【完結】召喚失敗された彼がしあわせになるまで

ちかこ

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「もう濡れてるから滑りやすいね」
「っゆ、ゎな……っ」
「ふふ、気持ちいいね」
「おれ、だけっ……」
「ユキが気持ちいいと俺も気持ちいいし、嬉しくなるんだよ、だからもっとかわいい声聞かせて、かわいいユキを見せて」
「や、見ないでっ……」
「全部見せて」

 顔を覆うと、すぐに腕を退かされるし、唇を噛むと指を突っ込んで止められる。
 おかげでおれのぐちゃぐちゃの顔も躰も、望んでなくてもジルの視界に入ってしまう。
 絶対見るに堪えない状態だと思う。
 ずっと涙が出っぱなしの目許は赤くなってるだろうし、拭わせて貰えないから鼻水も、半開きの口許からは涎だってべとべとになってると思う。
 到底かわいいと褒めるところなんてひとつもない。ないんだけど、でも、そんな訳ないじゃんって思うけど、それでも、ジルの言うかわいいに一々ときめいてしまうんだ。
 かわいくないなんて言われたら、きっと時と心臓が止まってしまう。流石に言い過ぎだとは思うけど。

「ん、は、うう……」
「どうしよっか、今日は疲れてるよね?」
「んん……?」

 どうしよっかの意図がわからなくて返事が出来ない。
 まさかこの状態で終わり、もない……だろうし。
 もじ、と足元を揺らす。
 流石にこの状態で終わりと言われたら困る。とても困る。その後が。

「……ユキに入っても大丈夫そう?」
「……っ!」

 そんな確認の仕方する?囁かれただけで達してしまうかと思った。
 そんなことになったらまた泣いてしまう。立ち直れない。物理的な快感がないのにそれはもう色々終わってる。

「や、あの、えっと、あの……」
「ユキの躰がいちばんだからね」
「あう、ずる……じゃなくて……あの……えっと……あの、うう……じ、ジルも気持ちよくないのは、やだ……」

 心配してくれてるのはわかるけど、自分だけってのは……やっぱりいやだ。
 ジルにだって気持ちよくなってもらいたいし、おればっかりって思われたくもないし。
 おれとするのが気持ちいいって、思ってほしい。
 他のひとに目がいかないように。

「……ユキは俺を喜ばせるのが上手いね」
「……そうなの?」
「ああ、俺が嬉しいことばかりだ」
「……こんなにぐちゃぐちゃなの、に?」
「ぐちゃぐちゃになっても俺と一緒にいてくれるのが嬉しいよ、でも我慢はしなくてもいいからね」
「する、するからあ……」
「しなくていいって言ってるのに」

 くすくす笑いながら頬に触れる。
 綺麗な指が涙を拭って、筋張った甲が鼻を拭き、大きな手のひらが口許を拭った。
 汚いのに、そんな、素手で。

「自分、で、拭けるっ……」
「俺がしたいんだよ」
「き、汚い……」
「汚くないよ、ユキはいつもかわいい」

 馬鹿の一つ覚えのような『かわいい』。ゲシュタルト崩壊。
 でももうそれに溶けてしまう。褒められてるようで、すきだよと言って貰えてるようで。愛の言葉のようで。
 もっと言って、もっと。もっと、その熱い視線で。

「ジル……」
「あ、ちょっと待って」
「え、あ、なん……」

 触れていた体温が離れる。
 ベッドを降りてしまったジルに、縋るように手を伸ばした。
 すぐにジルは戻ってきて、棚から取ってきたものを見せる。
 いつの間にそんなものをこの部屋に……
 思わず、それいやだ、と先に断ってしまった。
 その瓶、それはだめだ、だめ、おかしくなる、だめ。
 首を横に振るおれに、ジルはまたベッドに上がり、大丈夫だよ、と瓶の蓋を開けた。
 大丈夫じゃない。
 慌てて鼻を手で覆った。ただでさえ頭おかしくなっちゃう行為なのに、その香油を使われては自分を保てる自信がない。
 後退りしたおれの腰を掴んで、瓶を近付けてくる。

「やだ、やだそれ、やだ、いや、ジル、やだ」
「この間の香油とは違うよ、ユキが嫌がるから他のものを用意したんだ」
「……うそじゃない?」
「うそじゃないよ」

 そう言われたら、確かに瓶の色が違う気がする。でも瓶なんて変えられるだろうし。
 ジルはたまに冗談は言うけど、こういう嘘は吐かないだろうし、と恐る恐る手を退けて、すん、とかおりを嗅いでみる。
 この間の、甘ったるいかおりではない。
 少し、柑橘系のような……甘いけど、しつこくない。
 でもまだ油断は出来ない。

「……これ、なんかなる?こないだみたいに、おかしくなる?」
「リラックス効果くらいかな」
「リラックス……」

 ほんとにい?という視線を込めてジルを見る。
 これってリラックスとは反対の行為じゃないの?皆リラックスするのが普通なの?あ、だから使うの?

「この間のは……初めてだから、少しでも負担を減らせたらと思って」
「……」
「ごめんね」

 そう言うジルがかわいくて、優しいと思ってしまって、胸がきゅうっとした。赦してしまうじゃないか。

「っう……!」
「ユキは嫌かもしれないけど、傷付けたり痛い思いはさせたくないから」
「んッ……うぅ、う、あ」

 少しだけ、我慢してね、と優しい声音で言って、瓶を傾けられる。
 ひんやりとしたオイルが足の間に垂れて、嫌でも声が出る。
 それを躰に擦り込むように広げていく。
 色気のない話をすれば、焼かれる前に油を塗られる鶏肉の気分だった。
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