180 / 192
伊吹は
11
しおりを挟む
わかってるんだけれど、と呟くように漏らすおれに、じゃあ僕たちのこともわかってよ、と有都さんは小さく返してきた。
「難しく考え過ぎだよ」
「……むずかしく、」
「僕の前世がアルベールだっただけ。伊吹も、玲於さんも。どっちの記憶もあってもいいじゃない、お得だと思えば」
「お得って……」
「あのしおらしいイヴも、今の元気な伊吹もどちらもかわいくて、その両方を知ってることは得でしかないと思うけど」
マリアと穏やかに話すイヴも、三つ子の竜とエディーと一緒に走り回るイヴも、妹のことで悩む伊吹も、お腹いっぱいって満足そうな伊吹も、全部かわいいよ、まだまだあるよ、全部聞く?
そう耳元で囁くようにつらつら上げていく有都さんにもういいと首を振ると、残念、と笑いを堪えるような声がした。
有都さんはふざけてる訳ではないとわかるから、恥ずかしいけどそれを受け入れる。
確かに難しく考え過ぎなのかもしれない。
有都さんもアルベールも、格好良いし優しいし、どっちのことも覚えてるのはうん、お得だと思うけど。
まあ、少しずれてるのもわかる。
けどそれは口にしない。有都さんがおれを宥める為に言った言葉なのだと理解してるから。
「お前には感謝してるんだよ」
「……?」
「伊吹がイヴにならなきゃ、俺たちはお前を思い出せなかったかもしれない、見つけてと言わなきゃ、探さなかったかもしれない」
「……うん」
「イヴのことはもう懐かしい想い出なんだよ、今は伊吹に会えて良かったと、有都を見つけられて良かったと、……伊吹が想い出にならなくて良かったと、そう思うくらいに」
アルコールのにおいがする。
そう感じたのと同時に、瞼に唇が落とされた。
やっとか、と思った。やっと、玲於さんがその気になったのかと。
……なんかおれが考えてたのとは違うけど。
そのまま頬と耳元、それから首筋。触れるだけの軽いキスだった。
口元は飛ばされたみたいで、少し物足りない。
じっと玲於さんを見つめると、苦笑して、それからやっと唇に重なった。
でもそれも挨拶のような、すぐ離れてしまうもの。
……いや、挨拶のようなっていったって、あの世界と違って今のおれたちにとってキスは挨拶ではないんだけど。
「あ」
「どうした」
「……おれが悪いのかな」
「え、何の話」
背後から有都さんも焦ったように声を掛ける。
おれが比べてるのかな、って思ったんだ。
「おれがイヴに拘ってるのかなって……」
そりゃああんな経験、普通に有り得ないことだと思う。
前世だとか違う世界だとか、竜とか魔法とか、また現世に戻ってきたと思ったらふたりに……ふたりだけではないけど、想い人に再会出来たとか。
イヴと比べて、イヴのお陰だとか、イヴのせいだとか、イヴの方がだとか、全部をイヴと絡めてしまって、それってイヴに責任を押し付けてるみたいだ。
別に彼がおれを呼んだ訳でもないのに。自分を被害者みたいに。
寧ろ良いところはおれが取っちゃったような気もするし、彼だって被害者だし、何なら今のこのしあわせの為に前世へ改革に行ったようなものなのに。
勝手にイヴに負けたような気持ちになるなんて。
自信がなかった。イヴじゃないといけない気がした。
イヴであることが前提でないと愛されないと思った。
幾ら伊吹と名前を呼んでもらえても、触れてもらっても、おれがイヴであったことがだいじで、だからふたりはおれを見てくれるんだって。
それは間違いじゃない。
そうじゃなければふたりはおれのことを想ったりなんてしなかった。
それが嫌なんじゃない。
そういう出会い方だって間違いじゃないと思う。
問題なのは、おれがただ、ひとりだけ弱いこと。
どうでもいいと思えなかった。お得だからいいじゃんとか、今しあわせなんだからいいじゃんだとか。
だって今しあわせだったって、終わりが来ると考えるとこわい。
「イヴみたいに……愛される根拠がないから」
「根拠、」
国に重宝されるような能力、家柄、愛されて育ったことからくる素直さや穏やかさ、そういうものは全て持ち合わせてない。
おれが誇れることは愛莉だけだった。
ただ純粋に、必要としてくれるのも。
「だって……おれ、なんもいいとこ、ないよ、イヴみたいに能力だって……もう、なくて」
「そんなの僕にだってないよ、玲於さんにも」
「権力もないしな」
「いや権力はありますよ」
「……社長」
「王子なんてのとはまた別だろう」
「でもその分柵もないですよね」
「自由だな」
ふふ、と笑うふたりにもう焦りは感じなかった。
有都さんがぎゅうと腰を抱き、玲於さんは頬をさらりと撫でる。
「伊吹がいいよ」
「ああ」
「かわいくて堪んないの。能力なんてなくたって、僕たちが惹かれたのはそこじゃないよ、イヴに能力がなくたって、伊吹に能力がなくたって、僕たちが愛しいと思ったところはそこじゃない」
じゃあどこ、とは訊けなかった。
そんなの、訊けるのはちょっとくらい自信があるひとか、無謀な奴しかいないと思う。少しばかり褒められる容姿はその内衰えるものだとわかっているし。
ぎゅう、と無意識にシャツを掴んだ手に長い指が重なった。有都さんの手だ。
その手毎玲於さんの大きな手が覆う。
そんなことに少しだけ、安心してしまうようになったのは、まあ悔しいことにそれはイヴの記憶もあるからだ。
「難しく考え過ぎだよ」
「……むずかしく、」
「僕の前世がアルベールだっただけ。伊吹も、玲於さんも。どっちの記憶もあってもいいじゃない、お得だと思えば」
「お得って……」
「あのしおらしいイヴも、今の元気な伊吹もどちらもかわいくて、その両方を知ってることは得でしかないと思うけど」
マリアと穏やかに話すイヴも、三つ子の竜とエディーと一緒に走り回るイヴも、妹のことで悩む伊吹も、お腹いっぱいって満足そうな伊吹も、全部かわいいよ、まだまだあるよ、全部聞く?
