【完結】召喚失敗された彼がしあわせになるまで

ちかこ

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 ◇◇◇

 ユキ、準備出来た?とまるで母親のようにジルに呼ばれ、大丈夫!と元気よく外に出た。
 天気はそこそこ良い。抜けるような青空、とは言えないが、雨は降らないであろうくらいの。
 これくらいの空気感がすきだったりする。

「馬車だー」

 そうだろうな、とは思っていたけど、前回と同じ馬車での移動のようだ。
 大人しい馬を軽く撫でて、従者の方にも頭を下げる。早朝からありがとうございます。
 おれひとりの我儘で随分ひとを動かしてしまうことになる。
 ……そのことはちゃんと覚えておかなきゃいけないことだ。

 結局、外に出ると聞いてから三日後に出掛けることになった。
 初めてのちゃんとした外出だ。おれの力を使う為に視察に行くと言えば仕事のようなものだけど、そんなに時間はかからないだろうし、結局は馬車に揺られてる時間が殆どで、後は観光気分の旅行のようなものだ。
 ジルもモーリスさんもいるし、危ないこともないだろう。うん、完全に旅行。

 今回もいちばん豪奢な馬車にジルとふたり押し込められ、ちょっと会話に詰まる。
 広い部屋にふたりきりの時と比べると、狭い馬車にふたりきりだと上手く会話が出来ない気がする。
 どうしても距離感が近くなってしまうからかな。緊張しちゃうんだよね。
 どちらにせよ、どきどきすることにかわりはない。
 でも、馬車の中ではおれに負担がかかるから、変なことはしないと以前言質を取った。
 だから、流石にここでその、そんなことはしない筈だ。だから、膝がぶつかろうが、小指がぶつかろうが、怪しい空気になどならない筈なのだ。

「……今日は何か魔獣とか出るかなあ」
「あそこにいるよ」
「えっどれどれ、あ、あれどんななってんの?あっ飛んでる!」

 そんな会話をしてると、すぐに目的地に着いてしまった。
 あまりの近さに、わざわざここに来なくてもおれの力は届いてるんじゃ?と拍子抜けしたけれど、いいや、今回はまだ練習のようなものだ、こんなものなのだ。
 ……でも数日で帰るって遥陽に言っちゃったけど、これ日帰りコースでは。

「セルジュさんのとこ行った時より早かった……」
「呼びました?」
「ひぇっ」

 ぽつりと呟いただけなのに、まさかのご本人様の登場に驚いてしまい、あと少しで尻餅をつくところだった。ジルに腰を支えられてなければ。
 やばいまた顔面偏差値激高空間に紛れ込んでしまった。

「お久し振りですね」
「ひ、ひさしぶり、です」
「そんなにびっくりします?」
「だって、来るなんて聞いてない……」
「サプライズですね」
「……なんの?」

 お茶目なことを言いながら、おれの手を掬い、指先にキスをされる。
 ……背後のジルの視線が痛い気がする。
 挨拶です、これは挨拶のキスです!

「ユキ様の身近で、ロザリー様がこうやって回るのを見てたのは私がいちばん多かったですからね、ユキ様のことも近くでみてあげてほしいと頼まれたんですよ」
「……ジルが?」
「はい」

 ……ふーん、そういうことまで考えてくれてるんだ、とちょっとにやけてしまう。
 ジルを見上げると、にこ、と微笑まれた。背後から光が差してるようだ、眩しい。
 でもやっぱりセルジュさんのキスにあまりいい気はしてないようで、そっと指先を拭われた。挨拶のキスなのに、ちょっと心が狭いのでは。
 その様子を見て、セルジュさんは笑いを堪えている。でも肩が揺れてますよ!

「先にロザリー様が見ていた場所に行ってみましょうか」
「うん!」

 目深にフードを被る。見た目は怪しいけど、黒髪黒瞳がうろうろするより周りに迷惑はかけないだろう。
 おれだって周りを威嚇しに来た訳ではない。
 ジルは隠さなくてもいいと言うけど、国民全員がこの黒髪を受け入れてくれる訳ではない。
 その内……まあ、受け入れて貰えたら嬉しいけど、今はまだ隠しておいた方が無難だろう。

 近いとはいえ、突然やって来た王太子に街のひとたちはやはりざわつく。
 その人集りを、モーリスさんたちに守られるように掻き分けて街の奥に進むと、嗅ぎ慣れたいいかおりがするのに気付いた。

 思わず、わあ、と声が出る。
 庭にあるものと、恐らく同じ薔薇が咲いていたから。
 偶然かな、と考えていると、セルジュさんがこっそり、ロザリー様が植えたものです、と教えてくれた。

「庭にあるのと同じだよね?」
「ええ」
「……なんでだろ」

 その問いには答えず、セルジュさんはただ微笑む。
 言葉にされずとも、何となくはわかる気がする。
 ジルを見上げると、思ってもみなかった光景だったのか、瞳を丸くしていた。
 その顔が、なんだか少し、子供っぽく見えてしまって……
 そっとジルの手を握ると、はっとしたようにおれの方を見て、それから泣きそうな顔で笑う。
 幼い頃のジルの隣に立ってるような、不思議な気分だった。

「ここで毎回ロザリー様は祈りを捧げてました」
「……祈りを捧げるとはどうしたらいいのでしょうか」
「ユキさまはいつも通りで大丈夫ですよ」
「いつも通りってなー……」

 その、いつも通りってのがよくわからないのに。
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