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伊吹は
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……思っていたのに、その奇特なひとはふたりもいて、おれの方を見てはにこにこと瞳を細め、口許を緩ませていた。
「えりちゃんに一途なとこ見せてあげなきゃね?」
「……時間いっぱい掛かるじゃん」
「そうだね、いっぱい一緒にいようね」
有都さんはふふ、と笑っておれの前にきりっと冷やされたゼリーを置いた。
胸がぎゅっとなって、それからいや、違う違うと首を横に振る。これから暫く何年も愛莉に軽蔑されたままだなんて無理、耐えられない。
ふたりと一緒にいるというのはそりゃあ、そう、嫌だなんて思わないけど。
「別に会うのはいいんだけどね、僕は」
「俺もそうだぞ」
「……でもさあ」
どうしてもやっぱりまだ早い気がする。せめて愛莉が大学生……いや、高校生になるくらいまでは……
過保護と言われても仕方ない、だって実際シスコンだもの。
「食事くらい一緒にしてもいいんじゃないか」
「夏だしバーベキューとか……庭広いですしね」
「別に付き合ってるとはまだ言ってないんだろ?お世話になってる上司と先輩とでもしておけばいい、普段お前が何をしてるかが気になってるだけなんだから」
「んー……」
でも結局付き合ってるひとはいない、とは言えてない。まだ愛莉の中では躰だけの関係で付き合ってる兄のままなのだ。
うう、胃が痛くなる。お兄ちゃんはまだ誰とも躰の関係はないというのに。
「お腹痛い?冷たいもの食べたからかな」
「そんなこどもじゃない……てかお腹が痛いんじゃないし……ゼリー美味しい……」
「それねえ、手作り」
「えっ」
「流石社長だよね、頂きものが凄いの、果物だけでも消費が追っつかないくらい……よかったら持って帰って、果物もゼリーも残ってるし、ジュースとかも山程ある」
後で冷蔵庫見てよ、入り切らないの、と少し呆れたように有都さんは溜息を吐いた。
ちょっと前まで果物だけでお腹いっぱいになるなんて思いもしなかった、と貧乏苦学生らしいことを言う。それはおれも共感。
最終手段はジャムだよ、なんてもうひとつ溜息。
「お肉とかなら冷凍出来るのに。果物も出来るけど嵩張っちゃう」
「肉も魚もあっただろ?」
「ありましたよ、毎夕食助かってますよ」
「思いの外手つきがいいんだよな」
「そりゃ自炊の方が節約出来るから当たり前だったし……使ったことない食材も多いけどまあレシピがあれば貧乏飯じゃないものも作れますよ」
「……」
おれの方が玲於さんと先に会った筈なのに、数週間一緒に暮らしてるからか、それとも前世の関係もあるのか、何だかもう既に距離が大分近い気がする。
まあ前世では婚約者だったふたりだ、おれがいなくても仲が良かった、気だって合うのだろう。
一緒に住まない選択をしたのも自分、ここで拗ねるのは間違ってる。
それだってわかってるけど。
「……えりちゃんの写真ある?伊吹と似てる?」
「え、あ……ある、けど……似てないかな」
「見せて」
どうにもふたりといると甘えてしまう。
兄であった自分が、弟に戻ってしまう。
そうなったおれを、ふたりは嫌がらないとわかっているし、なんならそうであることを望んでもいるのもわかっている。
ふたりとも、甘やかす方が得意なのだ。
「おれは母さん似で、愛莉は父さん似だったから……」
自慢じゃないけど友人なんていないおれの写真フォルダにあるのは愛莉の写真が数十枚あるくらい。再会して数ヶ月のただの妹にしては多いって?だって撮る対象も機会も他にないもの。撮る習慣だってない。
後は伯父伯母と撮った写真が数枚、玲於さんの庭の写真や有都さんの作ってくれた料理の写真、さんにんで撮った少しぶれた写真。
「……杏の写真が多いんだよな」
「杏さん写真すきだから……」
「女子高生か、あいつは」
愛莉程ではないけど、その次くらいには杏さんとの写真が多い。
でもそれも嫌ではない。友人というには少し歳は離れているけれど、それでもあの距離感はおれには新鮮で、それでいて有難かった。
仲良くなりたかった、と言っていたアンリと近付けたようで、少し、良かったなと思う気持ちもある。おれがいなくなったあの世界で、イヴとアンリは仲良くなれたのだろうか。
「この写真」
「?」
「ほら、このぎゅってしたかお」
「……?」
有都さんが指を止めたのは、ついこの間、伯母が連れていってくれた近所の小さな祭の写真だった。
かき氷を口いっぱいに放り込み、ぎゅう、とかおを顰めてる愛莉の写真。
それを指差し、くすりと笑って、この間の伊吹にそっくり、と漏らした。
この間?と首を傾げたおれに、ああ、と思い出したように玲於さんまでわかると笑い出す。
「ほら、間違えて僕のお酒口にしたじゃない」
「……その時の?」
「苦いって泣きそうだったときの伊吹とそっくり」
「泣いてない!」
「泣きそうだった、って言ってるでしょ」
かわいかったな、とおれの頬に触れるものだからつい肩が反応してしまった。
誤魔化すように、よく見てよ、似てないでしょ、と次は愛莉と伯母が並んだ写真を見せる。
そういえば有都さんに伯母の写真を見せるのも初めてだったな、と思いながら。
「……本当だ、母さまに似てるね」
「でしょ」
おれと母親はそっくりで、伯母も母親とまるで双子のようにそっくりだった。
イヴと母さまもそっくりで……
懐かしそうに微笑む有都さんに、また申し訳ないな、と思った。
その視線に気付いたのか、元々アルベールだって血は繋がってないし、と笑う。
あの家に貰われたアルベールが運が良かっただけ。今はこうやってふたりに会えたことだって、僕は運が良いと思うよ、と。
「えりちゃんに一途なとこ見せてあげなきゃね?」
「……時間いっぱい掛かるじゃん」
「そうだね、いっぱい一緒にいようね」
有都さんはふふ、と笑っておれの前にきりっと冷やされたゼリーを置いた。
胸がぎゅっとなって、それからいや、違う違うと首を横に振る。これから暫く何年も愛莉に軽蔑されたままだなんて無理、耐えられない。
ふたりと一緒にいるというのはそりゃあ、そう、嫌だなんて思わないけど。
「別に会うのはいいんだけどね、僕は」
「俺もそうだぞ」
「……でもさあ」
どうしてもやっぱりまだ早い気がする。せめて愛莉が大学生……いや、高校生になるくらいまでは……
過保護と言われても仕方ない、だって実際シスコンだもの。
「食事くらい一緒にしてもいいんじゃないか」
「夏だしバーベキューとか……庭広いですしね」
「別に付き合ってるとはまだ言ってないんだろ?お世話になってる上司と先輩とでもしておけばいい、普段お前が何をしてるかが気になってるだけなんだから」
「んー……」
でも結局付き合ってるひとはいない、とは言えてない。まだ愛莉の中では躰だけの関係で付き合ってる兄のままなのだ。
うう、胃が痛くなる。お兄ちゃんはまだ誰とも躰の関係はないというのに。
「お腹痛い?冷たいもの食べたからかな」
「そんなこどもじゃない……てかお腹が痛いんじゃないし……ゼリー美味しい……」
「それねえ、手作り」
「えっ」
「流石社長だよね、頂きものが凄いの、果物だけでも消費が追っつかないくらい……よかったら持って帰って、果物もゼリーも残ってるし、ジュースとかも山程ある」
後で冷蔵庫見てよ、入り切らないの、と少し呆れたように有都さんは溜息を吐いた。