そう耳元で囁くようにつらつら上げていく有都さんにもういいと首を振ると、残念、と笑いを堪えるような声がした。
有都さんはふざけてる訳ではないとわかるから、恥ずかしいけどそれを受け入れる。
確かに難しく考え過ぎなのかもしれない。
有都さんもアルベールも、格好良いし優しいし、どっちのことも覚えてるのはうん、お得だと思うけど。
まあ、少しずれてるのもわかる。
けどそれは口にしない。有都さんがおれを宥める為に言った言葉なのだと理解してるから。
「お前には感謝してるんだよ」
「……?」
「伊吹がイヴにならなきゃ、俺たちはお前を思い出せなかったかもしれない、見つけてと言わなきゃ、探さなかったかもしれない」
「……うん」
「イヴのことはもう懐かしい想い出なんだよ、今は伊吹に会えて良かったと、有都を見つけられて良かったと、……伊吹が想い出にならなくて良かったと、そう思うくらいに」
アルコールのにおいがする。
そう感じたのと同時に、瞼に唇が落とされた。
やっとか、と思った。やっと、玲於さんがその気になったのかと。
……なんかおれが考えてたのとは違うけど。
そのまま頬と耳元、それから首筋。触れるだけの軽いキスだった。
口元は飛ばされたみたいで、少し物足りない。
じっと玲於さんを見つめると、苦笑して、それからやっと唇に重なった。
でもそれも挨拶のような、すぐ離れてしまうもの。
……いや、挨拶のようなっていったって、あの世界と違って今のおれたちにとってキスは挨拶ではないんだけど。
「あ」
「どうした」
「……おれが悪いのかな」
「え、何の話」
背後から有都さんも焦ったように声を掛ける。
おれが比べてるのかな、って思ったんだ。
「おれがイヴに拘ってるのかなって……」
そりゃああんな経験、普通に有り得ないことだと思う。
前世だとか違う世界だとか、竜とか魔法とか、また現世に戻ってきたと思ったらふたりに……ふたりだけではないけど、想い人に再会出来たとか。
イヴと比べて、イヴのお陰だとか、イヴのせいだとか、イヴの方がだとか、全部をイヴと絡めてしまって、それってイヴに責任を押し付けてるみたいだ。
別に彼がおれを呼んだ訳でもないのに。自分を被害者みたいに。
寧ろ良いところはおれが取っちゃったような気もするし、彼だって被害者だし、何なら今のこのしあわせの為に前世へ改革に行ったようなものなのに。
勝手にイヴに負けたような気持ちになるなんて。
自信がなかった。イヴじゃないといけない気がした。
イヴであることが前提でないと愛されないと思った。
幾ら伊吹と名前を呼んでもらえても、触れてもらっても、おれがイヴであったことがだいじで、だからふたりはおれを見てくれるんだって。
それは間違いじゃない。
そうじゃなければふたりはおれのことを想ったりなんてしなかった。
それが嫌なんじゃない。
そういう出会い方だって間違いじゃないと思う。
問題なのは、おれがただ、ひとりだけ弱いこと。
どうでもいいと思えなかった。お得だからいいじゃんとか、今しあわせなんだからいいじゃんだとか。
だって今しあわせだったって、終わりが来ると考えるとこわい。
「イヴみたいに……愛される根拠がないから」
「根拠、」
国に重宝されるような能力、家柄、愛されて育ったことからくる素直さや穏やかさ、そういうものは全て持ち合わせてない。
おれが誇れることは愛莉だけだった。
ただ純粋に、必要としてくれるのも。
「だって……おれ、なんもいいとこ、ないよ、イヴみたいに能力だって……もう、なくて」
「そんなの僕にだってないよ、玲於さんにも」
「権力もないしな」
「いや権力はありますよ」
「……社長」
「王子なんてのとはまた別だろう」
「でもその分柵もないですよね」
「自由だな」
ふふ、と笑うふたりにもう焦りは感じなかった。
有都さんがぎゅうと腰を抱き、玲於さんは頬をさらりと撫でる。
「伊吹がいいよ」
「ああ」
「かわいくて堪んないの。能力なんてなくたって、僕たちが惹かれたのはそこじゃないよ、イヴに能力がなくたって、伊吹に能力がなくたって、僕たちが愛しいと思ったところはそこじゃない」
じゃあどこ、とは訊けなかった。
そんなの、訊けるのはちょっとくらい自信があるひとか、無謀な奴しかいないと思う。少しばかり褒められる容姿はその内衰えるものだとわかっているし。
ぎゅう、と無意識にシャツを掴んだ手に長い指が重なった。有都さんの手だ。
その手毎玲於さんの大きな手が覆う。
そんなことに少しだけ、安心してしまうようになったのは、まあ悔しいことにそれはイヴの記憶もあるからだ。
577
お気に入りに追加
3,737
あなたにおすすめの小説
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
嫌われ者の僕はひっそりと暮らしたい
りまり
BL
僕のいる世界は男性でも妊娠することのできる世界で、僕の婚約者は公爵家の嫡男です。
この世界は魔法の使えるファンタジーのようなところでもちろん魔物もいれば妖精や精霊もいるんだ。
僕の婚約者はそれはそれは見目麗しい青年、それだけじゃなくすごく頭も良いし剣術に魔法になんでもそつなくこなせる凄い人でだからと言って平民を見下すことなくわからないところは教えてあげられる優しさを持っている。
本当に僕にはもったいない人なんだ。
