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何か、唇が、また、開く。
こんなに近くて……いつの間にか、頬に触れられるほど近くにいて、それでも声が聞こえない。
色々訊いてみたいのに。
魔力のこと、呪いのこと、ジルのこと。
でもおれの口からも言葉が出ない。
ぱくぱくと動くだけの口に、ロザリー様が微笑む。
どうせ夢なら訊いても意味はないとは思うのだけど。
膝から猫が降りて、甘えた声を出してどこかに行ってしまう。
ロザリー様も立ち上がり、もう一度、俺の方をみて唇を動かした。
やっぱり聞こえない。
聞こえないです、と言ったつもりでも、その言葉はきっと届いてない。
夢なのに、焦ってしまう。
待って下さい、教えて下さい、わからないこといっぱいあるんです。
せめて呪いのこと教えて下さい、他は頑張るから、呪いのことだけでも。
そんな声は届かなくて、伸ばした腕も届かなくて、残ったのは、どこかで鳴く猫の声だけだった。
◇◇◇
「ユキ」
「……っ」
びく、と躰が跳ねた。
猫。
そう頭に浮かんで、視線だけ横を見た。
「……っ、い、いない」
「ユキ?誰か探してるのか」
「ね、こ」
「猫?いないよ」
頭上から優しい声が降る。腕を伸ばすと、柔らかい金の髪に触れる。
ロザリー様、と言いかけて口を噤む。違う。
「ジル……」
「大丈夫?」
「……うん、やっぱりおれ、倒れちゃったんだ……加減って難しいなあ」
「起きれそうか?食事は?」
「起きる……お腹空いた」
まだ少し頭はふらつくけど、ジルに支えられながら躰を起こした。
倒れる前にモーリスさんに部屋をとるように言ってたな、と思い出して周りを見る。
当然、豪奢なお城とは広さも家具も置物も何もかも比べ物にならない。
けれどおれからしたら充分過ぎるほど広くて綺麗な部屋だった。
もう暗い窓の外からは賑やかな声と音楽が聞こえる。
「……もう暗くなっちゃった」
「ああ」
「起こしてくれたら良かったのに」
「そんな訳にはいかないよ」
「……」
「ユキ?」
黙りこくったおれに、少し焦ったようにジルが名前を呼ぶ。
もう忘れちゃったのかな。今度は色々紹介するって言ったじゃん。デートみたいだねって。
「楽しみにしてたんだけどな……」
だってデートなんてしたことなかったし。
ジルと出掛けられるの、それなりに楽しみだったんだ。自業自得なんだけどさ。
おれのその唐突な言葉に、ジルは一瞬きょとんとして、それからすぐに思い出したように破顔した。
「そんなに楽しみにしてくれてたの」
「……そりゃ、まあ」
「じゃあ今から少し抜けようか」
「え?」
「ちゃんと掴まって」
「えっ、え……えっ?」
ベッドからやすやすとおれを抱え上げると、ジルはひとひとり抱えてるとは思えない程軽やかな足取りで進んでいく。
おれは振り落とされないようにしがみつくだけで精一杯だった。
寝起きの頭はまだ混乱している。
外が賑やかなのは、きっとジルの為の宴会とかなんだろう。
主役が抜けて大丈夫なのかなとは思ったけど、まあたまにはモーリスさんや他の従者さんもゆっくり楽しんでくれたらいい。
ジルが近くにいない方が気が楽だろう。
その賑やかな人集りを避けるように、ジルは暗い方へ進んで行く。
段々不安になってきた。
そっちに行って大丈夫?王太子の癖に危機感ないのか?変なひとや魔獣が出てきたら……
そんな心配も無駄とばかりに、ジルの足取りに迷いはなかった。
「ここは一度ユキを連れて来たかったんだ」
「……うわあ」
「あまりユキは興味ないかもしれないけれど……俺と母がすきだった景色を見てほしくて」
お城からそう離れてない街。
なのに不思議と空が近く感じる程の星空と、淡く発光してる白い花。
正直、夜景とか花とかに、そこまで興味はない。綺麗だね、と思うけど、わざわざ見に行こうとか思わないし、ずっと見てられるものではなかった。
だけどその景色は息を呑む程幻想的で、こんな景色があるのか、と思って、その景色がすきだと言うロザリー様と幼いジルを想像した。
「蛍かと思ったら、花自体が光ってるんだ、すご、これ触っても大丈夫?」
「害はないよ」
「へえー……ジルもロザリー様にここに連れて来て貰ったの?」
「……ああ、あまり一緒にいられなかったから、この街くらいしか来られたことはなかったんだけど」
懐かしそうに笑うジルの手を握って、綺麗だね、と言う。
……手を握るのはちょっと早かったかな、でもムード的にはいいかなって……
自分からアクションを起こすのは慣れないし恥ずかしい。
でも大抵は許されてしまうので、恥ずかしがるのは最初だけ。
ジルの優しい視線がこっちに向いて、おれの被っていたフードを外したかと思うと、そのまま後頭部に指を這わせてきた。
ぞわ、とするけど、嫌なものではない。
「ここで見るユキはもっと綺麗だろうなと思って」
「……いや、おれなんて」
「綺麗だよ」
甘い言葉がおれをその気にさせてしまう。
瞳を閉じると、唇にあったかくて柔らかいものが重なった。
そっと一瞬、触れるだけの、でも確かに欲を含んだもので、背中がぞくっとした。
こんなに近くて……いつの間にか、頬に触れられるほど近くにいて、それでも声が聞こえない。
色々訊いてみたいのに。
魔力のこと、呪いのこと、ジルのこと。
でもおれの口からも言葉が出ない。
ぱくぱくと動くだけの口に、ロザリー様が微笑む。
どうせ夢なら訊いても意味はないとは思うのだけど。
膝から猫が降りて、甘えた声を出してどこかに行ってしまう。
ロザリー様も立ち上がり、もう一度、俺の方をみて唇を動かした。
やっぱり聞こえない。
聞こえないです、と言ったつもりでも、その言葉はきっと届いてない。
夢なのに、焦ってしまう。
待って下さい、教えて下さい、わからないこといっぱいあるんです。
せめて呪いのこと教えて下さい、他は頑張るから、呪いのことだけでも。
そんな声は届かなくて、伸ばした腕も届かなくて、残ったのは、どこかで鳴く猫の声だけだった。
◇◇◇
「ユキ」
「……っ」
びく、と躰が跳ねた。
猫。
そう頭に浮かんで、視線だけ横を見た。
「……っ、い、いない」
「ユキ?誰か探してるのか」
「ね、こ」
「猫?いないよ」
頭上から優しい声が降る。腕を伸ばすと、柔らかい金の髪に触れる。
ロザリー様、と言いかけて口を噤む。違う。
「ジル……」
「大丈夫?」
「……うん、やっぱりおれ、倒れちゃったんだ……加減って難しいなあ」
「起きれそうか?食事は?」
「起きる……お腹空いた」
まだ少し頭はふらつくけど、ジルに支えられながら躰を起こした。
倒れる前にモーリスさんに部屋をとるように言ってたな、と思い出して周りを見る。
当然、豪奢なお城とは広さも家具も置物も何もかも比べ物にならない。
けれどおれからしたら充分過ぎるほど広くて綺麗な部屋だった。
もう暗い窓の外からは賑やかな声と音楽が聞こえる。
「……もう暗くなっちゃった」
「ああ」
「起こしてくれたら良かったのに」
「そんな訳にはいかないよ」
「……」
「ユキ?」
黙りこくったおれに、少し焦ったようにジルが名前を呼ぶ。
もう忘れちゃったのかな。今度は色々紹介するって言ったじゃん。デートみたいだねって。
「楽しみにしてたんだけどな……」
だってデートなんてしたことなかったし。
ジルと出掛けられるの、それなりに楽しみだったんだ。自業自得なんだけどさ。
おれのその唐突な言葉に、ジルは一瞬きょとんとして、それからすぐに思い出したように破顔した。
「そんなに楽しみにしてくれてたの」
「……そりゃ、まあ」
「じゃあ今から少し抜けようか」
「え?」
「ちゃんと掴まって」
「えっ、え……えっ?」
ベッドからやすやすとおれを抱え上げると、ジルはひとひとり抱えてるとは思えない程軽やかな足取りで進んでいく。
おれは振り落とされないようにしがみつくだけで精一杯だった。
寝起きの頭はまだ混乱している。
外が賑やかなのは、きっとジルの為の宴会とかなんだろう。
主役が抜けて大丈夫なのかなとは思ったけど、まあたまにはモーリスさんや他の従者さんもゆっくり楽しんでくれたらいい。
ジルが近くにいない方が気が楽だろう。
その賑やかな人集りを避けるように、ジルは暗い方へ進んで行く。
段々不安になってきた。
そっちに行って大丈夫?王太子の癖に危機感ないのか?変なひとや魔獣が出てきたら……
そんな心配も無駄とばかりに、ジルの足取りに迷いはなかった。
「ここは一度ユキを連れて来たかったんだ」
「……うわあ」
「あまりユキは興味ないかもしれないけれど……俺と母がすきだった景色を見てほしくて」
お城からそう離れてない街。
なのに不思議と空が近く感じる程の星空と、淡く発光してる白い花。
正直、夜景とか花とかに、そこまで興味はない。綺麗だね、と思うけど、わざわざ見に行こうとか思わないし、ずっと見てられるものではなかった。
だけどその景色は息を呑む程幻想的で、こんな景色があるのか、と思って、その景色がすきだと言うロザリー様と幼いジルを想像した。
「蛍かと思ったら、花自体が光ってるんだ、すご、これ触っても大丈夫?」
「害はないよ」
「へえー……ジルもロザリー様にここに連れて来て貰ったの?」
「……ああ、あまり一緒にいられなかったから、この街くらいしか来られたことはなかったんだけど」
懐かしそうに笑うジルの手を握って、綺麗だね、と言う。
……手を握るのはちょっと早かったかな、でもムード的にはいいかなって……
自分からアクションを起こすのは慣れないし恥ずかしい。
でも大抵は許されてしまうので、恥ずかしがるのは最初だけ。
ジルの優しい視線がこっちに向いて、おれの被っていたフードを外したかと思うと、そのまま後頭部に指を這わせてきた。
ぞわ、とするけど、嫌なものではない。
「ここで見るユキはもっと綺麗だろうなと思って」
「……いや、おれなんて」
「綺麗だよ」
甘い言葉がおれをその気にさせてしまう。
瞳を閉じると、唇にあったかくて柔らかいものが重なった。
そっと一瞬、触れるだけの、でも確かに欲を含んだもので、背中がぞくっとした。
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