8 / 161
8
しおりを挟む◇◇◇
早朝、ジルはおれに行ってくる、とまさかの手の甲に唇を落としてから出て行った。
映画とかでしか見たことないやつだ。
ある意味見慣れてる筈なのに、対象が自分というだけで朝から爆発してしまいそうだった。
その後は当然というかなんというか、二度寝など出来る訳もなく、アンヌさん達が来るまで心臓を抑えつつ待つ羽目になってしまった。
◇◇◇
「そうですか!お食事摂れて良かったですわ」
「すみません……スープだけなんですけど」
「大丈夫ですよ、今朝はどうです?パンと卵くらいは食べれるかしら」
「あっはい、大丈夫です」
昨夜のスープの話をすると、アンヌさんは大変喜んでくれた。
体調が悪くての食欲不振ではなく、ただの疑り深い性格のせいなので、そんなに気にされなくても食べられるのだ。
こんなに優しくしてくれる人を疑ってたなんて申し訳ない。
まだ仕方なかっただろ、とも思うけど。
「モーリス様も如何です?」
「いやー、俺も食べてきたんですけど、折角だから頂こうかな!」
「じゃあ用意してきますね」
にこにこと嬉しそうに部屋を出ていく。
手伝った方が、と思ったけど、アンヌさんの仕事だからと止められた。
おれの世話がアンヌさんの仕事、それならおれの仕事はなんだろう。
穀潰しでしかなくない?
多分お金持ちだし、おれひとり増えたところでどうってことないんだろうけど。
でもいつまでここにいていいかわからないし……
「難しい顔されてますねえ」
「あっごめんなさい!」
「簡単なものですがどうぞ」
簡単なというけど、朝はパン1つとかで済ませてた前の生活とは違い、デザートまである豪華な朝食だ。
おれあんまり朝は食べられないんだけど。
でも昨日まで殆ど食べず、スープのみで済ませてしまっていたし、何よりアンヌさんが嬉しそうにしてるものだから頑張って完食……は出来なかったけど、そこそこ平らげてみせた。
「美味しかったです」
「何かお好きなものがあればお作りしますよ」
「おれなんでも食べれるので大丈夫です!苦いのだけは苦手ですが」
「では苦いものは止めておきますね」
ふふ、と笑いながら食器を片付けていく。
流石にこれは良いだろう、とその手伝いをすると、アンヌさんは驚いた顔をしたが、それを受け入れてくれた。
うちは祖母はどちらも早く亡くなっていたので、おばあちゃんってこんな感じかな、とちょっと嬉しい。
「あの」
「はい」
「この家……御屋敷?別館ってジルは言ってたんですけど……部屋を色々見ても大丈夫ですか?」
「ええ、案内しましょうか」
「はい!」
アンヌさんとモーリスさんもいてくれたら、うろうろしてたら即攻撃されるとかないよな、特にジルもなんも言ってなかったし。
別館と言う割には広そうだったから気になってたんだよね。トイレくらいでしかこの部屋出たことないんだもん、他に何があるかも見てみたい。
ここは多分2階でしょ、廊下を見る感じ2階だけでも結構部屋がある。
1階には何があるんだろう。
この別館に『住んでる』のはおれだけなのか。
静かだし、誰もいないのかなって。
誰かいてもこわいし、誰もいないのもこわい。
だからといってじゃあお城に行きますか?って言われても嫌なんだけど。
モーリスさんをちらりと見る。
騎士団とかメイドさんとかどこに住んでるんだろう。
それぞれの家?
寮みたいなのないのかな。そっちの方が安心出来そうなんだけど。
おれにこの広い家は分不相応だ。
「なんです?歩けないですか?抱っこしますか?」
「歩けます!」
アンヌさんは仕方ないとして、モーリスさんからも子供扱いな気がする。
そりゃ騎士団に所属してるようながっしりしたモーリスさんと比べたら、貧弱もやしのおれなんて子供にしか見えないのだろう。
でも弟くらいって言ってたし、おれの歳は知らないにしても、そこまで子供だとは思ってないよな?からかってるだけだよな?
「ここは何ですか?ここも寝室?」
2階にあるのはおれの部屋以外はトイレと客用の寝室ばかり。
つまりおれはジルがいなかったらこのくそ広いフロアにひとりきりだったわけで。そう考えるとぞっとした。
「ここは書庫ですわ」
「書庫……入ってもいいんですか?」
「ええ」
ドアを開けると、大きな本棚と、そこにぎっしり詰まった本があった。
紙のにおいがする。
窓際にテーブルとソファが置いてあった。天気の良い日にそこで本を読むと気持ち良さそうだ。
本という娯楽に少し安心した。暇潰しがないのはまじで現代人にはきつい。
「ここの本ってどんなのがあるんですか?国のこととか?絵本とか物語ってあるのかな」
「そうですねえ、この辺りに……」
アンヌさんが案内してくれた。
表紙に人のイラストがある本。確かに物語っぽい。
ぱらぱらと捲ってみて、すぐに閉じた。
……読めない。全く読めない。
英語とか、知ってる言語じゃない。
どういう理屈か、おれたちの言葉は伝わってるし、おれたちも皆の言葉はわかる。
わかるんだけど、読み書きは全くわからない。
「どうされました?」
「……字、わからないです」
「あらあら」
「読めない……」
「ではユキ様が大丈夫でしたらお勉強しましょうか」
「べんきょう……」
勉強なんてだいきらいだ。
でも前の世界に戻れないなら、ここで生きていくなら……文字くらいわかっていなきゃだめだよな……と嫌々頷いた。
132
お気に入りに追加
3,600
あなたにおすすめの小説

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?
下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。
そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。
アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。
推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!
華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる