【完結】イヴは悪役に向いてない

ちかこ

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伊吹は

6*

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「玲於さんのこと、その気にさせないとね?」
「その気、って……」
「大丈夫、伊吹を見てればすぐにその気になるよ、あのひとは」
「……ッあ、」

 裾から入った手が太腿を撫でて、内腿を擦る。
 そのぎりぎりのところがもどかしい。そんなとこ、自分で触ったって気持ちよくもなんもないのに。
 擽ったさと、ぞくぞくと背中を走るものに、鼻から抜けるような声が漏れてしまう。
 自分から出る甘ったるい声に慣れない。
 ひとりだと声を殺せるのに、誰かに触れられると漏れる声を何故止められないのだろう。

「ん、ン……っ」
「声出していいよ、玲於さんに聞かせなきゃ」
「やっ、だ……!ひッう」
「甘いにおいする」

 耳元に有都さんの鼻先が擦る。その甘いにおいは入浴剤の香りだ。
 有都さんたちが用意したんでしょと我ながら拗ねたように返すおれに、他にも色々あるから今度は一緒に入ろうね、というお誘いには簡単に頷けない。
 だって本気にしそうだし、ふたりとも。

 頬や耳に触れる指先がその度にひんやりと感じて、あたためてあげたくなる。
 幾らなんでもエアコンを強くしすぎじゃないかな、おれだけがあつくなってる気がする。
 ……玲於さんの視線だってあついけど、まだおれに触れる気はないみたい。

「……ッう!」
「大きな服だから胸元も緩いね」
「あっ、う、っや……」

 襟元から潜り込んだ指が胸を這う。
 これまた悔しいのは、そんなところで気持ちよくなるともう知ってしまってることだ。
 でもそれはイヴの躰であって、伊吹の躰ではまだ擽ったいような、そんな微妙な感覚。
 女性のように柔らかな脂肪はないそこは、それでも触られると反応はする。快感を追わなくても、触れた手や空気に硬く尖ってしまう場所なのは誰だって知ってる。
 けれど今はそんなことじゃなくて、当然じゃなくて、気持ちいい訳でもなくて、有都さんに触られてるから反応してしまってる、んだと思う。

 野暮だと思ってふたりには訊いてなかった。
 自分で訊いおいて傷付くのも嫌だったし、でもこんな綺麗なひとたちを周りが放っておかないともわかってる。
 きっとふたりは、アルベールとレオンの時はイヴをだいじにしてくれたのだろうけど、生まれ変わってこの世界に来て、おれの呪いの言葉を覚えていたって、また会える保証なんてなくて、実際に数十年会えなかった訳で、その間に誰とも経験がないなんて言わないだろう。
 それはおれが文句を言えることでもない。
 でももやもやしてしまうのはやっぱり、その、それも仕方ないと思う。
 初めては自分が良かったな、なんて。

 ……そんなことは無理に決まってるし、今更言ったって困らせるだけだ。
 会えただけで奇跡なんだと感謝しないといけないのに。こうやって一緒にいられることが凄いことだというのに。
 だから自分に出来ることは、またふたりの最後になる為の努力。
 その努力の仕方はよくわかってないんだけど。

「……ッん、ん……う、」
「あんまりここは自分で触らない?」
「さわんないっ……ごめ、っ」
「なんで謝るの」

 ふ、と有都さんが笑う。いいよ、ここで気持ちよくなれるのは知ってるもんね、ゆっくり慣らしていこうね、と。
 全部ばれちゃってるんだろうな。
 イヴの気持ちいいところを全部知ってるから。だから伊吹もきっと気持ちよくなるって。ただ躰がまだついていかないだけだって。
 少しざわざわする。この感覚はなんなのだろう。

「伊吹」
「んえ……」

 慣らしていこうね、と言いつつ弾いたり摘んだりとその指先を止めない有都さんに、次回からじゃなくて今回からその気なのかと腰を引きながら耐えていると玲於さんに名前を呼ばれた。
 助けてくれる訳ではないとわかっているけれど、名前を呼ばれたらそりゃあ反応する。
 かおを上げると、少し離れた先で彼はまだそこから動きもせず、見えない、と言った。

「みえ……?」
「俺に見せてくれるんじゃなかったのか?ほら、裾」
「すそ……」
「捲って」
「は」

 少し間が空いて、ふふ、とまた耳元で笑い声が漏れた。いじわるだねえ、と擽るような有都さんの声。
 更に数秒考えて、それからふたりの言う意味がやっとわかった。
 有都さんにじゃなくて、おれに。おれが、自分で裾を捲って彼に見せつけろとそう言っているのだ。
 そんなこと、出来る訳ない。そんな、……そんな恥ずかしいこと。

 胸元はそう感じないとはいえ突起は主張してるし、肌に触れられていること自体にぞわぞわしている。
 何より下半身が既に危ない、キスだけで反応してしまった程もう……その、まだ始まったばかりだというのに。
 ふるふると力なく首を横に振ると、嫌なのかと問われたものだから素直に頷くと、そうか、と少し残念そうな声。
 あれ、と再度かおを上げると、伊吹は有都が触ってくれたらいいんだもんな、と苦笑されてしまった。

 ……グラスを空にしてからって、そう決めたのはそっちなのに。
 おれはなんも言ってないのに。寧ろちょっと腹が立ってるのはおれの方なのに。
 誘えるような色気が足りなくて悪かったな。

「んッ」

 有都さんの襟元を掴んで寄せる。
 かち、と歯が当たる音がしたけれど気付かない振りをした。
 おれに色気がないなら有都さんに頼るまでだ。
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