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まあ結局、そうやって気を付けた髪型も、外を走るとすぐに乱れてしまう。
ふうふう息を整えて、ちょいちょいと髪も撫でて暴れた前髪を整えた。
コンビニ前には買い食いをしている高校生しかまだいない。
スマホを確認すると数分前に、少し遅れそうだと有都さんからメッセージが入っていた。
バイト先がどこにあるのかはわからないけれど、多少間に合わないのは仕方ない。玲於さんとの待ち合わせは七時だから、それに間に合えば構わない。なんなら多少過ぎたって許せる。
少しって何分くらいかな、と考えながら、アルベールと待ち合わせって新鮮だな、と少し口元を緩めてしまった。
同じ家から出るか、先に出たアルベールを探すように演習場や竜舎に行ったりしていたから、こうやって待ち合わせをするのって、なんだかデートでもするよう。
……いや、その通りか。
「あ」
ごめんお待たせ、と息を切らせて走ってきた有都さんは、昼に会った時のラフな私服とは違ってスーツ姿だった。
細身のスーツは頭を殴られたような衝撃で、思わず格好良いと呟いてしまった。
「ごめん、ふたりともスーツでしょ?浮くかなと思って着替えてきちゃった」
安物だけど一張羅だよ、これ。変かな、と苦笑いする有都さんに首を横に振って、もう一度、今度は聞こえるように格好良い、と口にした。
近くでアイスを食べていた女子高校生が、まじやばい、とはしゃぐくらいには似合ってる。
狡いな、この綺麗なかおは何を着ても様になってしまう。おれなんて未だにスーツに馴染めてないのに。
「似合ってる?」
「うん」
「イヴ……伊吹にそう言ってもらえるなら着替えてきてよかった」
「言い慣れないならイヴでもいいよ、似たようなものだし、こどもの頃はいぶちゃん、もあったし……」
「ううん、伊吹って呼びたい。今目の前にいるのは伊吹だもんね?」
有都さんの長い指先が頬に触れた。女子高校生のきゃあ、という声に、待ち合わせのところ行こうか、とまた苦笑しておれの腕を引いた。
流石に手を繋いで歩く訳ではないけれど、隣を歩くと肩がぶつかる程距離が近い。
何度もぶつかってはその距離感が懐かしくて、ふたりして笑いながら歩いた。
おれはイヴじゃなくて伊吹だし、有都さんだって今はアルベールじゃない。
でも前世のこどもの頃の記憶は確かにあって、血が繋がらなくてもだいじなひとで、家族で、近くにいたのは間違いない。
「どこで待ち合わせ?どこに向かってるの」
「あっちの駐車場。車で待ってる筈」
「なんで少し離れた駐車場に」
「ほら今、玲於さんちょっとした有名人だから」
「ああ、あの広告のせいで」
ふふ、と笑う横顔も変わってない。
すごいよねあれ、まさかあんな目立つ広告作るとは思ってなかった、お陰でふたりを見つけられたけれど、とおかしそうだ。
だってとにかく気付いてもらわなきゃと思って。
「でも伊吹が出なくて良かった」
「なんで」
「かわいいのがばれちゃう」
「……そういうのないから」
「あのひとはどうにか出来るだろうけど、伊吹は心配だよ」
「でもふたりしかすきじゃないよ」
そう言って、その言葉にまたふたり揃って笑った。安心させる言葉じゃない。
普通なら、貴方だけだよと伝えるべきだと思う。
けど仕方ない、もうずっと、昔よりずっと前からそうなんだもの。
おれにとって、ふたり以上のものは現れない。
比べることが出来るのは愛莉だけ。でもあの子もいつかきっと、あの子だけの恋をするだろうから。
自分がまさかの選択をしたように、あの子の想いをいつかは受け止められるよう、今から心の準備をしておきたい。
……中学生の今はまだ早いけれど。
人気のない、七時前、まだ少し明るい道を、今度は自然に手を繋いでしまった。
有都さんは少し驚いて、けれどすぐにその表情は微笑みに変わり、ぎゅっと握り返してくれた。
こういうことが許されることが嬉しい。
ほんの短い時間そうして歩いていると、すぐに玲於さんの愛車が確認出来た。
あの車だよと指をさすと、有都さんが何か呟く。多分それは車種のことだと思う、興味がなくて覚えられなかったものと響きが似ていたから。
多分良い車なのだろうけれど、値段を聞くと傷をつけてしまったりした時を想像するのが怖くてちゃんと聞いたことがない。
「はー……やっぱ王子……社長だなあ」
「ね」
「こっちなんて貧乏苦学生なのに」
そう苦笑いした有都さんに、おれも苦笑で返した時だった。
そのお高い車から、ばん!とすごい勢いでドアを開け閉めする音が響く。
どうやら玲於さんがこちらに気付いたらしい。
力が抜けて動けなくなってしまった自分とは違い、ずんずんと真っ直ぐこちらに進んでくる。
そのかおは少しこわいくらいで、あれ、内緒にして驚かせるつもりが、黙ってたことで怒らせてしまったのだろうか、と少し焦った。
「んゔ」
「うわ」
ふたりして情けない声が出たのは、纏めてぎゅうっと抱き締められてしまったから。
正直、さっき有都さんに強く抱き締められた時よりも痛い。やっぱり怒らせてしまったみたいだと思ったくらい。
