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それから何があったか訊いてもいいですかと恐る恐る訊いたおれに、何もないよと玲於さんは言った。
「特に変わったことはね。いつも通りのイヴだったし、いつも通りの俺たちだった」
「……結婚は?アル兄さまとしました?」
「しなかったよ」
「えっ」
「ジャンとアンリが上手く行けば国とすればそれで良かったし、子が生まれてもそれが争いの種になるならそれを望まないとイヴも言ったから。俺もアルベールもイヴがいれば他は良かったし」
「そ、そっか……」
少し考えて、つい自分の薄い腹に触れてしまった。
あんなにナカにお願いしたのに、子は出来なかったのか、なんてぼんやり考えた。あの世界での子の作り方があれであってたのかわからないけれど。魔法かもしれないけど、それでもそこまではしなかったということ。
イヴたちは祖先という訳ではないから、こどもが出来なくたってその後現世に繋がらないということはない。
それもわかってるけど。
あんな魔法のある世界でも流石に全部全部が丸く収まるという訳にはいかなかったみたい。
それでも彼等は仲良く暮らした。おれのことを心のどこかに引っ掛けたまま。
そして生まれ変わっても、玲於さんはおれのことを、覚えててくれた。
「あれ」
「どうした」
「未来が変わってる、かも」
「……?」
アンリが言うには、前世で何をしてもこっちの世界は変わらない筈だった。
過去ではないから。
前世を元にしたゲームを作ってるから、そのゲーム内容が変わることはあるけど。
おれの家庭環境は変わらないし、例えば金持ちになるとか、そんな改変はない筈だった。
仮にイヴがしあわせにその生涯を全うしたってしなくたって、伊吹の成果は変わらない筈だった。
おれが見つけて、なんて言ったから?
いや、違うな、おれが動いたから?
元を辿れば、動けるようにアンリが情報を教えてくれたから?
本来なら玲於さんは伯母のようにイヴを思い出さない筈だった。おれが呪いを残さなければ。
でも思い出したっておれを探す術はなくて、前世のようにただ心の隅っこにでもおれの記憶があるだけだった筈。
アンリの……杏さんの仕事を聞き出せていたから、連絡を取ることが出来た。
おれがそれをしなければ、杏さんだっておれの情報は伊吹という名前しかなかった、探すことは出来なかっただろう。
出会えない筈だった。
出会えたのは未来が変わったからだ。
ゲームの内容だけではなく、前世の皆だけではなく、今世まで杏さんが変えるように動いた。
おれの行動で未来が変わるように。
それを杏さんが計算してたのか、ただの偶然かはわからないけれど、それでも明確に変わった。
「別に変わってもいいだろう、悪い方に行ってるのでなければ」
「そう、かな……」
「その力でアルベールも引き寄せてくれ」
そう。
良い方向に変わってるのだから問題はない。
ただ、自分の責任が重くなっただけのこと。
前と一緒だ。
おれにはアンリのようにやり直せるかわからなかった。こちらの世界では間違いなくやり直せないだろう。
失敗は出来ないのだ。
アルベールがいるのなら会いたい。何をしたって。
アルベールもレオンのように思い出していてほしい。
これはただのおれの我儘。
「……お前はイヴより我が強いからな」
「だめですか?」
「いや、わかりやすくて助かるよ」
頑固とか我儘って言いたいのかな。
でもこれは、どうしたって譲れないことだから。ちゃんと会えるかなんてわからないけど、行動しなきゃ変わらないなら、行動しなくちゃ。
まだベッドの上だけれど、杏さんに連絡しなきゃ玲於さんには会えなかった。
玲於さんが杏さんと話をしてなきゃ呼ばれることはなかった。
「アル兄さまを探さなきゃ。玲於さんだって会いたいですよね?」
「そりゃあまあ……」
ふたりとも俺のものだからなあ、と笑うのは流石元王子、強欲だ。
でも今はそれくらいの方が心強い。ただの一般人のおれには何も出来ない。また周りの力を借りないと何も出来ない。
それに悲観的になってる場合ではない。
前世と同じだ、使える力は使わなくちゃ。
「まあ少し、癪でもあるが」
「何でですか、アル兄さまじゃなくてもレオンさまでも……玲於さんでも探してましたよ」
「……そうだな」
そう頷いて瞳を細めた。
アルベールがイヴに甘いものだから、ずっとアル兄さまアル兄さまだった自覚はある。
優しいし、家族だし、あの穏やかな声が心地好かった。
でもおれにとっては躰を預けられる程信用した相手はもうひとりいたというのに。
だいじな義兄の婚約者だったから遠慮していた部分だってある。
でももう今となっては義兄も婚約者も、王子だって関係ない。
まあ、同性だとか、こんな世界でも、こんな世界だから身分差だとか、歳の差だとか、どうしたって考えないといけないことなのかもしれないけど。
でも杏さんだってさっき言ってたし。そんなのもう、今更でしょう?
