【完結】召喚失敗された彼がしあわせになるまで

ちかこ

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「寒いならジル様の方いきましょ」
「やだ」
「ユキ様~……」
「モーリスさんはおれと離れるのさみしいんでしょ、おれもさみしいからこっちいたい」

 こっそりと耳打ちするモーリスさんに、そう返してしまう。
 明らかに拗ねてる。わかりやすく拗ねてる。誰がみたって拗ねてる。
 頭を抱えるモーリスさんに、また心の中で謝る。
 謝るけど、止めることが出来ない。
 そうだよ、ふたりからしたらおれなんてメンタルまだ子供だもん、大人として正しい行動かなんてわかんないもん、こういう時にもちゃんと振舞おうなんて思っても伴わないもん。

「モーリス」
「はい」
「……これも掛けてやってくれ」
「あー……はい」

 ジルに渡された毛布をおれに掛けてくる。
 そのやり取りに、つい頭がかっとなってしまった。
 なんだよ!この間まではこんなことしてたらモーリスさんから奪い取るくらいのことはやってた癖に!
 なんだよ!大人ぶってるのか良い人ぶってるのか知らないけど、そんなの……そんなの、欲しいんじゃないのに。
 おれのこと考えるならもっと焦ってよ、狼狽えてよ、かなしそうにさみしそうにしてよ、強がるならおれがいなくなってからでもいいじゃんか。

 また泣きそうになって、モーリスさんの腰にぎゅう、と強く抱き着いた。
 それに気付いたモーリスさんは、ジルに気付かれない程度に小さく息を吐いて、子供にするようにおれの背中をぽんぽんと叩く。
 そんなことされたら余計に泣いちゃうんだけど。
 ……でもここからじゃジルには見えないから、まあ、泣いたっていいんだけど。

 数時間馬車に揺られて、少し遅い昼食を近くの街でとって、また馬車に揺られて。
 今までにない重苦しい空気の中、こういう時こそ寝落ちてしまいたいのに瞼が重くならない。
 食欲はまだなかったけど、お腹も満たされて、モーリスさんの体温だってあたたかいのに、眠れない。
 早く着かないかな。三日間も馬車なんて勿体ない。
 残りはもう遥陽と過ごすんだ。
 でもアンヌさん達や、キャロルやシャノン様にも挨拶しなきゃ。セルジュさんには会えないかな。
 短いなあ。もう残り六日しかないよ、六日後、皆どんな顔をしているのかな。


 ◇◇◇

 夜はちゃんと宿を取る。
 モーリスさん達だけなら野宿もするんだろうけど、王族がいると話は別だ。これが戦争ならジルだって野宿だろうけど、ただのお遊び旅行なのだから、ちゃんとしたところにお泊まりだ。

 ずっとジルと同じ部屋だった。当然のように。
 なのに、今日はどうするかと訊かれて戸惑った。
 ジルと同じ部屋は避けたいなと思っていた、気まずいなって。でもそうなるんだろうな、そうしたら嫌でも話することになるよねって、少しくらい、仲直りとか、するのかなって。
 でもそうか、それを訊くってことは、ジルはもうおれと一緒じゃなくていいんだな、って思って……
 少しまた泣きそうになって、緩い涙腺を俯いて誤魔化しながら、モーリスさんと一緒でいいって言おうかな、と考えながらも流石にそれは迷惑掛けすぎだよなって思い直す。
 モーリスさんだってゆっくり休めないだろう。
 だから、ひとりで寝る、と返した。
 大丈夫だ、どうせ近くの部屋にモーリスさん達も泊まる。
 こわくなんてない。たださみしいだけ。

 食事の時間もまるでお通夜のようにしーんとしていて、おれひとりの機嫌で皆を暗くして申し訳ないなって思うんだけど。
 後数日だから。いなくなるから。ごめんね、大人な態度を取れなくて、幼稚で我儘で、ごめん。

「ひとりで大丈夫ですか」
「大丈夫だよ、今朝はあれだったけど……キャロルでもあるまいし、ちゃんとひとりで着替えたりできるから」

 部屋の前まで送ってくれたモーリスさんが心配そうに訊く。
 明るい廊下に安心しきってるおれは、それに笑顔で返すくらいの余裕はあった。

「そうじゃなくて……」
「……?」
「消えてしまわないか、心配になるんですよ」

 思わず吹き出した。そんなまさか。まるで儚い少女のような。
 遥陽だって残してるし、そんな、消えてしまう訳ない。
 そう考えて、いや、実際昨日は魔女に連れられて消えた訳だし、そもそもここに召喚された時点で、向こうの世界ではおれと遥陽は消えてしまった訳で……突然消えてしまうこともあるんだよなあ。

「大丈夫ですって!それともモーリスさんが一緒に寝てくれるんですか?」
「ユキ様がそう言うのなら」
「……もー、お兄ちゃんは心配性だなあ」
「心配にもなるでしょう」
「ごめんね、でもほんとに大丈夫だよ、モーリスさんには迷惑しか掛けてないけどさ」

 ひとりで寝れるから!と残して部屋に入る。
 ベッドと机と小さなシャワー室のこぢんまりとした部屋だ。
 おれにはこれくらいで十分。
 今までが王子と同じ部屋だったから勿体ないくらいの広い部屋だっただけだ。

 ぼすんと少し硬いベッドに倒れて、瞳を閉じる。
 あーあ、おれってなんて性格悪いんだろ。周りに気を遣えないんだろ。
 立つ鳥跡を濁さず、っていうじゃん、濁しまくりだよ。
 それでジルが傷付いてくれたら嬉しいとか思っちゃうんだよ。
 おれのことを忘れてしあわせになって、なんて思える程、そんな余裕なんかなくて、ずっとおれのことを覚えてて苦しんでくれたらいいのにって、そんな最低なこと、考えちゃう自分がいやだ。
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