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「……っふ」
「大丈夫?」
「ん……あ、あったかくて、きもちいい……でも、おれ、ひとりでできる……」
「俺がしたいんだよ、させて」
「う……」
あたたかいタオルでおれの躰を綺麗にしながら、事後の柔らかい声でそんなお願いをされると、また胸がきゅんとしてしまう。
自分で出来るのに。普通はジルが綺麗にされる立場だろうに。
こういう時、ジルは「ユキにさせたくない」ではなく「俺がしたいから」と言う。そう言うとおれが止めさせることが出来ないのを知ってるし、少しでも罪悪感を減らそうとしてるんだと思う。
気遣いの出来る王太子様である。
「……ありがと」
「ふふ、うん」
楽しそうに笑うジルに、何が楽しいんだろうとは思うけど、でもそんなジルも見れるのは嬉しい。
やっぱり嫌われたくない。
居なくなる寸前まで、ジルにはおれを見て笑っていて貰いたい。
「はい、終わり、あと気になるところある?」
「……だいじょーぶ」
冷えるからね、ときっちり服を着せて、寝ようか、と前髪を避けておでこにキス。
口でよかったのに、とは思うんだけど、それでもこの、家族にするような、挨拶のような色気のないキスもすきだったりする。
優しいなって、思って嬉しくなる。
「……今日あったこと、訊かないの?」
「え」
「なんであんなとこ、いたのかとか、いなくなったのかとか」
「……訊いても大丈夫?」
真面目な顔で座り直す。ちゃんと、聞いてくれそうな雰囲気に安心して、でも今から話す内容に緊張する。
「あの、あのね、えっと……」
説明下手だと思うんだけど、と前置きして、黒髪の魔女の話をした。
黒髪のひとを見つけて、思わず声を掛けてしまったこと、気がついたら知らないところにいて、魔女と名乗る少年にあと一週間で元の世界に帰らせてあげると言われたこと、また気がついたら夜、暗いところにぽつんと立っていたこと。
上手く説明出来たかはわからない。
ただ、ジルの手がぴくっとして、力が入ったのはわかった。
その反応は、多分、信じてくれた……んだと、思う。
魔女の家を覚えてるか訊かれたけど、気が付いたら家の中にいて、気が付いたら外にいたからわからない。大体の位置すら。
がっかりされるかな、と思いながらそう答えると、わからないかあ、と思っていたより穏やかな声。
違和感だった。
今、そんな感じの話だったっけ。おれ、一週間で帰る話、しなかったっけ。
背中が冷たくなって、ジルの膝辺りから目線を上げることが出来ない。
あれ、だって、一週間……
あと一週間しか、おれ、ここにいれなくて、その間にジルに、遥陽に、皆にお別れをしなくちゃいけなくて、えっと、他県とかそんな距離とかじゃなくて、こんな違う世界、また来るねとか会おうねとか、そんなの出来なくて、そしたら一週間後、もうジル達とは会えることはなくて……
あれ、おかしいのかな?
もう二度と会えなくなるよね?おれがおかしいのかな?
そんなに簡単に終わる話なの?
誰にそんなにあっさりした反応されても、ジルだけは、ジルと遥陽だけはもっと、おれと離れるのはさみしいって、嫌だって、ここにいてって、口では言ってくれるかと思ってたのに、それで終わっちゃうの?
「あ……お、おれ、役に、立て……っ、たて、なくてっ……ま、まだちゃんと、行けてないところもっ……」
「それは仕方ないよ、ユキが気にするところじゃない……明日、もう戻ろうか」
優しい声。柔らかくて、おれのことを気遣ってくれて、責めたりなんかしなくて、ほんの少し甘くて、普段ならなんてことない、いつものジルの声。
でも今は違って、その声を聞きたくなくて、そんな声じゃなくて。
なんでもっと、焦ったような、困ったような、そんな声を出してくんないの?
「かえ、かえる、けど……」
「じゃあもう寝よう、ね」
「やだ……」
肩に触れたジルの手を払ってしまった。
そんなことをした自分にびっくりして固まってしまう。
「ユキ?」
「……ソファで寝る」
「……なんで?」
「ひ、ひとりで、寝る」
「ソファじゃ冷えるよ」
「大丈夫」
「大丈夫じゃないよ」
心配するような声に苛々する。
今ほしいのはそんな優しさじゃなかった。
「……じゃあモーリスさんのとこ行く」
「それはだめ」
「じゃあ別の部屋取る……」
「ユキ」
「なんで……なんでそんな、普通なの」
おかしいのはおれみたいだ。
おれは、ジルに帰らないでって、言ってほしかった。
さみしいって、どうにかならないのって、一緒にいたいって。
ジルが優しいってわかってるのに、おれが困るようなことはしないってわかってるのに、それでも、そう言ってほしかった。だってもう、会えなくなるんだよ、我慢するところじゃないと思う。
おれがいなくても世界が回るのはそうなんだけど、おれはもう、ジルがいないとだめなのに、ジルにおれは必要ないみたいで、それを突きつけられたみたいで、指先がずっと冷たい。
「いやだ……」
「ユキ」
「ジルは、おれがいなくなっても……」
「言えないよ」
「え」
「……ユキは家族の元に帰るべきだ」
だっておれは間違ってこの世界に呼ばれたんだから、今、ここにこうやっているのがおかしいんだから。
「大丈夫?」
「ん……あ、あったかくて、きもちいい……でも、おれ、ひとりでできる……」
「俺がしたいんだよ、させて」
「う……」
あたたかいタオルでおれの躰を綺麗にしながら、事後の柔らかい声でそんなお願いをされると、また胸がきゅんとしてしまう。
自分で出来るのに。普通はジルが綺麗にされる立場だろうに。
こういう時、ジルは「ユキにさせたくない」ではなく「俺がしたいから」と言う。そう言うとおれが止めさせることが出来ないのを知ってるし、少しでも罪悪感を減らそうとしてるんだと思う。
気遣いの出来る王太子様である。
「……ありがと」
「ふふ、うん」
楽しそうに笑うジルに、何が楽しいんだろうとは思うけど、でもそんなジルも見れるのは嬉しい。
やっぱり嫌われたくない。
居なくなる寸前まで、ジルにはおれを見て笑っていて貰いたい。
「はい、終わり、あと気になるところある?」
「……だいじょーぶ」
冷えるからね、ときっちり服を着せて、寝ようか、と前髪を避けておでこにキス。
口でよかったのに、とは思うんだけど、それでもこの、家族にするような、挨拶のような色気のないキスもすきだったりする。
優しいなって、思って嬉しくなる。
「……今日あったこと、訊かないの?」
「え」
「なんであんなとこ、いたのかとか、いなくなったのかとか」
「……訊いても大丈夫?」
真面目な顔で座り直す。ちゃんと、聞いてくれそうな雰囲気に安心して、でも今から話す内容に緊張する。
「あの、あのね、えっと……」
説明下手だと思うんだけど、と前置きして、黒髪の魔女の話をした。
黒髪のひとを見つけて、思わず声を掛けてしまったこと、気がついたら知らないところにいて、魔女と名乗る少年にあと一週間で元の世界に帰らせてあげると言われたこと、また気がついたら夜、暗いところにぽつんと立っていたこと。
上手く説明出来たかはわからない。
ただ、ジルの手がぴくっとして、力が入ったのはわかった。
その反応は、多分、信じてくれた……んだと、思う。
魔女の家を覚えてるか訊かれたけど、気が付いたら家の中にいて、気が付いたら外にいたからわからない。大体の位置すら。
がっかりされるかな、と思いながらそう答えると、わからないかあ、と思っていたより穏やかな声。
違和感だった。
今、そんな感じの話だったっけ。おれ、一週間で帰る話、しなかったっけ。
背中が冷たくなって、ジルの膝辺りから目線を上げることが出来ない。
あれ、だって、一週間……
あと一週間しか、おれ、ここにいれなくて、その間にジルに、遥陽に、皆にお別れをしなくちゃいけなくて、えっと、他県とかそんな距離とかじゃなくて、こんな違う世界、また来るねとか会おうねとか、そんなの出来なくて、そしたら一週間後、もうジル達とは会えることはなくて……
あれ、おかしいのかな?
もう二度と会えなくなるよね?おれがおかしいのかな?
そんなに簡単に終わる話なの?
誰にそんなにあっさりした反応されても、ジルだけは、ジルと遥陽だけはもっと、おれと離れるのはさみしいって、嫌だって、ここにいてって、口では言ってくれるかと思ってたのに、それで終わっちゃうの?
「あ……お、おれ、役に、立て……っ、たて、なくてっ……ま、まだちゃんと、行けてないところもっ……」
「それは仕方ないよ、ユキが気にするところじゃない……明日、もう戻ろうか」
優しい声。柔らかくて、おれのことを気遣ってくれて、責めたりなんかしなくて、ほんの少し甘くて、普段ならなんてことない、いつものジルの声。
でも今は違って、その声を聞きたくなくて、そんな声じゃなくて。
なんでもっと、焦ったような、困ったような、そんな声を出してくんないの?
「かえ、かえる、けど……」
「じゃあもう寝よう、ね」
「やだ……」
肩に触れたジルの手を払ってしまった。
そんなことをした自分にびっくりして固まってしまう。
「ユキ?」
「……ソファで寝る」
「……なんで?」
「ひ、ひとりで、寝る」
「ソファじゃ冷えるよ」
「大丈夫」
「大丈夫じゃないよ」
心配するような声に苛々する。
今ほしいのはそんな優しさじゃなかった。
「……じゃあモーリスさんのとこ行く」
「それはだめ」
「じゃあ別の部屋取る……」
「ユキ」
「なんで……なんでそんな、普通なの」
おかしいのはおれみたいだ。
おれは、ジルに帰らないでって、言ってほしかった。
さみしいって、どうにかならないのって、一緒にいたいって。
ジルが優しいってわかってるのに、おれが困るようなことはしないってわかってるのに、それでも、そう言ってほしかった。だってもう、会えなくなるんだよ、我慢するところじゃないと思う。
おれがいなくても世界が回るのはそうなんだけど、おれはもう、ジルがいないとだめなのに、ジルにおれは必要ないみたいで、それを突きつけられたみたいで、指先がずっと冷たい。
「いやだ……」
「ユキ」
「ジルは、おれがいなくなっても……」
「言えないよ」
「え」
「……ユキは家族の元に帰るべきだ」
だっておれは間違ってこの世界に呼ばれたんだから、今、ここにこうやっているのがおかしいんだから。
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