「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」
都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。
知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。
生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。
あきらめたら待つのは死のみ。
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
公爵家三男に転生しましたが・・・
キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが…
色々と本当に色々とありまして・・・
転生しました。
前世は女性でしたが異世界では男!
記憶持ち葛藤をご覧下さい。
作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる