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伊吹は
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そろりと離した指先を掴み、ありがと、と有都さんはそこにも唇を落とす。
そういうとこ、レオンよりアルベールの方が絵本や漫画の王子さまみたいなんだよな、と思ったところ。
でも今はアルベールではなく、有都さんは有都さんとして二十年以上生きてきた訳で、前世の記憶があったって、目の前の有都さんはこの世界のただの大学生だ。
アルベールであって、もう違うひとでもある。そうちゃんと理解している。
……いや、やっぱり普通の大学生は、そんな王子さまみたいなキスはしない、多分。
「ンっ、う」
薄い舌先が唇を舐めて、隙間から割り込む。舌先を突かれて、それに応えるように自分からその舌を有都さんの咥内に差し込むと軽く噛まれ、びく、と揺れた肩に笑い声がした。
唇を重ねたままの笑みは響く。まだ十数秒しか経ってないと思うのだけれど、頭が真っ白になってしまう。
離れようとしたおれの耳元に触れて、もう少しだけ、というように舌先を吸われた。
「ん、ァゔ、う」
いつもより性急な気がするのは、その、やっぱり待たせてしまったからだろうか。
穏やかに笑うひとが、優しく声を掛けるひとが、待てないとあつい視線を自分に向けていることにぞく、とした。
正直、そのかおがすきだ。
おれなんかでいいのかな、と考えることが馬鹿らしくなってしまうような、おれなんか相手に欲情した表情。堪らなくなる。
おれよりもずっとしっかりしたひとが、兄のようだと思っていたひとが、なんだか少し、かわいく見えて胸がきゅうっとなる。
「は、ぁ……ふ、」
「ごめんね、ちょっと息苦しかった?」
「ん……へーひ」
「舌回ってない」
かわいい、と有都さんは嬉しそうに呟き、おれの口元を拭う。世話を焼くの、すきだよな、と思う。
まるでエディーにするかのような仕草が嬉しいと思ってしまうのだから、おれの甘ったれも大概だけれど。
でもその距離感は嫌じゃない。弟ではないのに弟のようにだいじに扱われるのは懐かしさもある。
そういえば、と有都さんにされるがまま視線だけ泳がせると、ソファに座る玲於さんとぶつかった。
……まーだお酒呑んでる。
にっと笑って、ひらりと手を降る玲於さんに、少しだけむっとした。なんでそんな平気そうなかおしてるんだろう。
おれも有都さんも、もう堪んない気持ちになってるというのに。
「……ねえこういうの、やっぱり女の子がするやつじゃない?」
「こういうの?」
「服……あ、」
裾を少し持ち上げて、下着を着けてないことを思い出して慌ててまた元に戻す。
いや、下着の問題だけではない。
主張する下半身はわかりやすく薄い生地を持ち上げていた。
その状態で裾を引っ張ったって余計に目立たせてしまうことに気付いて、前屈みになり有都さんからの視線を遮る。
わざとじゃない、わざと見せつけたんじゃない。
「いいと思うよ?かわいいと思うし……僕は結構クるかな、伊吹なら何したってかわいいけどね」
「……そうなの?」
「彼シャツってやつでしょ」
「これ有都さんのじゃなくて、玲於さんのじゃないの?」
「うん、だから余計に」
「……?」
首を傾げると有都さんは微笑んで、何が気になるの、と問う。
おれの視線の先の玲於さんに気付いて、ああ、とすぐに納得した。
そんなこと気にしなくてもいいのに、あのひとはむっつりなんだから。そう言っておれの手を払い、シャツの裾を捲る。
ぎゃっと色気のない声を上げてぎりぎりのところでまた裾を押さえるおれに、こういうことでしょ、と笑った。
「こ、こういうこと、って」
「玲於さんが普通にしてるのが気になったんでしょ、あのひとはいつもああいうかおなの。余裕ぶっちゃうのが癖なんだよ、それがおとなだと思ってるのかな」
「え、え、わかっ、わかる、けど、その、手、なんで止めないの」
ぐいぐいと裾を引いても、その隙間から入った手が止まらない。
手つきがやらしいのは、やらしいことをしようとしてるのだから当たり前なんだけど。
心做しか、ソファの方へ見せつけてるような気がして。
……いや、絶対気のせいじゃなくて見せつけてるんだろうけど。
この貧相な躰を見られるのはもう慣れたと思っていた。
けれどこの状況は話が違う。
どうしてくれんの、玲於さんがおれに興奮しなかったら。そっちの方が恥ずかしい。
「んっ……」
「先に始めちゃいますよ」
「これが終わったらそっちに行くよ」
グラスを傾けて笑った玲於さんに、お酒に負けてるんだかつまみにしてるんだか、と有都さんが溜息を吐いた。
アルベールの時より更に有都さんは辛辣だ、割とずばずばとものを言う。悔しいのは、玲於さんがそれに満更でもないこと。
ふたりが仲が良くて嬉しいのに、それを望んでたのに、この家に住むことを選ばなかったのは自分なのに、おれの知らないふたりを勝手に想像して嫉妬する。
なんて我儘なことを。わかっていても、そんな気持ちが湧いてしまうのは仕方ないとも思う。
