上 下
106 / 161

106

しおりを挟む
 何か、唇が、また、開く。
 こんなに近くて……いつの間にか、頬に触れられるほど近くにいて、それでも声が聞こえない。
 色々訊いてみたいのに。

 魔力のこと、呪いのこと、ジルのこと。
 でもおれの口からも言葉が出ない。
 ぱくぱくと動くだけの口に、ロザリー様が微笑む。
 どうせ夢なら訊いても意味はないとは思うのだけど。
 膝から猫が降りて、甘えた声を出してどこかに行ってしまう。
 ロザリー様も立ち上がり、もう一度、俺の方をみて唇を動かした。
 やっぱり聞こえない。

 聞こえないです、と言ったつもりでも、その言葉はきっと届いてない。
 夢なのに、焦ってしまう。
 待って下さい、教えて下さい、わからないこといっぱいあるんです。
 せめて呪いのこと教えて下さい、他は頑張るから、呪いのことだけでも。

 そんな声は届かなくて、伸ばした腕も届かなくて、残ったのは、どこかで鳴く猫の声だけだった。


 ◇◇◇

「ユキ」
「……っ」

 びく、と躰が跳ねた。  
 猫。
 そう頭に浮かんで、視線だけ横を見た。

「……っ、い、いない」
「ユキ?誰か探してるのか」
「ね、こ」
「猫?いないよ」

 頭上から優しい声が降る。腕を伸ばすと、柔らかい金の髪に触れる。
 ロザリー様、と言いかけて口を噤む。違う。

「ジル……」
「大丈夫?」
「……うん、やっぱりおれ、倒れちゃったんだ……加減って難しいなあ」
「起きれそうか?食事は?」
「起きる……お腹空いた」

 まだ少し頭はふらつくけど、ジルに支えられながら躰を起こした。
 倒れる前にモーリスさんに部屋をとるように言ってたな、と思い出して周りを見る。
 当然、豪奢なお城とは広さも家具も置物も何もかも比べ物にならない。
 けれどおれからしたら充分過ぎるほど広くて綺麗な部屋だった。
 もう暗い窓の外からは賑やかな声と音楽が聞こえる。

「……もう暗くなっちゃった」
「ああ」
「起こしてくれたら良かったのに」
「そんな訳にはいかないよ」
「……」
「ユキ?」

 黙りこくったおれに、少し焦ったようにジルが名前を呼ぶ。
 もう忘れちゃったのかな。今度は色々紹介するって言ったじゃん。デートみたいだねって。

「楽しみにしてたんだけどな……」

 だってデートなんてしたことなかったし。
 ジルと出掛けられるの、それなりに楽しみだったんだ。自業自得なんだけどさ。
 おれのその唐突な言葉に、ジルは一瞬きょとんとして、それからすぐに思い出したように破顔した。

「そんなに楽しみにしてくれてたの」
「……そりゃ、まあ」
「じゃあ今から少し抜けようか」
「え?」
「ちゃんと掴まって」
「えっ、え……えっ?」

 ベッドからやすやすとおれを抱え上げると、ジルはひとひとり抱えてるとは思えない程軽やかな足取りで進んでいく。
 おれは振り落とされないようにしがみつくだけで精一杯だった。
 寝起きの頭はまだ混乱している。

 外が賑やかなのは、きっとジルの為の宴会とかなんだろう。
 主役が抜けて大丈夫なのかなとは思ったけど、まあたまにはモーリスさんや他の従者さんもゆっくり楽しんでくれたらいい。
 ジルが近くにいない方が気が楽だろう。

 その賑やかな人集りを避けるように、ジルは暗い方へ進んで行く。
 段々不安になってきた。
 そっちに行って大丈夫?王太子の癖に危機感ないのか?変なひとや魔獣が出てきたら……
 そんな心配も無駄とばかりに、ジルの足取りに迷いはなかった。

「ここは一度ユキを連れて来たかったんだ」
「……うわあ」
「あまりユキは興味ないかもしれないけれど……俺と母がすきだった景色を見てほしくて」

 お城からそう離れてない街。
 なのに不思議と空が近く感じる程の星空と、淡く発光してる白い花。
 正直、夜景とか花とかに、そこまで興味はない。綺麗だね、と思うけど、わざわざ見に行こうとか思わないし、ずっと見てられるものではなかった。
 だけどその景色は息を呑む程幻想的で、こんな景色があるのか、と思って、その景色がすきだと言うロザリー様と幼いジルを想像した。

「蛍かと思ったら、花自体が光ってるんだ、すご、これ触っても大丈夫?」
「害はないよ」
「へえー……ジルもロザリー様にここに連れて来て貰ったの?」
「……ああ、あまり一緒にいられなかったから、この街くらいしか来られたことはなかったんだけど」

 懐かしそうに笑うジルの手を握って、綺麗だね、と言う。
 ……手を握るのはちょっと早かったかな、でもムード的にはいいかなって……
 自分からアクションを起こすのは慣れないし恥ずかしい。
 でも大抵は許されてしまうので、恥ずかしがるのは最初だけ。

 ジルの優しい視線がこっちに向いて、おれの被っていたフードを外したかと思うと、そのまま後頭部に指を這わせてきた。
 ぞわ、とするけど、嫌なものではない。

「ここで見るユキはもっと綺麗だろうなと思って」
「……いや、おれなんて」
「綺麗だよ」

 甘い言葉がおれをその気にさせてしまう。
 瞳を閉じると、唇にあったかくて柔らかいものが重なった。
 そっと一瞬、触れるだけの、でも確かに欲を含んだもので、背中がぞくっとした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

眺めるほうが好きなんだ

チョコキラー
BL
何事も見るからこそおもしろい。がモットーの主人公は、常におもしろいことの傍観者でありたいと願う。でも、彼からは周りを虜にする謎の色気がムンムンです!w 顔はクマがあり、前髪が長くて顔は見えにくいが、中々美形…! そんな彼は王道をみて楽しむ側だったのに、気づけば自分が中心に!? てな感じの巻き込まれくんでーす♪

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません

八神紫音
BL
 やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。  そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。

処理中です...