ちょっと前まで果物だけでお腹いっぱいになるなんて思いもしなかった、と貧乏苦学生らしいことを言う。それはおれも共感。
最終手段はジャムだよ、なんてもうひとつ溜息。
「お肉とかなら冷凍出来るのに。果物も出来るけど嵩張っちゃう」
「肉も魚もあっただろ?」
「ありましたよ、毎夕食助かってますよ」
「思いの外手つきがいいんだよな」
「そりゃ自炊の方が節約出来るから当たり前だったし……使ったことない食材も多いけどまあレシピがあれば貧乏飯じゃないものも作れますよ」
「……」
おれの方が玲於さんと先に会った筈なのに、数週間一緒に暮らしてるからか、それとも前世の関係もあるのか、何だかもう既に距離が大分近い気がする。
まあ前世では婚約者だったふたりだ、おれがいなくても仲が良かった、気だって合うのだろう。
一緒に住まない選択をしたのも自分、ここで拗ねるのは間違ってる。
それだってわかってるけど。
「……えりちゃんの写真ある?伊吹と似てる?」
「え、あ……ある、けど……似てないかな」
「見せて」
どうにもふたりといると甘えてしまう。
兄であった自分が、弟に戻ってしまう。
そうなったおれを、ふたりは嫌がらないとわかっているし、なんならそうであることを望んでもいるのもわかっている。
ふたりとも、甘やかす方が得意なのだ。
「おれは母さん似で、愛莉は父さん似だったから……」
自慢じゃないけど友人なんていないおれの写真フォルダにあるのは愛莉の写真が数十枚あるくらい。再会して数ヶ月のただの妹にしては多いって?だって撮る対象も機会も他にないもの。撮る習慣だってない。
後は伯父伯母と撮った写真が数枚、玲於さんの庭の写真や有都さんの作ってくれた料理の写真、さんにんで撮った少しぶれた写真。
「……杏の写真が多いんだよな」
「杏さん写真すきだから……」
「女子高生か、あいつは」
愛莉程ではないけど、その次くらいには杏さんとの写真が多い。
でもそれも嫌ではない。友人というには少し歳は離れているけれど、それでもあの距離感はおれには新鮮で、それでいて有難かった。
仲良くなりたかった、と言っていたアンリと近付けたようで、少し、良かったなと思う気持ちもある。おれがいなくなったあの世界で、イヴとアンリは仲良くなれたのだろうか。
「この写真」
「?」
「ほら、このぎゅってしたかお」
「……?」
有都さんが指を止めたのは、ついこの間、伯母が連れていってくれた近所の小さな祭の写真だった。
かき氷を口いっぱいに放り込み、ぎゅう、とかおを顰めてる愛莉の写真。
それを指差し、くすりと笑って、この間の伊吹にそっくり、と漏らした。
この間?と首を傾げたおれに、ああ、と思い出したように玲於さんまでわかると笑い出す。
「ほら、間違えて僕のお酒口にしたじゃない」
「……その時の?」
「苦いって泣きそうだったときの伊吹とそっくり」
「泣いてない!」
「泣きそうだった、って言ってるでしょ」
かわいかったな、とおれの頬に触れるものだからつい肩が反応してしまった。
誤魔化すように、よく見てよ、似てないでしょ、と次は愛莉と伯母が並んだ写真を見せる。
そういえば有都さんに伯母の写真を見せるのも初めてだったな、と思いながら。
「……本当だ、母さまに似てるね」
「でしょ」
おれと母親はそっくりで、伯母も母親とまるで双子のようにそっくりだった。
イヴと母さまもそっくりで……
懐かしそうに微笑む有都さんに、また申し訳ないな、と思った。
その視線に気付いたのか、元々アルベールだって血は繋がってないし、と笑う。
あの家に貰われたアルベールが運が良かっただけ。今はこうやってふたりに会えたことだって、僕は運が良いと思うよ、と。
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