そんな訳はないのに。
ふうふう息を整えて、ちょいちょいと髪も撫でて暴れた前髪を整えた。
コンビニ前には買い食いをしている高校生しかまだいない。
スマホを確認すると数分前に、少し遅れそうだと有都さんからメッセージが入っていた。
バイト先がどこにあるのかはわからないけれど、多少間に合わないのは仕方ない。玲於さんとの待ち合わせは七時だから、それに間に合えば構わない。なんなら多少過ぎたって許せる。
少しって何分くらいかな、と考えながら、アルベールと待ち合わせって新鮮だな、と少し口元を緩めてしまった。
同じ家から出るか、先に出たアルベールを探すように演習場や竜舎に行ったりしていたから、こうやって待ち合わせをするのって、なんだかデートでもするよう。
……いや、その通りか。
「あ」
ごめんお待たせ、と息を切らせて走ってきた有都さんは、昼に会った時のラフな私服とは違ってスーツ姿だった。
細身のスーツは頭を殴られたような衝撃で、思わず格好良いと呟いてしまった。
「ごめん、ふたりともスーツでしょ?浮くかなと思って着替えてきちゃった」
安物だけど一張羅だよ、これ。変かな、と苦笑いする有都さんに首を横に振って、もう一度、今度は聞こえるように格好良い、と口にした。
近くでアイスを食べていた女子高校生が、まじやばい、とはしゃぐくらいには似合ってる。
狡いな、この綺麗なかおは何を着ても様になってしまう。おれなんて未だにスーツに馴染めてないのに。
「似合ってる?」
「うん」
「イヴ……伊吹にそう言ってもらえるなら着替えてきてよかった」
「言い慣れないならイヴでもいいよ、似たようなものだし、こどもの頃はいぶちゃん、もあったし……」
「ううん、伊吹って呼びたい。今目の前にいるのは伊吹だもんね?」
有都さんの長い指先が頬に触れた。女子高校生のきゃあ、という声に、待ち合わせのところ行こうか、とまた苦笑しておれの腕を引いた。
流石に手を繋いで歩く訳ではないけれど、隣を歩くと肩がぶつかる程距離が近い。
何度もぶつかってはその距離感が懐かしくて、ふたりして笑いながら歩いた。
おれはイヴじゃなくて伊吹だし、有都さんだって今はアルベールじゃない。
でも前世のこどもの頃の記憶は確かにあって、血が繋がらなくてもだいじなひとで、家族で、近くにいたのは間違いない。
「どこで待ち合わせ?どこに向かってるの」
「あっちの駐車場。車で待ってる筈」
「なんで少し離れた駐車場に」
「ほら今、玲於さんちょっとした有名人だから」
「ああ、あの広告のせいで」
ふふ、と笑う横顔も変わってない。
すごいよねあれ、まさかあんな目立つ広告作るとは思ってなかった、お陰でふたりを見つけられたけれど、とおかしそうだ。
だってとにかく気付いてもらわなきゃと思って。
「でも伊吹が出なくて良かった」
「なんで」
「かわいいのがばれちゃう」
「……そういうのないから」
「あのひとはどうにか出来るだろうけど、伊吹は心配だよ」
「でもふたりしかすきじゃないよ」
そう言って、その言葉にまたふたり揃って笑った。安心させる言葉じゃない。
普通なら、貴方だけだよと伝えるべきだと思う。
けど仕方ない、もうずっと、昔よりずっと前からそうなんだもの。
おれにとって、ふたり以上のものは現れない。
比べることが出来るのは愛莉だけ。でもあの子もいつかきっと、あの子だけの恋をするだろうから。
自分がまさかの選択をしたように、あの子の想いをいつかは受け止められるよう、今から心の準備をしておきたい。
……中学生の今はまだ早いけれど。
人気のない、七時前、まだ少し明るい道を、今度は自然に手を繋いでしまった。
有都さんは少し驚いて、けれどすぐにその表情は微笑みに変わり、ぎゅっと握り返してくれた。
こういうことが許されることが嬉しい。
ほんの短い時間そうして歩いていると、すぐに玲於さんの愛車が確認出来た。
あの車だよと指をさすと、有都さんが何か呟く。多分それは車種のことだと思う、興味がなくて覚えられなかったものと響きが似ていたから。
多分良い車なのだろうけれど、値段を聞くと傷をつけてしまったりした時を想像するのが怖くてちゃんと聞いたことがない。
「はー……やっぱ王子……社長だなあ」
「ね」
「こっちなんて貧乏苦学生なのに」
そう苦笑いした有都さんに、おれも苦笑で返した時だった。
そのお高い車から、ばん!とすごい勢いでドアを開け閉めする音が響く。
どうやら玲於さんがこちらに気付いたらしい。
力が抜けて動けなくなってしまった自分とは違い、ずんずんと真っ直ぐこちらに進んでくる。
そのかおは少しこわいくらいで、あれ、内緒にして驚かせるつもりが、黙ってたことで怒らせてしまったのだろうか、と少し焦った。
「んゔ」
「うわ」
ふたりして情けない声が出たのは、纏めてぎゅうっと抱き締められてしまったから。
正直、さっき有都さんに強く抱き締められた時よりも痛い。やっぱり怒らせてしまったみたいだと思ったくらい。
そんな訳はないのに。
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