どんなに努力しても成果が伴わない僕に呆れてしまったのか、最近は平民の中でも特に優秀な人と一緒にいる所を見るようになって、周りからもお似合いの夫婦だと言われるようになっていった。その一方で僕の評価はかなり厳しく彼が可哀そうだと言う声が聞こえてくるようにもなった。
彼から言われたわけでもないが、あの二人を見ていれば恋愛関係にあるのぐらいわかる。彼に迷惑をかけたくないので、卒業したら結婚する予定だったけど両親に今の状況を話て婚約を白紙にしてもらえるように頼んだ。
答えは聞かなくてもわかる婚約が解消され、僕は学校を卒業したら辺境伯にいる叔父の元に旅立つことになっている。
後少しだけあなたを……あなたの姿を目に焼き付けて辺境伯領に行きたい。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?
み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました!
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
前世の愛が重かったので、今世では距離を置きます
曙なつき
BL
五歳の時、突然前世の記憶を取り戻した僕は、前世で大好きな魔法研究が完遂できなかったことを悔いていた。
常に夫に抱きつぶされ、何一つやり遂げることができなかったのだ。
そこで、今世では、夫と結婚をしないことを決意した。
魔法研究オタクと番狂いの皇太子の物語。
相愛ですが、今世、オタクは魔法研究に全力振りしており、皇太子をスルーしようとします。
※番認識は皇太子のみします。オタクはまったく認識しません。
ハッピーエンド予定ですが、前世がアレだったせいで、現世では結ばれるまで大変です。
第一章の本文はわかりにくい構成ですが、前世と今世が入り混じる形になります。~でくくるタイトルがつくのは前世の話です。場面の切り替えが多いため、一話の話は短めで、一回に二話掲載になることもあります。
物語は2月末~3月上旬完結予定(掲載ペースをあげ当初予定より早めました)。完結まで予約投稿済みです。
R18シーンは予告なしに入ります。なお、男性の妊娠可能な世界ですが、具体的な記述はありません(事実の羅列に留められます)。
僕の策略は婚約者に通じるか
藍
BL
侯爵令息✕伯爵令息。大好きな婚約者が「我慢、無駄、仮面」と話しているところを聞いてしまった。ああそれなら僕はいなくならねば。婚約は解消してもらって彼を自由にしてあげないと。すべてを忘れて逃げようと画策する話。
フリードリヒ・リーネント✕ユストゥス・バルテン
※他サイト投稿済です
※攻視点があります
【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません
八神紫音
BL
やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。
そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。
身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!
冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。
「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」
前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて……
演技チャラ男攻め×美人人間不信受け
※最終的にはハッピーエンドです
※何かしら地雷のある方にはお勧めしません
※ムーンライトノベルズにも投稿しています
謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません
柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。
父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。
あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない?
前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。
そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。
「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」
今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。
「おはようミーシャ、今日も元気だね」
あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない?
義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け
9/2以降不定期更新
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる