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「アンヌさん、ちょっと」
「……何を?」
アンヌさんからまだ入ってるティーポットを借りた。
頭の中に、まさか、という気持ちがある。でもはっきり弾いたのを見た。不自然な程。
ちょっと自分が嫌だったんだ、何もないことが。
遥陽には役割があるのに。
だから、もしかしたら、もしかしたら自分にも何かがあればって。
「……」
ごくりと息を飲んで、ティーポットを傾ける。
皆が何か言ってるけど、耳に入らなかった。
残念ながら自分に自傷癖はない。
だからそんな勇気が出なくて、ほんのちょろっとだけ、手の甲に注ぐ。
「あ、……っつくない!」
「ユキ!何やってるんだ、危ない!」
「ジル見た!?今!ね、お茶!弾いたよね!?」
「火傷してないか!?」
「してないって、ほら見て、濡れてもないでしょ!」
嬉しくなって、ジルに見せつける。
おれにも何か力がある、何かはわからないけど、でもきっと何かの魔法が使えるんだ。
遥陽みたいに立派でたくさんのひとを救えるものではないかもしれない。
でもおれだって、「失敗」なんかじゃなかった!
「なんだろ、これなんかの魔法?ね、なんか前例ある?」
「……」
「?あ、まさかジルたちがなんかしたとか?おれの力じゃなくて?」
ジルもティノも、苦い顔をしていて、おれの質問に答えてくれない。
なんかまずいことにでもなったのだろうか、ここにきてやっとおれも口を噤んだ。
遥陽の方を向いたけど、遥陽もよくわからないって顔をしている。
「ユキ」
「はい」
「このことは誰にも言わないように」
「……今のを?」
「今のを」
「バレたら駄目なの?おれ殺される?やっぱり失敗?」
「しっ……いや、失敗なんかじゃない、でもこういうことは前例がない」
「前例?」
「神子様以外の召喚に成功した前例がないんだ」
「……?」
モーリスさんとアンヌさんにも口止めをして、ジルとティノは慌ただしく別館を後にした。
おれたちに謎を残したまま。
◇◇◇
遥陽を連れて行かれなかったのをいいことに、きっと今夜も別館に泊まっていいんだろう、と勝手に判断して、館内を案内する。
お風呂さえゆっくり入れなかったという遥陽に同情をしつつ、後でゆっくり入ろうと約束をした。
「ここは……書庫?」
「うん」
「へえ、あっちと比べるとまた広さが違うけど、これくらいの方が落ち着くね」
「お城だとそんなすごいの?」
「図書館レベル」
「うへ」
図書館レベルと図書室レベルだと大分違う。
お城の広さもわかるようで、絶対行きたくないと思ってしまった。読書家なら夢のようなんだろうけど。
おれにとっては難しい本は睡眠導入剤だ。
ここでのんびり本を読むんだよ、と窓際のソファに案内すると、気持ち良さそう、と目を細めた。
「遥陽はもう結構本とか読めるの」
「うーん、まあある程度は、かな」
「流石だなー、おれまだ絵本とか簡単なやつくらい」
「優希あんまり本とか読まなかったし、それと比べたらすごいじゃん」
「褒められるハードルひっくう」
「あはは、あ、ねえあれ何?」
「?どれ」
「あの端っこの……布巻かれてるやつ」
「なんだろ、お宝かな」
「そんなまさか」
結構大きい。これは絶対に本じゃない。
なんだろう、大きさの割には薄くて……額縁に入った絵とか?
布に巻かれてるのは保存の為だろうか。
この別館はすきにしていいって言われてるし……いいよね、と思って、ゆっくり丁寧に布を剥がした。
「肖像画……?」
「でっか」
「大きいねえ……」
近くで見ると、金髪の女性ってことしかわからない。
ふたりして少し離れてみて、あ、と同時に声を出した。
「ジルに似てる」
「うん、そうだ、似てるね」
たっぷりとした長い金髪、ぱっちりした綺麗な碧眼、整った高い鼻と微笑んだ薄いピンクの唇。
男女の違いはあれど、明らかに血が繋がってるだろうという女性の絵だった。
その綺麗な女のひとが、膝に猫を乗せている絵だった。
「ジルのお母さんとかかな」
「でも王妃様じゃないよ」
そうか、おれは遠目でよく見えなかったけど、遥陽は実際に王妃様と会ってるのか。
「うーん、おばあちゃんとか、そういう親戚なのかな」
「すごく似てるは似てるよね」
「うん、めっちゃ美人」
「飾ればいいのに」
よく見たら上の壁の方に薄らと跡がある。
元はそこに飾ってあったのかもしれない。
何でだろう、外す理由でもあったのか。そこまで陽が当たらないとこだし、呪いの絵って訳でもなさそうだ。
すごく綺麗だもん。
この別館だっていっぱい絵は飾られてある。
なんでこの絵だけ?
まさか膝の上の猫が黒猫だから、不吉っていうだけ?
