【完結】イヴは悪役に向いてない

ちかこ

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 アルコールに対して、弱くもないけど強くもないだろうな、というのは口が軽くなる有都さんを見てればわかった。
 白い肌をほんのり染めてグラスを傾ける様は大分色っぽくてどきどきしてしまう。
 折角着替えてきたスーツは暑いと、早々に玲於さんからTシャツを借りているのだけど、そのサイズの合わなさが余計に見てはいけないものを見てしまった気にさせる。
 おれが着るとちょっと合わないね、といったどころではないので、勧められたけれどそれを断ったおれはひとりスーツのままだ。
 すっかり私服に着替えたふたりに囲まれて、なんだか少し浮いてる気もするけれど、今こども扱いはされたくない気もした。
 ひとりだけジュースを飲んでる時点で明確にこどもだと線引きされているのだけど。

「はー、これ以上呑んだらだめな気がする……明日朝からバイトあるし~……」
「バイトはどれくらいしてるんだ」
「居酒屋と~、カテキョと雑貨屋、あと派遣で単発……」

 ぽやぽやした有都さんが、今日会ったばかりとはいえ前世のせいでなんだか新鮮だな、と思ってしまう。
 アルベールは基本的に、イヴとエディーの前では格好つけたいタイプだった。
 それはわかる、おれだってエディーや愛莉の前では頼れる兄でいたいもの。
 だからこそこうやって、イヴがいないレオンの前では多少弱さを見せたり出来ていたのかな、と思うとそれはそれで安心する。嫉妬心がない訳ではないけれど。
 それでもそういうひとがいて良かったな、と素直に思うのだ。
 まあ今は酔ってるせいかおれにもそんな姿を見せちゃってるけど。

 施設で育った有都さんは、高校の時からバイトで資金を貯めて、それを入学金に当てて奨学金を借り、またバイトをしながら大学生をしているという。
 頭が良くないおれにはそんな選択肢もなかった、奨学金なんて返せる自信もなかったし、早く家を出たかったし、愛莉の為に少しでも貯められたら、なんてことくらいしか考えてなくて、将来のことなんて考えてもなかった。

「居酒屋辞めな」
「なんでえ……カテキョの次に時給いいのに……」
「家賃と食費光熱費浮いたらその分働かなくていいだろ」
「そうだけど……え、全部負担してくれるんですか?家政夫みたいなこと出来ないですけど~……」
「いや、家事代行はこっちで頼んでるし」

 そう有都さんに言う玲於さんにあれっ、と思った。おれを家政夫にしようとして、杏さんに私物化するなと言われていたのに。
 本気では家政夫にする気はなかったということだろうか。

「夕飯は俺もつまみ程度は作るし、お前も作れる時は作ってくれてもいいし外食でもデリバリーでも構わないし。洗濯と風呂掃除くらいか、それも手が空いてる方がすればいい。お前はその分勉強出来るだろう」
「……」
「疲れてるから酒が回るんだよ、生活費や学費の為に必死なのはわかったから。これからまだ忙しくなるだろ、バイトを減らすくらいで丁度いいよ」

 引越しが決まったらトラックも出してやるよ、と言う玲於さんに、有都さんはずっと驚いたように瞳を丸くしていた。
 ずっと気を張ってたんだろうな、と思う。
 だってそうしないと生きていけなかった。
 イヴやレオンのことを覚えていても、探し方なんてわからなくて、会いたいとは思ってもどうしようも出来ず、自分の生活だけでいっぱいだった。

「だから今朝、広告を観た時、いてもたってもいられなくて……」

 冷静に考えれば、こんなに頭のいいひとがラフな私服でアポも取らずに受付嬢に社長に会わせろと言ったところでそれが通らないことくらいわかる筈だ。
 気付けなかったのは、それだけ必死だったから。

「お前も伊吹も大変だったな」
「……伊吹も?」
「や、おれは……その、有都さんに比べたら全然、」

 家もあったし、高校まで行けたし、愛莉もいたし……両親が離婚してからは会えなかったけど。
 でも有都さんより全然頑張ってない。バイトは単発でたまにするくらいだったし、家でゲームをする余裕もあった訳だし。

「あ、でも……」

 前世から戻ってきた、というか、またこちらで瞳を醒ましたというか、その時の話もしておく。
 愛莉がおれを待っていてくれたこと、伯母とその旦那がおれたちを迎えてくれたこと、そしてその伯母が恐らく母さまであるということ。
 狡いと思われるかな、と思った。伊吹ばっかり狡いって。
 でもそんなことはなかった。
 記憶はないんだ、さみしいねえ、でも良かった、母さまもしあわせで良かったね、と有都さんは微笑んだ。
 そういうひとだった、と思い出す。
 アルベールは家族を優先する。家族がしあわせならそれでいいと思うタイプの人間だ。
 そこに自分を捩じ込むことはしない。
 おれは狡いなって思ったのに。イヴはいいなって。羨ましいなって。
 そういうところが有都さんの人間性なのだろう。

「その内……会いに行っても構わないかな、こんな話はしないけれど、その、伊吹の友人としてでも、元気に過ごしてる姿を見るだけでいいから」
「勿論」
「あ、でもそうか、伊吹と結婚したら、また家族になれるね」

 その言葉に、飲んでいたジュースで噎せてしまった。
 向こうの世界と違い、こちらではそれは難しいことだとわかってるし、それはきっと有都さんだって理解しているだろう。
 わかっていてそう思うのは、きっと願望も混じっている。
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