【完結】イヴは悪役に向いてない

ちかこ

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 ◇◇◇

 昼休みが終わった頃、広告の編集済んだって、一緒に確認しよ、と杏さんがおれを呼んだ。
 漸くか、と急いでその後をついていく。

 この頃には社内では余りにも玲於さんがおれがを構うものだから、縁故採用どころか甥や隠し子ではないかという話にまでなっていた。
 準さんが弟だということは既に知られていたことなのだけど、その準さんが甥ではない、とだけしか言わなかったものだから、隠し子が濃厚になってるらしい。そんなまさか。
 流石に玲於さんはおれくらい大きな子がいるような年齢じゃあないのに。ネタを含んだ笑い話ではあるとわかっているけれど、そう少しへこんでいた。
 老けて見える訳じゃないし、格好良いよ、おれがこどもっぽすぎるのかも、と慰めると、それがいちばん問題だとも言われ、苦笑する。
 年齢ってのはこどもでもおとなでも気にするものなんだな。

 出来上がった広告は、社長がゲームの魅力を語り、その後ろでゲーム映像やオープニングのアニメーション部分が流れているといったもので、それを確認した杏さんは、やっぱりコスプレしてた方が面白かったんじゃないですか、と言った。
 面白くなくていいんだよと返す玲於さんに、いやインパクトいるでしょ、と杏さんはまだぶつぶつと呟く。

 ショートバージョンとロングバージョン。流れるのはテレビや動画サイトでという話だった。
 正直、杏さんの言う通り派手さはない。
 でも、ゲーム映像より玲於さんが手前にいる広告は、アルベールが観てくれさえすれば間違いなくこれは、と気付いてくれると思う。
 おれと違って頭もいい、ここまで社長の出張った広告の意図もわかってくれそうだ。

 問題なのは、この広告自体を見てもらえるかってこと。
 若者のテレビ離れもあるし、数多くある広告の中、タイミングよく流れるのを祈るしかない。
 観てもらえさえすれば、本当にレオンだ、とわかってもらえると思う。
 ……本気で恥ずかしそうにしている玲於さんには悪いが、この広告が流れたら録画して保存しよう、と思った。


 そしてそれからまた暫くして、心待ちにしていた広告の解禁日。
 既にゲームの予約は始まっていて、雑誌にも社長社員のインタビューは載っている。今のところそれらしい問い合わせはない。
 流石に大手のようにばんばん広告が打てる訳でもない、後はもう、運任せだ。
 広告の反応としては、続編待ってた、前の会社が潰れて不安だったけど、絵柄や声優が変わってなくて嬉しい、といったゲーム部分への声と、社長イケメン、レオンのモデル?等玲於さんに反応する声、ゲームより社長が目立ってる、自分がモデルとかやばい、うける、といったある意味狙い通りの声が入ってきて、玲於さんはひとり頭を抱えていた。
 あんなに飄々堂々としたひとなのに、こういう評価はやはり恥ずかしいものらしい。

 おれとしては玲於さん俳優みたい、格好良いなと盲目でもあり、良い意味でも悪い意味でも目立ってしまった玲於さんへの声に少し嫉妬してみたり、どうかアルベールが観てくれてますようにと願ったり心が忙しい。
 社内でも、社長の出た広告は騷つかせていた。
 元々ゲーム部署のない会社が弟関係だからか昔のBL恋愛ゲームを拾ってきたかと思えば、主人公にそっくりな高卒の中途入社が現れ社長にかわいがられ、社長にそっくりなキャラクターもいるし、今までそんなことなかったのに急に社長がそのゲーム関連でだけ雑誌や広告に顔出しをする。
 そりゃあどうした社長気でも狂ったかと引かれるのも仕方ない。

 それからゲームがやっと販売され、この業界的には売上は好調だと杏さんは嬉しそうだった。
 おれと玲於さんはそれどころじゃないのだけど。
 学生は夏休みが始まり、新しいゲーム関連の作業もとっくに始まっている。
 焦る。
 おれと玲於さんにはもう今しかチャンスがない。
 ゲームを出したら、広告を出したら。アルベールの目に止まらなきゃ意味がない。
 流石にまた続編、という訳にはいかない。これ以上の展開はきっと無理だ。
 広告だって延々と打てる訳ではなくて、契約もそろそろ終わってしまう。
 イラストレーターの杏さんや公式のSNSのフォロワーが増えても、それは結局こういったゲームや杏さんの絵のファンな訳で、知らないひとを呼び込めるものではない。
 今がいちばん注目されてる時だ。ここでアルベールが見つからなければもう、

「皺になっちゃうよ」

 眉間をぐいと指で押され、頭を上げると杏さんが笑って立っていた。
 お昼行こ、と誘われて、もうそんな時間かと驚く。
 おれと玲於さんの焦りを、杏さんもきっとわかってる。だからこそそういうところには茶化したりふざけたりしない。

「今日外に行かない?新メニュー始まったんだよ」

 会社の近くのチェーン店は定期的にメニュー表が変わる。
 一時間しかない昼休憩、店内も混むがすぐに商品が出てくるそのチェーン店は人気だった。
 杏さんに誘われるまま外に出て空気を吸う。こんなに悪いことばかり考えていてもだめだとわかってはいるのだけど、どうしたってアルベールのことを考えてしまう。

 これ以上いい案なんて思い浮かばない。
 お腹が満たされたというのに不安でいっぱいの頭は、ここ数日ずっとアルベールでいっぱいだった。
 このまま会えずに終わってしまうのかな。
 アルベールは玲於さんを見つけてくれないのかな、おれのことを、

「伊吹くん」

 杏さんがおれの袖を掴む。
 何故か玲於さんのにおいがする、と思った。
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