だってそうでしょう、ふたりのこと、すきじゃなければそんなこと、考えないんだから。
そういうとこ、レオンよりアルベールの方が絵本や漫画の王子さまみたいなんだよな、と思ったところ。
でも今はアルベールではなく、有都さんは有都さんとして二十年以上生きてきた訳で、前世の記憶があったって、目の前の有都さんはこの世界のただの大学生だ。
アルベールであって、もう違うひとでもある。そうちゃんと理解している。
……いや、やっぱり普通の大学生は、そんな王子さまみたいなキスはしない、多分。
「ンっ、う」
薄い舌先が唇を舐めて、隙間から割り込む。舌先を突かれて、それに応えるように自分からその舌を有都さんの咥内に差し込むと軽く噛まれ、びく、と揺れた肩に笑い声がした。
唇を重ねたままの笑みは響く。まだ十数秒しか経ってないと思うのだけれど、頭が真っ白になってしまう。
離れようとしたおれの耳元に触れて、もう少しだけ、というように舌先を吸われた。
「ん、ァゔ、う」
いつもより性急な気がするのは、その、やっぱり待たせてしまったからだろうか。
穏やかに笑うひとが、優しく声を掛けるひとが、待てないとあつい視線を自分に向けていることにぞく、とした。
正直、そのかおがすきだ。
おれなんかでいいのかな、と考えることが馬鹿らしくなってしまうような、おれなんか相手に欲情した表情。堪らなくなる。
おれよりもずっとしっかりしたひとが、兄のようだと思っていたひとが、なんだか少し、かわいく見えて胸がきゅうっとなる。
「は、ぁ……ふ、」
「ごめんね、ちょっと息苦しかった?」
「ん……へーひ」
「舌回ってない」
かわいい、と有都さんは嬉しそうに呟き、おれの口元を拭う。世話を焼くの、すきだよな、と思う。
まるでエディーにするかのような仕草が嬉しいと思ってしまうのだから、おれの甘ったれも大概だけれど。
でもその距離感は嫌じゃない。弟ではないのに弟のようにだいじに扱われるのは懐かしさもある。
そういえば、と有都さんにされるがまま視線だけ泳がせると、ソファに座る玲於さんとぶつかった。
……まーだお酒呑んでる。
にっと笑って、ひらりと手を降る玲於さんに、少しだけむっとした。なんでそんな平気そうなかおしてるんだろう。
おれも有都さんも、もう堪んない気持ちになってるというのに。
「……ねえこういうの、やっぱり女の子がするやつじゃない?」
「こういうの?」
「服……あ、」
裾を少し持ち上げて、下着を着けてないことを思い出して慌ててまた元に戻す。
いや、下着の問題だけではない。
主張する下半身はわかりやすく薄い生地を持ち上げていた。
その状態で裾を引っ張ったって余計に目立たせてしまうことに気付いて、前屈みになり有都さんからの視線を遮る。
わざとじゃない、わざと見せつけたんじゃない。
「いいと思うよ?かわいいと思うし……僕は結構クるかな、伊吹なら何したってかわいいけどね」
「……そうなの?」
「彼シャツってやつでしょ」
「これ有都さんのじゃなくて、玲於さんのじゃないの?」
「うん、だから余計に」
「……?」
首を傾げると有都さんは微笑んで、何が気になるの、と問う。
おれの視線の先の玲於さんに気付いて、ああ、とすぐに納得した。
そんなこと気にしなくてもいいのに、あのひとはむっつりなんだから。そう言っておれの手を払い、シャツの裾を捲る。
ぎゃっと色気のない声を上げてぎりぎりのところでまた裾を押さえるおれに、こういうことでしょ、と笑った。
「こ、こういうこと、って」
「玲於さんが普通にしてるのが気になったんでしょ、あのひとはいつもああいうかおなの。余裕ぶっちゃうのが癖なんだよ、それがおとなだと思ってるのかな」
「え、え、わかっ、わかる、けど、その、手、なんで止めないの」
ぐいぐいと裾を引いても、その隙間から入った手が止まらない。
手つきがやらしいのは、やらしいことをしようとしてるのだから当たり前なんだけど。
心做しか、ソファの方へ見せつけてるような気がして。
……いや、絶対気のせいじゃなくて見せつけてるんだろうけど。
この貧相な躰を見られるのはもう慣れたと思っていた。
けれどこの状況は話が違う。
どうしてくれんの、玲於さんがおれに興奮しなかったら。そっちの方が恥ずかしい。
「んっ……」
「先に始めちゃいますよ」
「これが終わったらそっちに行くよ」
グラスを傾けて笑った玲於さんに、お酒に負けてるんだかつまみにしてるんだか、と有都さんが溜息を吐いた。
アルベールの時より更に有都さんは辛辣だ、割とずばずばとものを言う。悔しいのは、玲於さんがそれに満更でもないこと。
ふたりが仲が良くて嬉しいのに、それを望んでたのに、この家に住むことを選ばなかったのは自分なのに、おれの知らないふたりを勝手に想像して嫉妬する。
なんて我儘なことを。わかっていても、そんな気持ちが湧いてしまうのは仕方ないとも思う。
だってそうでしょう、ふたりのこと、すきじゃなければそんなこと、考えないんだから。
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