「まあ考えてもわかんないか、今度訊こ」
この書庫にもそこそこ来てたんだけどな。
別館だけでも広過ぎて、まだまだわからないことがたくさんあるみたいだ。
「そうだ、今日遥陽どうする?おれの隣の部屋は大体モーリスさんが使ってるんだよね、ゲストルームは幾つか他にもあるんだけど」
「……優希と同じ部屋じゃだめ?」
「いーよ、全然!」
ほっとしたように笑う遥陽に、ちょっと胸が痛くなる。
こんなに遠慮するようになっちゃって。
もっと甘えんぼだったのに、知らない間に少し遠くに行ってしまったみたい。
「……何を?」
アンヌさんからまだ入ってるティーポットを借りた。
頭の中に、まさか、という気持ちがある。でもはっきり弾いたのを見た。不自然な程。
ちょっと自分が嫌だったんだ、何もないことが。
遥陽には役割があるのに。
だから、もしかしたら、もしかしたら自分にも何かがあればって。
「……」
ごくりと息を飲んで、ティーポットを傾ける。
皆が何か言ってるけど、耳に入らなかった。
残念ながら自分に自傷癖はない。
だからそんな勇気が出なくて、ほんのちょろっとだけ、手の甲に注ぐ。
「あ、……っつくない!」
「ユキ!何やってるんだ、危ない!」
「ジル見た!?今!ね、お茶!弾いたよね!?」
「火傷してないか!?」
「してないって、ほら見て、濡れてもないでしょ!」
嬉しくなって、ジルに見せつける。
おれにも何か力がある、何かはわからないけど、でもきっと何かの魔法が使えるんだ。
遥陽みたいに立派でたくさんのひとを救えるものではないかもしれない。
でもおれだって、「失敗」なんかじゃなかった!
「なんだろ、これなんかの魔法?ね、なんか前例ある?」
「……」
「?あ、まさかジルたちがなんかしたとか?おれの力じゃなくて?」
ジルもティノも、苦い顔をしていて、おれの質問に答えてくれない。
なんかまずいことにでもなったのだろうか、ここにきてやっとおれも口を噤んだ。
遥陽の方を向いたけど、遥陽もよくわからないって顔をしている。
「ユキ」
「はい」
「このことは誰にも言わないように」
「……今のを?」
「今のを」
「バレたら駄目なの?おれ殺される?やっぱり失敗?」
「しっ……いや、失敗なんかじゃない、でもこういうことは前例がない」
「前例?」
「神子様以外の召喚に成功した前例がないんだ」
「……?」
モーリスさんとアンヌさんにも口止めをして、ジルとティノは慌ただしく別館を後にした。
おれたちに謎を残したまま。
◇◇◇
遥陽を連れて行かれなかったのをいいことに、きっと今夜も別館に泊まっていいんだろう、と勝手に判断して、館内を案内する。
お風呂さえゆっくり入れなかったという遥陽に同情をしつつ、後でゆっくり入ろうと約束をした。
「ここは……書庫?」
「うん」
「へえ、あっちと比べるとまた広さが違うけど、これくらいの方が落ち着くね」
「お城だとそんなすごいの?」
「図書館レベル」
「うへ」
図書館レベルと図書室レベルだと大分違う。
お城の広さもわかるようで、絶対行きたくないと思ってしまった。読書家なら夢のようなんだろうけど。
おれにとっては難しい本は睡眠導入剤だ。
ここでのんびり本を読むんだよ、と窓際のソファに案内すると、気持ち良さそう、と目を細めた。
「遥陽はもう結構本とか読めるの」
「うーん、まあある程度は、かな」
「流石だなー、おれまだ絵本とか簡単なやつくらい」
「優希あんまり本とか読まなかったし、それと比べたらすごいじゃん」
「褒められるハードルひっくう」
「あはは、あ、ねえあれ何?」
「?どれ」
「あの端っこの……布巻かれてるやつ」
「なんだろ、お宝かな」
「そんなまさか」
結構大きい。これは絶対に本じゃない。
なんだろう、大きさの割には薄くて……額縁に入った絵とか?
布に巻かれてるのは保存の為だろうか。
この別館はすきにしていいって言われてるし……いいよね、と思って、ゆっくり丁寧に布を剥がした。
「肖像画……?」
「でっか」
「大きいねえ……」
近くで見ると、金髪の女性ってことしかわからない。
ふたりして少し離れてみて、あ、と同時に声を出した。
「ジルに似てる」
「うん、そうだ、似てるね」
たっぷりとした長い金髪、ぱっちりした綺麗な碧眼、整った高い鼻と微笑んだ薄いピンクの唇。
男女の違いはあれど、明らかに血が繋がってるだろうという女性の絵だった。
その綺麗な女のひとが、膝に猫を乗せている絵だった。
「ジルのお母さんとかかな」
「でも王妃様じゃないよ」
そうか、おれは遠目でよく見えなかったけど、遥陽は実際に王妃様と会ってるのか。
「うーん、おばあちゃんとか、そういう親戚なのかな」
「すごく似てるは似てるよね」
「うん、めっちゃ美人」
「飾ればいいのに」
よく見たら上の壁の方に薄らと跡がある。
元はそこに飾ってあったのかもしれない。
何でだろう、外す理由でもあったのか。そこまで陽が当たらないとこだし、呪いの絵って訳でもなさそうだ。
すごく綺麗だもん。
この別館だっていっぱい絵は飾られてある。
なんでこの絵だけ?
まさか膝の上の猫が黒猫だから、不吉っていうだけ?
「まあ考えてもわかんないか、今度訊こ」
この書庫にもそこそこ来てたんだけどな。
別館だけでも広過ぎて、まだまだわからないことがたくさんあるみたいだ。
「そうだ、今日遥陽どうする?おれの隣の部屋は大体モーリスさんが使ってるんだよね、ゲストルームは幾つか他にもあるんだけど」
「……優希と同じ部屋じゃだめ?」
「いーよ、全然!」
ほっとしたように笑う遥陽に、ちょっと胸が痛くなる。
こんなに遠慮するようになっちゃって。
もっと甘えんぼだったのに、知らない間に少し遠くに行ってしまったみたい。
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