視線がぶつかって、自然と玲於さんの手が頬に伸びて、ほんの少し、躰を前に出す。
睫毛を伏せるのは、期待してる合図だった。
「特に変わったことはね。いつも通りのイヴだったし、いつも通りの俺たちだった」
「……結婚は?アル兄さまとしました?」
「しなかったよ」
「えっ」
「ジャンとアンリが上手く行けば国とすればそれで良かったし、子が生まれてもそれが争いの種になるならそれを望まないとイヴも言ったから。俺もアルベールもイヴがいれば他は良かったし」
「そ、そっか……」
少し考えて、つい自分の薄い腹に触れてしまった。
あんなにナカにお願いしたのに、子は出来なかったのか、なんてぼんやり考えた。あの世界での子の作り方があれであってたのかわからないけれど。魔法かもしれないけど、それでもそこまではしなかったということ。
イヴたちは祖先という訳ではないから、こどもが出来なくたってその後現世に繋がらないということはない。
それもわかってるけど。
あんな魔法のある世界でも流石に全部全部が丸く収まるという訳にはいかなかったみたい。
それでも彼等は仲良く暮らした。おれのことを心のどこかに引っ掛けたまま。
そして生まれ変わっても、玲於さんはおれのことを、覚えててくれた。
「あれ」
「どうした」
「未来が変わってる、かも」
「……?」
アンリが言うには、前世で何をしてもこっちの世界は変わらない筈だった。
過去ではないから。
前世を元にしたゲームを作ってるから、そのゲーム内容が変わることはあるけど。
おれの家庭環境は変わらないし、例えば金持ちになるとか、そんな改変はない筈だった。
仮にイヴがしあわせにその生涯を全うしたってしなくたって、伊吹の成果は変わらない筈だった。
おれが見つけて、なんて言ったから?
いや、違うな、おれが動いたから?
元を辿れば、動けるようにアンリが情報を教えてくれたから?
本来なら玲於さんは伯母のようにイヴを思い出さない筈だった。おれが呪いを残さなければ。
でも思い出したっておれを探す術はなくて、前世のようにただ心の隅っこにでもおれの記憶があるだけだった筈。
アンリの……杏さんの仕事を聞き出せていたから、連絡を取ることが出来た。
おれがそれをしなければ、杏さんだっておれの情報は伊吹という名前しかなかった、探すことは出来なかっただろう。
出会えない筈だった。
出会えたのは未来が変わったからだ。
ゲームの内容だけではなく、前世の皆だけではなく、今世まで杏さんが変えるように動いた。
おれの行動で未来が変わるように。
それを杏さんが計算してたのか、ただの偶然かはわからないけれど、それでも明確に変わった。
「別に変わってもいいだろう、悪い方に行ってるのでなければ」
「そう、かな……」
「その力でアルベールも引き寄せてくれ」
そう。
良い方向に変わってるのだから問題はない。
ただ、自分の責任が重くなっただけのこと。
前と一緒だ。
おれにはアンリのようにやり直せるかわからなかった。こちらの世界では間違いなくやり直せないだろう。
失敗は出来ないのだ。
アルベールがいるのなら会いたい。何をしたって。
アルベールもレオンのように思い出していてほしい。
これはただのおれの我儘。
「……お前はイヴより我が強いからな」
「だめですか?」
「いや、わかりやすくて助かるよ」
頑固とか我儘って言いたいのかな。
でもこれは、どうしたって譲れないことだから。ちゃんと会えるかなんてわからないけど、行動しなきゃ変わらないなら、行動しなくちゃ。
まだベッドの上だけれど、杏さんに連絡しなきゃ玲於さんには会えなかった。
玲於さんが杏さんと話をしてなきゃ呼ばれることはなかった。
「アル兄さまを探さなきゃ。玲於さんだって会いたいですよね?」
「そりゃあまあ……」
ふたりとも俺のものだからなあ、と笑うのは流石元王子、強欲だ。
でも今はそれくらいの方が心強い。ただの一般人のおれには何も出来ない。また周りの力を借りないと何も出来ない。
それに悲観的になってる場合ではない。
前世と同じだ、使える力は使わなくちゃ。
「まあ少し、癪でもあるが」
「何でですか、アル兄さまじゃなくてもレオンさまでも……玲於さんでも探してましたよ」
「……そうだな」
そう頷いて瞳を細めた。
アルベールがイヴに甘いものだから、ずっとアル兄さまアル兄さまだった自覚はある。
優しいし、家族だし、あの穏やかな声が心地好かった。
でもおれにとっては躰を預けられる程信用した相手はもうひとりいたというのに。
だいじな義兄の婚約者だったから遠慮していた部分だってある。
でももう今となっては義兄も婚約者も、王子だって関係ない。
まあ、同性だとか、こんな世界でも、こんな世界だから身分差だとか、歳の差だとか、どうしたって考えないといけないことなのかもしれないけど。
でも杏さんだってさっき言ってたし。そんなのもう、今更でしょう?
視線がぶつかって、自然と玲於さんの手が頬に伸びて、ほんの少し、躰を前に出す。
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